第6話 軽やかな音と鼓動

「音が重い~~~!!!」


今日はピアノのレッスン。

ちょっと自信を持っていたバッハの平均律のプレリュード。

しかし、はるか先生に言わせると音が重すぎて、全然流れが良くないらしい。


そうかな、結構いい出来だと思っていたのに。


「まぁ、音ミスもなくて良く弾けてるといえば弾けてるのよ、でもさ、この後に重たい厳格なフーガが続くことを考えると、プレリュードはもう少し軽く、流れ良くの方が良くない?」


先生のレッスンは押し付けられる感じがない。

ここはこうだから、こうした方が良いと思う、でも最後の決めるのは君自身、という感じ。

だからピアノ男子が伸びまくるのだと思っている。女子も上手な生徒が多いけど。


首を軽く傾げてから、僕はもう一度プレリュードの冒頭部分を弾いてみた。


そんな僕を先生は真横からじっと見つめている。

全身を舐めるように下から上へと見てから、肩まわりをじーっと見つめて


「もしかして、音が重いと思ってない?」


話しかけられた。


「え…」


「もう一回最初から弾いてみて」


先生は自分のピアノの椅子から立ち上がり、僕を見ながら近寄ってきた。


触られる…!


心を決めて、触れられる瞬間を覚悟していたら、指も止まってしまった。


「演奏は続けて」


先生は真面目な声で弾き続けるように言い、僕の右肩を軽くポンポンと叩いた。


スッと力が抜けた。


続いて、右ひじを内側から外へ軽く押しながら


「この音、分かる?」


急に軽やかに鳴り始めたピアノの音と、僕の鼓動が半比例するようで混乱した。


音色に満足したのか、先生は自分のピアノの椅子に戻って、僕のバッハを聞きながら楽譜に向かった。


「肩やひじに力が入って、響きが曇って押し込んでいるような音になってるのが原因かもね。私がちょっと肩とひじを持たせてもらったんだけど、感覚覚えた?」


僕はうなづく。


「家はアップライトピアノだけど、響きの違いは耳が良いから分かるはず。自宅でもよく違いを聴き取って練習するといいと思うよ。ハイ、今日はここまで!」


レッスンが終わり、僕は楽譜をレッスンバッグにしまい、「ありがとうございました」とボソッといい、ぺこりを頭を下げレッスン室を出た。


やばい…!


やばいやばい…!!


このムラムラ感は…レッスンバッグを前に持ち、どうして今日はぴったりのパンツを履いてきたんだろう、と心底後悔した。

とにかく小走りに走りながら、ふと都合のよい建物が目に入った。


公園のトイレ…!


助かったと思った。

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