第14話 絹さんの涙
「分かった、そんな気にすることじゃないよ。ただ、絹さんが教室までわざわざ来たから何事かと思っただけで」
事情を話し、今日は一緒に帰れないことを伝えたら、ほたるは明るく答えた。
「私もクラスの女子とどっか寄って帰る。仲良くなっておいた方がいいから」
放課後、傘立ての所に絹さんはいた。
なるほど、圧倒的に美人なのか、と納得した。
コンクールに出てくる女子は、ドレスや髪型も決めてきてるし、お嬢様も多いからみんな綺麗だなと思っていたけど、特に何もしていなくて制服姿でもこれだけ目立つということは、相当美人なのだろう。
「ごめん、待たせて」
「ううん、相談する立場なんだから、私が早く来て待ってないと」
落ち着いた佇まいで、キリッと僕を見上げて言う。
「どこかに一緒に行って噂を立てられるのも迷惑でしょ。駅のイスでいいから、相談に乗ってもらえる?」
その方が目立つような気もしたけど、彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。
「それでいいよ」
「良かったわ。まさかタケル君が同じ高校だと思っていなかったから。こういう相談ができる人ってこれまでいなくて」
歩きながら、絹さんはこれまでのことを話してきた。
「同じピアノ教室に通っている人たちって、ライバルみたいなのよ。課題曲の相談もしにくいし」
「へえ、話ししたりしないの?」
「しないわよ、前の先生のところでは、私は特別扱いみたいな感じで浮いていたし、今の先生のところはピアノ教室っていうより、門下生って感じなのよね」
「ああ、桃山先生に習ってるんだよね」
「そう、中学に入った時に、桃山先生についたんだけど、みんな凄い本気だし、なんかギスギスしててね、レッスン自体はいいんだけど。タケルくんは小宮山先生に習ってるんだよね?」
小宮山先生とは、はるか先生のこと。生徒や保護者は「はるか先生」と呼んでいるけど、コンクール会場では、「あの生徒さん、小宮山先生の生徒さんよ」などと話しているのをよく耳にする。
「うん、うちはみんな仲良くて。わりとアットホームな感じかな。課題曲も先生と話し合って決めるし」
「そう、課題曲迷ってて。先生がシューマンの楽譜があるから、それにしちゃいなさい、っていうのよ。でも、私あの曲はあんまり自分に合わないんじゃないかと思ってて」
課題曲は4曲あるうちから1曲選べる。僕は、その中の2曲であれば雰囲気も合うからどちらでもいいかな、とはるか先生に言われて、一週間悩んで決めた。
「そのまま先生に伝えたら?」
「タケルくんはいつもどうやって課題曲を決めてるの?」
「だいたい先生が、よさそうな曲を教えてくれるけど」
「いいなぁ、うちの先生、その辺いいかげんな感じなの。これでいいんじゃな?って感じで」
意外だった。はるか先生は「選曲でコンクール結果の7割は決まる」と言っていて、かなり慎重に決めてるからだ。
「いつもそんな感じでも、コンクールに入賞してるって、すごい」
つい本音が出た。
僕なんか、はるか先生が慎重に選んでくれた曲を演奏して、入賞できるかどうか、ってところだ。
「すごくなんかないよ。色々迷ってる。だから、音楽科の高校は辞めたの」
「絹さんは専門に進むんじゃないかと思ってたよ。はるか先生も言ってたし」
絹さんはふと立ち止まって「羨ましい」とつぶやいた。
「小宮山先生のこと、はるか先生って呼んでるんだね」
「小学校の頃から通ってるから」
「そうだよね、私も先生変わらなかったら、あのまま楽しくピアノ弾けてたのかなぁ」
「楽しくないの?」
「受験勉強でね3ヶ月くらい休んだの。そしたら楽しさとかやる気が戻るかなって思ってたけど、ちょっと分からないなぁ」
絹子さんは少し声を震わせながら言った。泣いているのかもしれない。でも彼女の顔を見る勇気もなくて、「いろいろあるよね」と言葉を濁した。
「それより、課題曲!シューマンのソナタより、ブラームスの方が合う気がするの」
「僕はブラームスかラフマニノフで迷って、ラフマニノフにしたんだけどね。駅のベンチでyoutubeで聴いてみようか」
「ありがと!」
絹さんは、気分を入れ替えるように早足で駅に向かって歩き出した。
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