第27話 僕のファン

「タケルくん、おはよう」


朝の通学路、誰に話しかけられたのだろうと振り返ったら、絹さんだった。

「ああ…おはよう」


イヤホンを外しながら挨拶すると、絹さんは詮索するように聞いてきた。


「何の曲聴いてるの?」

「曲というか、昨日のレッスンの音源」

「へ~聴き直す派なんだ」

「出来なかったところだけ」


ピアノのレッスンは、その時にすべて消化できればいいのだけど、なかなかそうもいかない。人それぞれだけど、先生に許可をもらってビデオ撮影したり、ICレコーダーで録音したりと色々だ。

僕も小さい頃はお母さんがビデオ撮影をして、レッスンを自宅で復習したりしていたけど、小学校も高学年になった頃から、もっとレッスン自体に集中した方がいいのでは、とICレコーダーへの録音に切り替えた。


レッスン中に消化できれば聴き直すことはしないが、昨日のラフマニノフはまだ掴み切れていないため、あれから何度か部分的に聴き直していた。


「絹さんは?」

「私も念のためICレコーダーで録音させてもらってる。でもタケルくんってやっぱり真面目なタイプなんだね」


真面目なタイプというか、単なる根暗タイプなんじゃないかと思うけど。友達とも話さず、イヤホンして通学路を歩くなんて


「なんだか想像してた通りで嬉しいな。タケルくんの演奏は実直で、作曲家への尊敬が感じられる。小手先でコンクール受けなんて狙ってない。あれって、先生の影響?」


「え…」


僕は絶句した。

それは、はるか先生が僕に話す言葉と似ていたからだ。


学年が上がるにつれ、コンクールに出る人数は減ってくる。高校に上がった今年は、さらに減っているだろう。

でも、そんなにそれぞれの演奏者の個性を記憶しているものだろうか。


「ふふふ、驚いた?私、タケルくんのファンなのよ。ずっと演奏聴いてきたから」

「からかってる?」


絹さんは県内ではトップクラス。全国大会に行ってもある程度の成績をおさめている。僕は県内予選で通過できることもあれば、落ちることもある。全国大会に行けることはあっても、奨励賞が良いところだ。


「まさか!」

絹さんが驚いた顔で言った。


「タケルくんの実力は今からよ。小学校の頃、完璧にそつなく演奏していた子は、中学校に進んだら全然光らなくなった。でもタケルくんは違う。6月の予選も楽しみにしてるわよ」


「プレッシャー」


つい、ため息が出た。県内の同学年の演奏者は、直接話すことはなくても名前はほとんど知っている。だけど同じ教室以外の演奏者から、こういうことを言われたのは初めてだった。


それにしても、絹さんは、やはりすごい演奏者なんだと思う。これまでの僕の演奏を聴いて、そう感じるなんて。


はるか先生が、コンクールの出番前にいつも僕に声をかけてくること。


『タケルくんらしく演奏すること。作曲家に敬意を払うこと。コンクールに通ればいいという演奏で終わらせず芸術作品にすること。結果は2の次』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る