第2話 宿題と証拠づくり、そして証拠保全

 この後、彼が私のところに来る日を調整し、電話を切った。ちょうどお盆の時期の、次の日曜の昼前に、彼は来ることになった。

 電話で話しているうちに、午後8時半ごろになった。広島風お好み焼きの出前をとってもいいが、ちょっと遅いか。私は近くのスーパーに行き、半額の惣菜を幾分買い込み、それを夕食代わりにしてビールを何本か飲んで、しばらくゆっくりしてから寝床についた。


 果たして、甥は、その次の日曜日の昼前にやってきた。

 10年以上会ってはいないが、私の風貌を兼ねて母や祖母から聞きつけているせいか、すぐに見つけることができたようだ。

 とにかく、蝶ネクタイで丸眼鏡の人物だと言われているようなので、暑い時期ではあるが、蝶ネクタイを久々に身にまとった。

 もっとも、そんな風貌に関わらず、おばあさんに似たおじさん、ということを子供の頃から散々吹き込まれているせいか、その要素からも、私がどこにいるかは、すぐにも分かったようだ。確かに私自身の顔つきは、母親に似ていると言われているし、実際そうであることも否定しえないから、まあ、仕方ない。

親子なんて、そんなものだろう。

 近くの酒屋でビンのジンジャーエールを飲んで、私の自宅へと甥を招き入れた。

 彼は炭酸飲料をそれほど飲まないそうだが、ペットボトルより、瓶のほうの炭酸がきついことに気づいたようだ。

 ペットボトルよりも缶、観よりも瓶のほうが、炭酸をきつく入れても大丈夫だという話を、その酒屋さんで聞いていたのだが、甥も、その話に納得していた。

 何かにつけて、彼は察しがよく、次のことが予測できる少年である。頼もしい限りだ。


 「早速だが、質問だ。君は、学科の宿題は、本日時点ですべて終えているのかね?」

 「この通り、すべて、終わらせています」

 夏休み半ばとはいえ、すでに終えているようだ。どれだけ理解できているかはともあれ、すべて書込み、「答え合わせ」もできている。


 ここで私は、甥に質問した。

 「君の学校から課された5教科の宿題は、これで、すべてかね?」

 「はい。これが、そのリストです」

 私はリストをもとに、彼の宿題をすべてチェックした。少なくとも学科ものは、すべて「完成」していて、リストの条件も、きちんと整えている。

 「よろしい。ところで私は、君に、宿題をすべて持って来いとは指示していないね」

 「そのような指示は受けていません」

 「しかし、君はすべて持ってきた。それは、どんな意図があってのことかね?」

 「きちんと、やるべきことをしていることを、おじさんにわかっていただきたいと思って、持ってきました」

 「そうかね。それは大いに、結構である。君は、いい判断力の持ち主である。たとえば今日、君が宿題を持ってきていないとする。いや、この通り、できていても構わないし、まだ完成していなくてもいい。いずれにせよ、ここで私が、宿題は出来たのか、と問う。君は、できた、と答える。だが、私は、それを、額面通り受け止められると思うかね?」


 少し間をおいて、甥は答えた。

 「無理なんじゃないかな」

 「それは、なぜかな?」

 「ぼくが確かに宿題を処理しているということを、おじさんが判断できる証拠がないから。そろそろ学校で習う数学の図形の証明じゃないけど、証明できる材料がないわけだから。言う方にしてみればいくらでも言えるじゃない。それで、また2週間後の日曜日に宿題全部持ってこいと言われて、その時までにぼくがやり切れていないところを全部したとすれば、確かに今できていなくても、2週間前の時点でできていました、ということも、できないわけじゃないよ、話の流れにもよるとは思うけど」

 「よくわかっているではないか。もちろんな、そういう「ごまかし」と言えば言い方が悪いが、今できていると言って、実は出来ていなかった、あとでまた持ってこいと言われるまでに、形だけでも完成させて持ってくることで、一種の「言い訳を成り立たせる」こともできる。もっとも、この宿題の出来具合だけで、君がいつもどの程度の点数をテストでとれているか、あるいは次にどの程度の点数を得点できるかは、必ずしも判断できるわけではない。だが、学校から求められているであろう「宿題提出」の条件をきちんとそろえていることは、私でも、判断できる。少なくとも君は、この宿題の冊子に目を通し、解答を書いて、確認した。それだけは、誰が見ても、判断できる。それで、いいのだよ」

 「でも、そのことと、文章を書くことと、何か、つながりがあるの?」


 うまく、食いついてくれたね。だが、焦りは禁物だ。

 甥本人は、いささか、キツネにつままれたような顔つきで私を見ている。

 「君自身は、あると思うかね?」

 「あるような、ないような・・・」

 少し、話をそらして補強してみようか。


 「じゃあ、君は、この宿題をもとに出される「課題テスト」で、5教科全部で500点満点をとる自信があるかね?」

 「ないよ。5教科で400点は行けると思うけど、今度は、450点を目指したい。上手くいけば、どれか1教科で100点が取れるかもしれないかな? 」

 「まあ、それだけできれば、よかろう。君がこうして宿題を完成させたことと、この宿題をもとにしたテストで満点をとれること、まして、この宿題で問われている内容を理解できたかどうかとは、必ずしも、連動してはいないのだ。そりゃあ、ある程度関連はあるかもしれないが。さて、君が、このテストでどう頑張っても1教科平均50点しか取れない生徒だとするね、でも、宿題を夏休みの初めから今日までに、今君が処理したと同じように処理することだって、できるだろう。解答を見て答えを書いて、赤ペンでマルすればいいじゃないか。たまに、間違えてみたりしてね、そこは、赤ペンで答えを書く。いかにも、勉強が得意じゃない奴のやり方で、私の同級生にも何人かそんなことをやっていた奴、いたけどな。そんな子、今でもいるだろ?」

 「うん、いるいる。・・・ああそうか・・・、その宿題の話をしていて、なんとなく、分かってきた。文章を書くことと、起こったことを完全に書ききることとは、まったく別というか、そもそも、無理、ってことか。見聞きしたことと書いた文章とは、そうそう連動しているわけでもない、ってことだね。まして、思ったことや感じたことを書き切るなんて・・・。でも、読む人は、書いたことからしか判断できないし、それで十分、様々な判断ができる、ってことになるわけだね」

 「その通り」

 「じゃあ、何か書くという以上、何を書くか、ということが大事になるわけだね」

 「もちろん。それもなしに、思ったことや感じたことを書け、などというのは、そもそも無理だし、だね、第一、そんなこと、できもしない。文章を書くことは、自分をいかに表現するかだというのは、誰でも言うことだが、これはね・・・」

 「自分の思う通りに表現しても、自分の思っていることとは違うことを意図して表現してもいい、ってことになるね」

 「そういうことである。むしろ、自分の本当に思っていることよりも、自分が誰かから求められていることに応じて書くことのほうが、実際は、多いだろうね」


 そろそろ、飲食店などの昼食時の混雑が終わりそうな頃合いだ。

 ここで、一息入れよう。

「それではこのあたりで、昼飯時も少し過ぎたし、昼飯にしよう。お好み焼きの出前を頼もうと思うが、ほら、このチラシで何なり選びなさい。飲み物は、よければ冷蔵庫の中に何なりある。酒類以外は、何を飲んでも構わない」


 出前を頼んでいる間、私は、彼の宿題をチェックした。中学時代の私と同程度か、それ以上の学力はあるようだ。公立トップ校も十分射程圏内で、彼も、そこを目指す、と言う。頼もしい限りである。

 食事中、甥は500ミリのコーラのペットボトルを持ってきて飲んだ。私は、ロング缶のビールを1本だけ飲んだ。前に会ったときは、まだ3歳で、ワサビの利いた寿司を食べて泣いていたのを覚えているが、今回は、大サイズの広島風お好み焼きに一味をかけている。私も同じ大サイズのお好み焼きを食べたのだが、それにしても、よく食べるようだ。こちらはこれから先、そうそうの量を食べるわけじゃないが、彼は育ち盛りだ。これからどんどん食べて、大きくなっていくのだろう。少なくとも身長は、おおむね私と同じくらいにまで伸びている。ただまあ、酒飲みには、ならなくてもいいとは思うがね。


 食後は少し休んで、早速、課題に取り組むことに。

 ちょうどお盆の時期で、まだまだ暑いが、暦の上ではすでに先日秋に入っている。まあ、彼がここまで来るのは路線バスに1回乗るだけでいいので、帰省ラッシュとは一切無縁だし、私も、この時期は仕事が普通にあるけれども、今日は休みにしているからね、普通の休みの日に過ぎない。まあ、こういうときに余裕をもって何かをやりたいものだ。

 私にとっても、彼の来訪はちょうどいい刺激ではある。

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