第12話 いっちょ前
高校に入学してから初めてのレッスン。
そして、レッスン中にひじを触れられて感じてしまってからも、初めてのレッスンで、高校のジャージ姿で臨んだ。
「音、響くようになったじゃない、プレリュードとフーガの音の対比もいい感じ」
先生は上機嫌だ。
その代償が、僕の勃起からの公園のトイレだったわけだけど…。
レッスンではバッハの平均律とベートーヴェンのソナタを見てもらい、ショパンのエチュードの新曲を1曲選ばないと、という話になった。
「何番がいい?実力的に木枯らしとか10の1はNGね。ちょっと頑張って10-4でもいいかも」
「youtubeで聴いておきます」
「うん、そうして。あ!絹ちゃん、中3の時に10-4弾いてたわよね。聞いたわよ、同じ高校なんだって?」
母さんがLINEしていたようで、はるか先生は絹さんが同じ高校に入学したことを知っていた。
「ね、普段はどんな子なの?」
「まだよく分からないです。クラスも一緒じゃないし」
「そうなんだ、高校に入ってもコンクール出てくれるといいわね。張り合いが出そう」
そんな話をしていたら、駐車場に車が停まるのが聞こえた。
「あ、今日はね、望美ちゃんが来るのよ。彼女忙しくてね、今日しか都合が会わなくて」
望美ちゃんは僕の一つ上、高校2年生だ。
毅と同じ進学校に通っていて、僕と一緒にコンクールにも出ている。
ピアノも生徒会役員もバリバリこなし、国立大学狙いで、日曜日はひたすらボランティア活動に勤しんでいる。
もともと他のピアノ教室で、わりと簡単めなコンクールで全国大会に出場していたけど、金賞を取れるほどでもなく、中学に入ってもっと本格的に勉強したいと、はるか先生の教室に移ってきた。
「こんばんはー、あ、タケルくんだ」
僕は軽く会釈した。
最初、中学になって教室を移ってきたコンクール常連者と聞いて心中穏やかでなかったけど、蓋を開けてみたら「平凡な演奏」というのが、僕の評価。
うまいといえばうまいけど、それだけというか、芸術性のカケラも感じられない。
「望美ちゃん、絹ちゃんって分かる?毛利絹ちゃん」
「分かります。いつもコンクールに出てる子」
ピアノのコンクールは、2学年で同じ級になったりする。中1と中2、小6と小5といった形だから、望美ちゃんより一つ年下の僕や絹さんは、同じ級で演奏する機会が多く、名前を知っているということだ。
「タケルくんと同じ高校だったのよ!」
「意外~!音大付属高校に行ったのかと思ってた」
「そうだよね、私もビックリして」
「あ、つよぽん、中学の頃、絹ちゃんのファンだったよね」
望美ちゃんが意外なことを言った。
「えっ!そうなの?」
先生も驚いている。
つよぽんとは、僕の兄、毅のことだ。
望美ちゃんと毅は同じ年で、中学が一緒でピアノ教室で会ってから意気投合。今も進学校で同じクラスだ。
「つよぽんさ、ああいう色っぽい演奏する女子、好みだな~なんて言ってたよ、あんまり話すと怒られちゃうかも!」
「いっちょ前にそんなこと言ってたんだ~おかし~~!!」
先生はバカ受けだ。
毅は小学校3年から高校受験前の中学3ねんの秋まではるか先生の所に通っていた。でも、コンクールで思うように結果が出せなくて、ピアノへの情熱も徐々に薄れてきて、高校受験を機にピアノを辞めた。
僕も、ピアノを演奏する先生が好きです、なんて告白したら「いっちょ前に~!」とバカ受けされるのかな。
多分、先生との年齢差は20歳くらい。僕はただの子供なんだろう。
帰ろうとすると、先生が言った。
「今度は制服姿でレッスンに来てね。タケルくんの制服姿、見てみたい」
僕はうんともいいえとも言えず、ただ会釈してレッスン室を後にした。
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