第32話 コンクール予選ー客席
演奏を終え、舞台袖に戻ると、4番目に演奏する絹さんと目が合った。
お互いうなづき、その場を離れ、3番目の演奏が終わると同時に客席に入った。
絹さんの演奏は、やはり客席で聴いておきたかった。きっと今回の予選でも上位に食い込むはずだから。
ふと、かなり後方にいるはずのはるか先生の様子を伺う。
下を向いているようで、表情は分からなかった。
舞台の絹さんがピアノの椅子に座り、鍵盤をハンカチーフでさっと拭いた。
今回はバッハの平均律はとらず、イギリス組曲を選んでいた。舞曲というより、フーガが得意なイメージを持っていたので意外だった。
そつなく演奏を終え、ブラームスのラプソディに移った。Op.79-1。僕に選曲を相談していた、あの曲だ。
想像した通り、女性らしい華やかな演奏で仕上げられていた。切ないメロディーもお手のものだなぁ。メリハリも効いてるし。
時間の関係でカットが入った。残念、全部聴きたかったな。
やはり、絹さんの演奏の安定感は抜群だった。今回も予選通過は間違いないな。
5番目の演奏が終わった後、客席の後ろをもう一度確認したら、望美ちゃんが手を振ってきた。あ、このあと、望美ちゃんの級なのか。先生も気が抜けないな。暗譜できたのかな。
演奏を終えた絹さんが、僕の席の隣に座った。
この席は、舞台袖からすぐの近くのドアから入れるので、自分の演奏後にすぐに客席で演奏を聴きたい場合にはピッタリの席なのだ。
「タケルくん、やばすぎた」
絹さんは、小声でコソコソっと話しかけた。
「うん」
何がやばすぎたのかは分からなかったけど、とりあえず返事だけしておいた。失敗したようには聴こえなかったけど、本人的には納得がいかない部分があったのかもしれない。
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