第16話 コンクール本選ープロローグ

8月3日。いよいよ本選の日だ。

演奏会場は予選と同様の場所。

勝手知ったる僕のお気に入りのホールだ。


本選までやるだけのことはやったつもり。

僕のレベルでは全国大会出場はほど遠いだろうけど、今年は本選で何か入賞できればいいな、と淡い期待を頂きつつホール入りする。


すでにドレスに着替えてた絹さんは、いつもより緊張した面持ちで受付場所にいた。


「タケルくん、いよいよね」

「うん、いい演奏しよう」


全国大会に行けるのは、おそらく1人だろう。

この地区は5か所の予選会場で通過した演奏者が集められている。

僕の級でも20名ほどだ。


20分の1と考えれば、それほどの競争率ではないように感じるが、既に予選でかなりの数が振り落とされている。

ピアニストの登竜門と呼ばれるコンクールに出ている演奏者も多く、本選はかなりのレベルになるだろう。


その中でトップを取らなければ、全国大会の切符が手に入らない状況。

受付でもらった演奏者のメンバーを見て、絹さんの他に4名ほど、この地区でハイレベルな人が混ざっていた。

ちょっと遠い地区からも遠征で来ているのだろう。


全国行きは接戦になるな。


圧倒的なテクニックを身に着け、表現力で勝ったとしても審査員の好みで評価は異なる。

運まで味方につけられるか。


「絹さん、本選は2ヶ所?」

「そう。来週、別の本選が受けられるわ。でもできれば、ここで決めてしまいたい」

「接戦だね」

「覚悟してる」


このコンクールは本選が2ヶ所まで受けられる。つまり予選を2ヶ所受けて、本選も2ヶ所受けられるようにしておくことで、全国大会への切符を得るチャンスを2倍にすることができるのだ。

僕みたいな『本選で演奏できれば』くらいのレベルでは併願することはないけど、全国大会を目指すのであれば併願は必須ともいえる。


僕の今年の夏は、この日で終わるだろう。

毎年、本選が終われば、秋のコンクールの課題曲を決めて練習を始めるのが習慣になっている。学校の宿題を進めながら、残りの夏を過ごすのだ。

でも、予選落ちしてピアノの夏を過ごせなかった年もあったから、今年は本選での演奏ができてラッキーだ。

僕なりのいい演奏をして、このコンクールを終わらせたい。


絹さんの演奏は前半。そして僕の演奏は、最後から2番目だった。

トリの演奏者は、あの全日本の昨年の覇者だ。呪われているような演奏順。なんでこんな地方まで本選を受けに遠征してきたのだろう。

この級になると、こんなことも当然起こりうる。仕方ない。僕は僕。演奏を楽しもう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る