第4話 異形のモノ
異形のモノの突進は止まった。
それと同時にカランと鍋が転がる音がする。
俺は異形のモノに
その温度は優に150℃を超える。そんなものを顔面に浴びたのだ、当然と言えば当然であるが、相手は異形のバケモノだ。どこまで効いているかはわからない。
「ヴァアァアアァ......」
異形のモノの顔からは黒い
一粒一粒落ちるたびに、地面を灼く音がする。
その声は心なしか苦しんでいるように聞こえる。
だが依然としてこちらを睨んでおり、俺は異形のモノと睨み合う形になった。
「............」
頼む! どこかへ行ってくれ!!
そう思う俺であったが、恐怖からか、はたまた異形のモノを刺激しないよう本能的に察知してのことなのか、声を出せなくなっていた。
わずか数秒の睨み合いがまるで数時間のようにも長く感じる。
「ウゥォオウォ......」
突として異形のモノが再び唸り声をあげる。
それと同時に異形のモノはこちらから眼線を外し、茂のほうへ飛び込んでいった。
「──よかった......」
安堵からか腰が抜け、地べたへへたり込む。
そして緊張により抑えられていた恐怖感が一気に押し寄せる。
「あれ......震えが止まらない......」
この世のものとは思えないほど醜悪な生物への恐怖、そして死への恐怖。
異形のモノの不気味な笑みが頭から離れない。
結局俺は1時間近く、その場から動くことが出来なかった。
--------
アレクの牧場へたどり着くころにはすっかり日も暮れていた。
屋根の修理は翌日以降にするとして、俺は何より先にアレクの元を訪ねた。
「アレクさん、いますか??」
母屋の扉をノックし問い掛ける。
「カズトくんか、どうかしたのかな?──まあ入っておくれよ」
「失礼します」
そこで俺は黒い池で起きたことを全て話した。
いつもは優しい口調のアレクであったが、この時ばかりは威圧感すら感じるほどの凄みがあった。
「にわかには信じがたいが......。だがカズトくんが嘘をつくとは思えない。すると、カズトくんが出会ったものは間違いなく魔物だ。特徴から察するに、相手は“ゴブリン”に違いない」
「“ゴブリン”......」
俺はゴクリと生唾を飲み込む。
「そうだね。でも本当に無事でよかったよ。僕も詳しいことはわからないんだけど、“ゴブリン”は通常3体ほどのチームで動くらしいんだ。1体だけだったのは不幸中の幸いだったね」
「え......」
驚きから言葉に詰まる。
あんなものがあと2体もいたら俺は間違いなく死んでいただろう。
「どうして1体だけであったのかはわからない。はぐれたのか、はたまた偵察か何かだったのか。いずれにせよ魔物がこんなところまで姿を現すのは僕の知る限り初めてのことだ。もしかすると500年ぶりのことだったのかもしれない」
「それってもしかして!?」
俺は食い込み気味に言った。
「そうだね。カズトくんの想像通り、魔物の動きが活発になっているのかもしれない。万が一のことを考えて、このことは明日にでも街の警備隊に伝えておこう」
アレクは少し考えたのち、ある提案をした。
「──そうだ、カズトくんも街に行ってみないかい?倉庫は急がなくても大丈夫だからさ」
「いいんですか!」
俺はこの世界にきてからアレク夫妻にしか会ったことがなく、この国の、この世界の生活や生き方など、わからないことだらけであった。そんな中でのこの提案は、この世界を知るための絶好の機会であった。
「もちろんだよ。カズトくんから直接説明してもらった方が情報量も多いだろうしね。──それじゃあ明日の朝、母屋まできてくれるかな?」
アレクへお礼を告げたのち、この日は解散となった。
倉庫へ戻った俺は、今日の出来事を改めて思い出していた。
「“ゴブリン”か......」
現代日本では出会うはずのない生物。ここは異世界であると改めて実感させられる出来事であった。
今回はたまたまなんとかなったからよかったものの、次に出会した時に切り抜けられる自信はない。
頭に浮かぶ“死”の文字。改めて恐怖が呼び起こされる。
「とんでもない世界に来ちゃったな......」
思考がめぐり、目が冴えてしまう。
この日は結局一睡もできなかった。
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翌朝、日の出とほぼ同時にアレクの元を訪ねる。
ここから街までは往復で5時間ほどかかるらしい。明るいうちに帰ってくるためには早めの出立が不可欠であった。
「アレクさん、おはようございます」
扉の前で声をかけるとアレクが姿を見せる。
「おはよう、カズトくん。それじゃあ早速出発しようか」
アレクはそう言うと、母屋の東にある納屋へ向かう。
納屋の中に入ると、サリアが見慣れない動物に荷車を取り付けていた。
俺はその動物に恐怖と興味が入り混じった視線を送る。
その視線に気付いたサリアがこちらに声を送る。
「カズトくん、おはよう。アイネルは初めてみるのかな?この子が街まで連れて行ってくれるのよ」
「サリアさん、おはようございます。アイネル......とても早そうですね」
馬車的なものかと俺は1人納得した。
とすると、アイネルは馬の代わりであるのだろうが、どちらかと言うと小型の恐竜に近いように見えた。恐怖すら覚えそうなその見た目は、先程の自分の言葉通り、本当に素早そうであった。
「それじゃあカズトくん、荷車に乗っておくれ」
アレクに促されるまま俺は荷車へ乗り込む。
それを確認したアレクは荷車前方に乗り込み、アイネルの手綱を握ると前進の合図を出した。
「あなた、カズトくん、いってらっしゃい」
サリアは手を振りながら、ニコリと微笑んだ。
そしてアイネルはミズイガハラへ向けてゆっくりと動き出した。
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