第2話 将来

今日はコンクール予選から一週間後の休日。

本選に向けて練習を始めないといけないと思いながら、一週間はゆっくりと過ごしてしまった。

朝、朝ごはんを食べにリビングに降りると、ちょうどお母さんが台所で洗い物をしている。


「あら、タケル。朝ごはん食べる?」

「自分でするからいいよ」


僕は難しい料理こそしないが、普通の料理ならそれなりに作れる。今日は食パンに目玉焼き、サラダでいいかな、と台所の冷蔵庫を開けた。


「そういえばこの前、はるか先生にスーパーで偶然会ったのよ。コンクール予選のラフマニノフ、すっごい褒めてくださって」

「そう」


お母さんにも言うくらいなのだから、ホワイエでのはるか先生のあの演奏評価は本物だったのだろう。


「あとね、バッハも相変らず立体的で上手だって。あれは完全に理系の頭ですねって言われたわよ。でもね、タケルって小さい頃から本ばっかり読んでたじゃない?お母さんは文系じゃないかと思ってるけど」

「今度、文系か理系かのテスト受ける」

「なにそれ?」

「来年からのクラス分け。文系か理系か決めないといけないから、そのためにテストがあるらしい」

「へー。その結果が出てから決める?」

「…理系かなと思ってる」


喋るのは苦手だから、そういう仕事に就くのは向かないだろう。大学から工学関係に進んで、何か研究するような仕事が合うのでは、と漠然と考え始めていた。

ピアノも、突き詰めてあれこれ極めるところが面白く感じるようになっているし。


「理系選ぶの?はるか先生には悪いけど、あんたはやっぱり文系って感じがしてるんだけどね」

「うん…」


僕自身も、お母さんがいつも『タケルは本が大好きだから』って言うから文系だと思っていたけど、はるか先生が時々『バッハが立体的に演奏できるのは理系だよ』というのも気になり出している。


小さい頃、本ばかり読んでいたのは友達がいなかったからだ。本が友達というところもあった。最近はスマホがあるからYouTubeも見るし、別段、本好きではなかったのかも、と思い始めているところ。


話しながら、朝ごはんの準備を終え、リビングに持っていく。

通っている高校は進学校のため、2年からは文系か理系かを選択しないといけない。それも高校1年の1学期にはどちらを希望するか希望を出し、検討してくそうだ。

高校受験も終わり入学したばかりなのに、もう次のことを考えなくてはいけないのか、とウンザリもしている。


来年になれば、大学はどこに進学希望するかという話に進むのだろう。いつまでも子供じゃいられない。将来を考えて動かなければならない時期に来ている。

でも、来年は?再来年は?順当に行けば大学生になって…

僕はどう変わるのだろう。

ピアノは弾いているだろうか。

僕のピアノの横に、はるか先生はいるーーー?


はるか先生との関係はこのままの状態でいいと思いながら、周囲の環境は目まぐるしく変わっていくのかもしれない。

僕はこのままでいたいと思っていても、そうはいられない状況になることも。


先を考えると、少し憂鬱になった。

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