第5話 ミズイガハラ
牧場からミズイガハラの街までの道のりは大きな難所もなく、順調に進んでいた。
出発から2時間ほどが経った頃であろうか、もう少しで街の姿が見えてくるといった所で、往来の少ない街道の真ん中に荷車が止まっているのが見えた。
荷車の傍には痩せ型でキツネ顔の男が立ち尽くしていた。
「どうしました?」
アレクがアイネルを止め、声をかける。
「いやぁ、荷車の車輪が壊れてしまいましてねぇ」
キツネ男は困惑した表情を浮かべている。
キツネ男の荷車を見ると、車輪の軸がポッキリと折れてしまっていた。
荷車には相当量の荷物が積まれており、車軸に無理な力がかかってしまったのであろう。
「これは簡単には直りそうにないですね。どちらまで行かれるんですか?」
キツネ男はねっとりした口調でこう答えた。
「ミズイガハラまでぇ」
結局、キツネ男を荷車に乗せ、ミズイガハラまで向かうことになった。
荷車の中では挨拶もそぞろにキツネ男が一方的に話をしてきた。
キツネ男の名前はクウネルということ。
商人をしていて、依頼があればどんなものでも用意するということ。
ミズイガハラへは依頼物の納品のために向かっていたこと。
荷車はミズイガハラの仲間に回収してもらうこと。
そんな話を聞いているうちに、ミズイガハラの街が見えてきた。
「カズトくん、あれがミズイガハラだよ」
ミズイガハラの外周には巨大な丸太を埋めて建て込んだ塀が立ち並んでいた。街道への出入り口部分には大きな扉が設けられているが現在は開放されているようだ。
扉からわずかに覗く街並みは大小様々な建物が立ち並び、中央には商店街のようなものも形成されているのがわかる。
そしてついにミズイガハラへ到着した。
入り口付近で荷車を止め、荷車を降りる。
するとクウネルはあいも変わらずねっとりとした口調で話しはじめた。
「いやぁ、ほんと助かりましたわぁ。それはそうとカズトさんはこの辺りの方ではないんですねぇ?」
予期しない言葉に俺の顔が曇る。
それを察してか、クウネルは続けた。
「あ、いえいえぇ、別に大意はないんですぅ。なにやらミズイガハラが初めてだったようですんでぇ。それでは私はここらで失礼しますぅ。何かあったらその時はよろしゅうに」
そう言うとクウネルは街の中へ消えていった。
「カズトくん、一つ君に言っておかなくてはならないことがある」
アレクが真剣な眼差しでこちらをみる。そしてこう続けた。
「君が“異世界からの旅人”だということは簡単に話さないようにしたほうがいいかもしれないね」
俺の不安を感じとったのか、アレクはさらに続けてフォローする。
「“異世界からの旅人”に対して、悪意や敵意を向けてくる人間はおそらくいないだろう。だけれども、その名を利用しようとする輩も少なからずいると思う。余計なトラブルになるのを防ぐためにも、“異世界からの旅人”のことを話すのは本当に信用できる人だけにしておきなさい」
まるで親が子を優しく諭すかのごとくアレクは語った。
「わかりました。ありがとうございます」
単調に答えた俺であったが、初めて出会った人達がアレク夫妻で本当によかったと改めて感じていた。
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俺とアレクは警備隊の詰所に到着していた。
門兵に“ゴブリン”のことを話すと、慌てた様子で応接室に通され、応対者を待っているところである。
「警備隊って思った以上に人数がいるんですね」
警備隊と言うからには百数十人程度を想像していたが、実際はミズイガハラだけでも数千人規模の組織であるという。
「そうだね。伝承の2人の教えを後世に引き継ぐため、警備隊には国が力をいれているんだ」
伝承の2人の影響力の大きさを改めて感じるとともに、先のアレクの話に合点がいった。この強すぎる影響力が問題になりかねないのだと。
そしてそんな話をしていると、ドアがノックされた。
「「はい」」
「失礼する」
こちらがノックに応えると、細身の男が入ってきた。俺よりもいくばくか年上のように見えるが、彼の放つ威圧感は年齢に似つかわしくないものであった。
「私はミズイガハラ警備隊 隊長のヤクマだ。君が“ゴブリン”を目撃したと聞いたが、本当か?」
ヤクマは厳しさの中にも品のある口調で言った。
そして俺は黒い池で起きた出来事について話をした。
「そうか。君が出会ったものは“ゴブリン”で間違いないようだ。しかし、魔物がミズイガハラのすぐ近くまで来ているとは。これは北の地を調査する必要があるやもしれん。何はともあれ報告感謝する」
ヤクマはそう言うと部下に指示を出し、退出していった。
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警備隊への報告を終えた俺は、アレクの好意により街の案内をしてもらっていた。
街の建物はアレクの牧場と同様の作りのものが大半であった。
街の技術レベルは日本には到底及ぶことはできない。
だが街は活気で溢れ、そして何よりも人々に笑顔が溢れていた。
そして案内の最後に、アレクのお店を訪問した。
牧場でとれた肉や乳製品などの加工品を販売しているお店のようだ。
店頭に並べられた商品を眺めていると、店の奥から元気のある声がした。
「お父さん、いらっしゃい!」
声のする方へ目を向けると、そこにはサリアに瓜二つの女性が立っていた。
いや、正しくはサリアを20歳以上若返らせたような雰囲気だ。
「あら? あなたは??」
女性の美しさに見惚れていると、俺に代わりアレクがその言葉に応えた。
「レイミ、元気にやっているかい?こちらはカズマくんだ。訳あって牧場の倉庫で暮らしている」
咄嗟に俺も応える。
「カズマです。よろしくお願いします」
「カズマくんかぁ! 私はレイミ、よろしくね」
そう応えるレイミは屈託のない笑みを浮かべていた。
「カズマくん、レイミはサリアの若いころに瓜二つなんだ。美人だろ?」
アレクはイタズラに笑う。
俺が答えに困っていると、それを察してかレイミが割って入った。
「もお! お父さんったら! カズマくんが困ってるじゃない」
「そうか。すまんすまん」
そう言い合う2人は共に笑顔であった。
──この2人もそうだが、この街の人は本当によく笑う。
もしかしたらこの世界中がそうなのかもしれない。
皆が何かに追われて歩いている日本の街とは明確に違う。
この世界には魔物もいて、恐ろしいこともたくさん起こるかもしれない。
だけれども、この世界には惹かれるものがある。
もっとこの世界のことを、何が人々を笑顔にするのかを知ってみたい。
この日俺はそう思ったのであった。
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