第8話 パソコンで下書き、手書きで清書

 「ひょっとして、おじさん、この内山先生って人の書いた文章、「喧嘩」でもするつもりで読んだんじゃない?」

 「その通りだ。よく気づいたね」

 「そりゃそうだよ。最後の一文で、そのことがよくわかるよ。「異議」を持っている、という一言で、読みながら、どんな感じで読んでいたかがわかる気がする。おばあさんの話に聞くおじさんのお父さんの気性に、結構似ているみたいだね」

 「私の父は、確かに、激烈さを持った人物だったからね。その息子だから、やはり、それなりにあることは、認めるよ。それはともあれ、だ。この「喧嘩文体」というものはだね、文章を書く時の姿勢だけじゃない。読むときにも、実は、有効な手段なのだよ」

 「書いた人と喧嘩するつもりで読むわけだね」

 「まあね。そうすることで、実は、その問題点に対する意識が磨かれ、読解力がつくというメリットもある。もちろん、どんな本でもどんな文章でもそうすればいいというものではないけどね」

 「なるほど・・・。書くときだけでなく、読むときも「喧嘩読書」ってものが成り立つわけか・・・喧嘩読書をして、喧嘩文体でまた文章を書く、とか・・・」

 「「喧嘩読書」ね。面白い表現だな。そもそもだね、喧嘩をしようというのであれば、それなりに理由もいるはずだ。仮に、理由にならないような理由であったとしてもね。興味も関心もないモノを対象にした本を読んでみたり、あるいはそのことで文章を書いてみたりなんて、できないだろ?」

 「そりゃそうだね」

 「いじめとか何とか、そういう社会問題もあるけどな、あれだって、いじめる側にしても、何かがあるからいじめに向かう。何もなきゃ、いじめなんかそもそも起きない。しかし、ああいう行為に走るのは良くない。ましてだ、読書したり、文章を書いたりするときには、人をいじめたりするようなレベルの理由では先に進めないからね。読んだり書いたりする方も、それなりのものを持って臨まないといけない。だがまあ、その話は今からすると収拾がつかなくなるから、時機を見て、話していこう」


 甥は、私の経歴を祖母から幾分聞いていたようなので、それほど驚いてはいなかったようだが、祖母である私の母から聞いていたものと、当の本人である私の話とのギャップは、彼によれば相当あるとのこと。


 「おばあちゃんから聞いていたおじさんの経歴と、おじさん本人が書いている文章や話してくれる内容とは、ぼくが聞いたり読んだりする限りだけど、かなり違った印象を受けるんだけど、どうしてかな?」

 「さあ、そりゃあなぜだろうな。おばあさんからしてみれば、息子の経歴とはいえ、手元で育てていない間が十数年間あって、その間は、事情が事情というところもあるから、本人でどうにもしようのないところもあるからね。親としてみれば、何とかしてやりたかった、という思いも、そこにはこもっているだろう。それに対して私が話すのは、まったくの当事者としての立場での内容で、私自身がそうしていかなければ、生きていけない、という中で見て聞いて、感じて、経験したことを話している。親子で、しかも顔つきが似ていると言っても、その差はおそらく君が思っている以上に大きいはずだ。まあ君も、私ほどではないかもしれないが、そのうち、そういうギャップを経験する日も来るだろう」


 ここで私は、甥に、もし書けそうなら、今この場で、このパソコンを使っていいから下書きを書いてみたらどうかと、提案した。USBメモリを持ってきているから、それに入れて持って帰り、あとで原稿用紙に清書すればいいだろう、と。


 「これが40年前なら、手書きの原稿をタイプライターや写植機などで「活字」にしていたわけだ。活字になるということは、当時は、「ハレ」の舞台に自分の書いた文章が出るという意味さえもあった。だが今や、活字はほら、このような形でいつでもどこでも、誰でも、使える。むしろ、手書きのものを活字にするようなことは激減した。だけど幸か不幸か、君の中学は、読書感想文を800字、原稿用紙2枚程度の紙に手書きで書いて提出しなさいと指示している。まさに、手書きと活字の関係が逆転しているようにも思えるが、手書きの原稿用紙のきちんとした書き方を知ることは、パソコンのワープロ機能で文字を打って文章を書くこととも相通じることではある。これを機会に、そういうことにも意識を向けてみればいいかもね」

 「なるほど、パソコンで下書きをして、手書きで「清書」ね。それなら、手書きの原稿用紙を何枚も使わなくて済むし、編集も楽だね。40年前は生まれていないから何とも言えないけど、その間に、すごい「革命」があったってことだね。夏休み前に歴史で「産業革命」を習ったけど、それぐらいか、ひょっとしたら、それ以上の「革命」の時代を、ぼくも生きているのかも」

 「まあ、そういうことだ。そういう時代だからこそ、「文字を書く」ということの意義を、私たちは、大いに考える必要がある。じゃあ早速、これで何なり書いてみなさい。私はちょっと、別のことをするから」

 「はい、わかりました」


 甥は、私のパソコンのワープロ機能を立ち上げ、早速、文章を書き始めた。

 「とにかくまずは、本文だけ書くね。題は、あとで考える」

 「それでいい。この課題は、「題」が指定されているわけではないようだな。だったら、とにかく文章を書いて、題は後からそれに合わせてつけてもいいだろう」


 待つこと20分程度。彼は、それなりの文章を書きあげた。思っているより早く書けたようだ。私はその文章を一読し、明らかな誤字脱字と、文意の通らないところを修正させ、2枚プリントアウトした。甥はそのデータをUSBメモリに保存した。


 「なんで2枚プリントアウトしたのさ?」

 「今度は、お互いに、紙媒体で改めてチェックするためだ。パソコン画面上ではわからないミスも、紙媒体なら見つかる可能性だってあるからね。私は小説やエッセイなどを書くときは、必ず、一度はプリントアウトして、パソコンを離れた場でチェックするようにしている。今回の君の文章は、それほど文字数がないから、わざわざそこまでしなくてもいいかもしれないが、何万字もの文章になれば、そうしていかないと、意外なミスを見落とすことになるからね。じゃあ、パソコンを離れて、君の書いた文章を読んでみよう。できれば君は、眼を通すだけでなく、声を出して読んでみる。つまり、音読をしてみるぐらいの気で読んでみた方がいい。そうすると、ミスだけでなく、ここはこう直した方がいいという場所も、存外見つかるものだよ」

 私たちはそれぞれ、プリントアウトされた文章を読んだ。

 やはり、いくつか修正した方がよさそうな個所が見つかった。いくつかの修正点を書き込んだ紙をもって、彼は、再びパソコンに向かい、修正を施し、再度保存した。

 私は、修正された文章を再び印刷した。その間、こんなやり取りもあった。


 「今回、こんな誤植が出ているね」

 「あ、これ、直さなきゃ」

 「まあ、直すのは簡単だが、ちょっと待ちなさい。確かに誤植ではあるが、この字は果たして、単なる誤植と言えるだろうか?」

 「え?」

 「確かに、養護施設というのは、ある条件下にある子どもたちを「擁護」している場所ではある。だが、「擁護」している場所という表現、それで本当にいいのかな?」

 「この「擁護」というのは、人権などを守るという意味での「擁護」するということだから、間違いではないかもしれないけど・・・」

 「間違いかもしれない、けど、どうかな?」

 「本当に養護施設って、子どもたちの人権を「擁護」できているのかな、って、疑問がわいてきた。この本を読んでいて、そんな思いがしたんだけど・・・」

 「そうかね。いいところに気づいた。ここは確かに、「特別な保護下に置く」という意味での「養護」という言葉を使うべきだろうな。それはともかくとしても、君はここで、今の時代だからこそ得られる経験ができているのだ」

 「というのは?」

 「確かに、「養護」と「擁護」という言葉は、パソコンでなくても、書き間違えをする可能性がある言葉同士ではある。だが、パソコンのワープロ機能は、時として、意外な言葉をあててくることがある。あるいは、書き手にそのつもりがなくても、自分のミスで、その言葉を拾ってしまうことだってある。誤植に出会ったら、その文字を見てふと立ち止まって考えてみるといい。意外とその言葉が、その状況に、本来の言葉よりぴったりと合っているようなことだってある。そういうところから、また、新たな表現が芽生えてくることもあるからね。まあ、そういう話はまた、いずれじっくりしてみようじゃないか」


 推敲を幾度か繰り返し、何とか、甥の作文は仕上がった。彼が私のパソコンを打ち始めてから、時間にして1時間程度はかかったか。

 「あとは、もうせっかくだから、原稿用紙を持ってきているし、ここで、清書していくよ。題は、清書しながら考える」

 「そうかね。それはいい。じゃあ、早速、清書しなさいよ」


 そこからさらに十数分、彼は、シャープペンシルで原稿用紙にパソコンで打った文章を清書した。名前はもう決まり切っているからともかくとしても、題の部分だけは空白で、仕上げた。

 最後に彼は、思いついた題名を、原稿用紙に書き込み、清書が完成した。

 甥は、清書した原稿用紙を私に見せた。


「いいだろう。君にしては、よく書けたと思う。合格だ」

「ありがとうございました」

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