第8話 写真撮影
「優弥くん、笑顔!笑顔!!」
「えっ…」
「ほら~撮るぞ~!」
レッスン室から、楽し気な会話が漏れ聞こえる。
廊下からドアを開けるのが遠慮されるくらい。
会話が終わった瞬間を見計らってレッスン室に入る。
「あ、タケルくん」
先生は優弥くんと楽しそうに肩を並べて立っていた。
「こんばんは~」
優弥くんのお父さんがカメラを片手に振り返って挨拶してくれる。
優弥くんは、ペコリと会釈。
「…こんばんは」
「優弥くん、笑ってます?」
「ええと…うん、いいんじゃないかな」
「見せてください、あ、いいですね」
優弥くんのお父さんとはるか先生が、カメラの写り具合を確認している。
優弥くんのお父さんの手にあるのは、結構大きなカメラ。一眼レフとかなのかな…。
「予選通過で舞い上がっちゃって、先生との記念写真をホールで取り忘れて、妻と残念がっていたんですよ。撮っていただけてありがたいです」
「いえいえ、私もお声かけすれば良かったですね」
「先生、次から次へと生徒さんの演奏が続いてお忙しくされていたじゃないですか。たかが予選ですけどレベルが高いですし、通過できて大喜びしていたので、この写真もいい記念になります、な、優弥」
優弥くんは、少し恥ずかしそうに笑顔でうなづく。
保護者からは『ピアノ天使』などと、小学校6年生の男子にはあまり嬉しくないだろう愛称で呼ばれている優弥くん。
だが、たしかにこれはピアノ天使だ。
まだちょっと幼めな顔だけど、整った顔立ちだし、アイドルのオーディションとか受けたら受かりそう。
僕がはるか先生と写真を撮ったのは、いつだろう。
昨年の発表会の時に、母親に無理やり連れていかれて、ピアノの前でツーショットを撮ったのと…。
小学校の時はコンクールの結果が出た後に、よく写真撮影してたっけ。
「タケルくんも、予選通過おめでとう。高校生のあの級で通過なんて、やっぱり凄いなぁ」
優弥くんが横で、何度も大きくうなづいている。
「ありがとうございます」
僕は軽く会釈しながらお礼を言った。
「ホント、学年が上がるごとに年々辛くなりますよ、私も…」
「ですよね~お察しします。優弥も来年は中学生だから。気合い入れていかないと。さ、タケルくんの邪魔になっちゃう。優弥、楽譜入れた?」
「うん。先生ありがとうございました」
優弥くん親子はレッスン室を出ていく。
「もう少しレッスン室、片づけてから写真撮った方がよかったかしら…」
先生は周りを見回しながらつぶやいた。
確かに、いつもは楽譜棚に入っている楽譜類が外に散乱している。
「秋のコンクールの課題曲、出てるんですか?」
「そうなのよ。予選落ちした子は教本を進めて基礎固めしてもいいんだけど、新しい曲で子供のテンションを上げたいって保護者もいるからね」
よく分かる。
僕も予選落ちしたことがあるから、新しい課題曲をもらって『次のコンクール!』と気持ちを入れ変えた経験がある。
予選落ちの悔しさを次の熱意に変えることも、メンタル面では必要。
「とはいいながら、タケルくんはせっかく通過したんだから本選に集中しないと!よしレッスン始めよう!」
「はい」
僕は楽譜を取り出しながら、ふと、小さい頃にとったはるか先生とのツーショット写真は残っているのか気になった。
帰ったら、お母さんに確認してみよう。
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