第33話 コンクール予選ーホワイエ
6番目の演奏が終わり、休憩になった。
絹さんはドレスを着替えに行き、僕はホワイエに出た。
人混みをかき分けて、はるか先生が僕のもとに一直線に向かってくるのが見えた。
「タケルくんっ!ラフマニノフ、素晴らしかった」
先生が僕の両手を包み込むように触れ、その手は少し震えているようにも感じられた。
「こんな…こんな演奏をするようになるなんて…」
まっすぐに見上げる先生の瞳に、僕は吸い寄せられるように目が離せなくなった。こんな風に、はるか先生と目を直接合わせるのは何年ぶりだろう。自分の気持ちに気付いてから、ずっと目を合わせるのは避け続けていたのに。
先生の瞳は、潤んでいるようにも見えた。
僕の勘違いだろうか。
「先生…」
演奏を終えた興奮で、僕は自分の都合の良いように先生の姿が見えているだけかもしれない。
「あ、ごめん、感動しちゃったのよ。まさか舞台でここまでの演奏をしてくるなんて」
そういいながら、僕の手を下に降ろすようにし、手を離した。
「感動に浸りたいけど、暗譜の危ない望美ちゃんの演奏、聴いてくるわね」
先生はもう一度、僕の目を見てニッコリ笑って、受付場所に歩いていった。
僕は何が起きたかよく理解できずに、ここにいたらまずいと少し離れたイスに歩いていこうとした。
「タケル!」
「陸郎」
「やばいよ、お前のピアノこんなレベルかよ。よく分からないけど、俺びびっちゃって。ちょ、とにかく、あっちのイスに行こう」
僕の腕を掴んで陸郎が引っ張っていく。
「演奏ももちろんなんだけどさ、さっきのアレ、何?誰?俺、見ちゃったんだけど」
受付にいる先生を指さして言った。
「ピアノの先生」
「やっぱり先生なの?そうかな、とも思ったけど。ちょっと、でも、あの雰囲気って完全に」
「え…」
「あれ、お前、好きだよな」
「……」
図星すぎて、陸郎の顔が見られなかった。僕は演奏したばかりの自分の指を握りしめ、その指を見つめて動けない。
「悪い、見ちゃまずかったのか。でも見ちゃったからさ。お前と知り合って3ヶ月くらいだけど、お前のあんな表情、初めてみたから、もう間違いないって思って」
無表情のつもりだった僕は、陸郎の言う『あんな表情』がどんなものなのか知りたくて、陸郎の方へ顔を向けた。
「僕、どんな顔してた?」
「微笑んでた。優しく。あの先生を見ながらさ」
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