第19話 不本意ながら潜入です ②

 俺は驚きのあまり固まって、その少女を見つめた。歳は12、3歳だろうか。長い緑の髪に勝気な瞳をした美少女だ。


 「怪しき奴!盗賊か!?」


 「い、いえ、自分は……」


 俺はしどろもどろになりながら、出入りの商人のポルトさんに付いてやってきた公国の隊商キャラバンの一員だと説明をした。しかし少女は厳しい目で睨みながら、びしっと俺を指差し、


 「嘘を申すな!ならなぜ部屋をこそこそ覗いておる!?」


 と言い放つ。まあ嘘なんだけど、どう切り抜けたものか。


 「いかがなさいました!?お嬢様」


 そこへ最初に見たメガネのメイドさんが走ってきた。お嬢様だって!?


 「おお、ルーミィ、曲者じゃ!ひっ捕らえよ!」


 「掃除屋さん?何をしてるんですか?」


 「あ、いや……その」


 「何じゃ?この曲者を知っておるのか?」


 「出入りの商人のポルトさんと一緒にいらっしゃった公国の方と聞いております」


 「ほ、ほら、言った通りでしょう?」


 「公国の商人とな?それが何故他人ひとの屋敷の部屋をこそこそ覗いておる!?」


 「いえ、何か落とせる汚れがないかと」


 「汚れ?」


 「奥様が気にかけておられた外壁の汚れを落とすためにいらしたということでしたが……」


 「ほう。それで綺麗になったのか?」


 「は、はい。奥方様にもお喜びいただけました」


 「それはご苦労であった。しかし部屋を勝手に覗くというのは感心せんな」


 「出過ぎた真似をいたしました。申し訳ありません」


 俺は片膝を付いてしゃがみ、少女に頭を下げる。


 「うむ。素直に謝ったのは褒めてやろう。まだ名乗っておらなんだな。我はこの侯爵家の長女、シャルロット・ド・マクシミリである。以後見知りおけ」


 「侯爵様のご令嬢でいらっしゃいましたか。公国から参りましたオカーベと申します。改めて非礼の段、お詫びいたします。」


 「ふむ、殊勝な心掛けじゃ。そなた、掃除が得意であるのか?」


 「はい。公国で新しく出来た洗剤を持参いたしましてございます」


 「他の汚れも落とせるのか?」


 「汚れの種類にもよりますが、大抵のものは対処できるものと自負しております」


 「……付いてまいれ」


 「は?」


 シャルロット嬢はくるりと背を向け、すたすたと歩きだす。俺は慌てて立ち上がり、その後を追う。意識を集中して見ると、彼女には侯爵夫人やユーティリスのような黒いもやは感じられない。プライドの高いことは言動から見て取れるが、負の感情は漏れ出ていなかった。


 「ここじゃ。音を立てるでないぞ」


 シャルロットは一番奥にある立派な扉の前で立ち止まる。それを見たルーミィとかいうメガネのメイドが血相を変えてドアの前に立ちふさがった。


 「な、なりません、お嬢様!ここは……」


 「よい。我が許す。もはやどんな小さな可能性も試してみたいのじゃ」


 「しかし……」


 「責任は我が取る。お主は見なかったことにせよ。よいな」


 重々しい雰囲気の中、シャルロットがドアをゆっくり開ける。部屋の中は暗く、饐えたような匂いがした。空気が重い。悪寒を感じ、俺は身震いした。ここには何かよくないものがいるような気がする。静かにするようジェスチャーしながらシャルロットはゆっくり足を踏み入れる。俺は緊張しながらその後に続いた。


 「見るがいい」


 シャルロットに促され前方を見ると、天蓋付きの大きなベッドが暗がりの中に見えた。目を凝らすと、ベッドには誰か横たわっているのが分かる。


 「あまり他人の目に触れさせたくはないのじゃが……」


 そう言いながらシャルロットがベッドの脇に置かれたランプを小さく灯す。それでベッドの上の人物がはっきり見えるようになった。近くに来るよう手で招かれ、俺はベッドの傍まで行く。


 「これは!?」


 思わず息を呑んだ。ベッドに横たわっているのは男性だった。歳の頃はよく分からない。皺が多いように見えるが、それ以上に彼はやつれていた。ただのやつれではない。やせ細り、生気を失った顔をしている。呼吸は小さいが苦しげで、見ていて痛々しい。そして何より目を引いたのが顔や手の甲に現れた円形の黒い染みだった。ナイトガウンを着ているので目に見えない部分にも同じものが出ているのかもしれない。大きさは大小様々だが、大きいものは直径数センチはある。


 「この方は……」


 「父上じゃ」


 父上!?ということはこの人がマクシミリ候!?


 「数か月前から体が弱って来て、一月ほど前からはこのように寝たきりの状態じゃ。もう半月以上ほとんど目を覚まさぬ。医師の投薬と魔導師の治癒魔法で何とか命は取り止めているが、このままでは長くないと言う」


 「原因は!?」


 「分からぬ。どの医者も魔導師もはっきりとした原因を突き止められんのじゃ。こうして頻繁に訪れる我や母上に同じ症状が出ないことから伝染病の類ではないだろうということぐらいしか分かっておらぬ」


 「この染み……」


 「これが体に出るようになってから一気に具合が悪くなったのじゃ。日に日に数が増え、これが父上の命を食い荒らしているように見えて耐えられぬ。……医者でも魔導師でもないそなたにこんなことを言うのは筋違いであることは、重々分かっておる。じゃが何かに縋らねばもう心が折れそうなのじゃ。この汚らわしい黒い染みを消すことは出来ぬものか?」


 シャルロットの目に涙が溢れる。日に日に死が近づく父親を見ているのが辛いのだろう。俺は無言のままじっとマクシミリ候を見つめた。この部屋に入ってからずっと感じているこの悪寒。そして侯爵の体に出来た黒い染み。この部屋には邪悪な意志の残り香のようなものを感じる。意識を集中し、そっとマクシミリ候の手に触れる。ぴりっ、と手が痺れた。これは……


 「いかがした?」


 「少し……待ってください」


 俺はもう一度意識を集中し直し、黒い染みを撫でる。泥水を浴びせられたような不快感が全身に走る。魔の匂い。間違いない、これは……


 「シャルロット様、恐れながらマクシミリ候の体は毒に侵されております」


 「毒じゃと!?バカな。どの医者も魔導師も父上の体から毒は検出されなかったと……」


 「只の毒ではありません。恐らく特殊な魔法によって錬成された今まで知られていないものかと」


 「自分で連れてきておいて何じゃが、どうして医者でも魔導師でもない商人のお前にそんなことが分かる!?」


 「詳しいことはお話し出来ませんが、私には『汚れ』というものがその種類によって区別して見えるのです。マクシミリ候が誰かに悪意を持って毒を盛られたことはおそらく間違いありません」


 「今まで知られていない毒と言うたな。では父上を助ける術はないというのか!?」


 「少し、お待ちいただけますか」


 俺はマクシミリ候を見つめながら考えを巡らせた。フェルム支部長の考えが正しければカノンを狙うあのシェレーネたちと、マクシミリ候に毒をもった人間は仲間の可能性がある。シェレーネの芳香を完全に無効化出来なかったように、この毒も完全に消すのは難しいかもしれない。そもそも毒魔法は闇魔法に属するとジーナが言っていたではないか。俺の<スキル>が闇魔法まで消せるかはちゃんと検証していない。それにこんなところで無暗に<スキル>を使うのは危険だ。掃除を名目にここに来たというのにいきなり病人を治したりしたら怪しく思われないはずがないだろう。


 「……」


 ちらりと目線を落としてシャルロットを見る。不安と悲しみに押しつぶされそうな顔で眠ったままの父親を見つめる様子が俺の胸を締め付ける。この染みを「汚れ」として強く認識し、それを落とすイメージを高めたらどうだ?これが毒の進行によるものなら、この黒い染みを落とすことが毒への対抗手段となるのではないか。


 「……無茶を申した。済まぬ、忘れてくれ」


 ぽつりとシャルロットが漏らす。気丈に振る舞いながらも内心では父親のことを想い苦しんでいたのか。ああもう!こんな姿を見せられたら試してみない訳にはいかないじゃないか!


 「シャルロット様、この水差しを少しお借りいたします」


 「え?」


 俺はマクシミリ候の黒い染みを見つめ、極限まで神経を集中させた。毒による「汚れ」の除去、と心に何度も言い聞かせる。


 「な、何をするつもりじゃ?」


 「少し……お待ちを……」


 ベッドの傍にあった水差しを手に取り、シャルロットから見えないように体を後ろに向けて思い切り魔力を手に溜める。イメージした解毒の水が現れ、それを水差しに注いでいった。


 「何をしておるのじゃ!?」


 不安げに叫ぶシャルロットに向き直り、今錬成した水が入った水差しを差し出す。


 「今これに入っているのは公国でも秘中の秘と言われる霊薬です。これを侯爵様に使うことをお許しいただけますか?」


 「霊薬じゃと!?そのような怪しげなものを父上に投与すると申すのか!」


 「正直申し上げてこのままでは侯爵様のお命は危のうございます。全快させるというわけにはいかないかもしれませんが、これを使えばある程度の回復は見込めると思います」


 「何を根拠にそのようなことが言える!今まで知られていない毒と言うたではないか!そんなものにもその霊薬は効くと申すのか!」


 「俄かに信じられないのは当然でございます。しかしこのままでは侯爵様は助かりません。もしこの霊薬に何の効果もなく、万が一様態が悪化するようなことがあれば、この私の首、シャルロット様に進呈いたします」


 「そなたの首など貰うても意味がなかろう!父上にもしものことがあれば、そなた一人の命では済まさぬと心得よ!」


 「私は本気でございます。しかしどうしても信用出来ぬと申されるのなら、このままお暇いたします」


 「……信じてよいのか?」


 「この身命を賭して、嘘偽りのなきことをお誓い申し上げます」


 「わかった。やってみよ」


 「はい」


 俺は全神経を集中し、錬成した解毒水のイメージをさらに昇華させる。必ず毒の効果を消すのだ、と心で何度も唱え、水差しの中の水を少しマクシミリ候の手の甲に垂らす。この状態では飲ませることが難しそうなので、直接皮膚に塗布する方法を選んだ。


 「ふう……」


 気を強く持っていないと失神してしまいそうな緊張感の中、俺は続いて二の腕から肩、顔へと解毒水を垂らし、掌で伸ばすように塗布していく。砂が水を吸い込むように、みるみる皮膚に水が浸透し、消えていった。


 「ほ、本当に大丈夫なのだろうな」


 震える声でシャルロットが言い、固唾を呑んで見守る。俺は一通り肌の見えている部分に水を塗布し終わり、様子を見た。今のところ変化はない。もう一度だ。神経を尖らせ、また水を垂らす。


 「父上……」


 祈るようなシャルロットの呟きが聞こえる。しばらくそのまま見ていると、マクシミリ候の体の染みがぼやけてきて、薄くなり始めた。


 「あっ!」


 シャルロットも変化に気付き、食い入るように見つめて父親の腕を取る。そうしている間にも土気色だったマクシミリ候の顔に赤みが戻り、生気を感じるようになった。苦しげだった呼吸も安定してきたように思える。


 「ああっ……」


 さらに驚いたことに、ずっと眠ったままだったというマクシミリ候がわずかながら目を開いた。目の前にシャルロットがいることを理解できているのか、ほんの僅か笑みを浮かべたように見える。


 「父上!父上!よかった!」


 涙をボロボロと流しながらぎゅっと父の手を握るシャルロットを見て、俺はようやくほっとした。よかった。どうやら上手くいったようだ。


 「見事じゃ。心より礼を申す。望みの物があれば申せ。我にできることであれば何でも叶えてやる!」


 「いえ、それよりもシャルロット様。今の霊薬のことは決して他言せぬとお約束下さい。例え奥方様や兄君にもです」


 「何故じゃ!?そなたは侯爵家の恩人じゃ。当家を上げて礼をするのが当然ではないか」


 「事情はお話しできませんが、この霊薬を勝手に使ったことが知れれば私は大変困ったことになるのです。どうか私のことは誰にもお話になりませんよう」


 「そうか、わかった。しかし我は忘れぬぞ。そなたが父上を救ってくれたことをな。困ったことがあればいつでも言うてくるがよい。力になることを約束するぞ」


 「もったいないお言葉。それからもう一つご忠告しますが、マクシミリ候に毒を持ったのはおそらく身近にいるもの。信じたくはないでしょうが、屋敷の中の誰か、と思われます」


 「……確かに信じたくはないが、そう考えざるをえんだろうな」


 「侯爵様ご回復の後は、信用の出来る人間が作ったものしか口になさらぬよう、ご注意ください」


 「わかった。犯人についても調べを進めるつもりじゃ」


 「犯人は一人とは限りません。中にいるのは一人でも仲間がいる可能性があります。自らが動かれるのは控えられた方がよろしいかもしれません」


 「……そなたは本当に公国の商人なのか?何故そのようなことを申す?」


 やばい、しゃべりすぎたか。このご令嬢はかなり聡明と見た。このままではボロが出そうだ。


 「ここで何をしているのです!?」


 いきなりドアの方から声がして、俺はぎょっとして振り向いた。見ると鬼のような形相をしたカテリーナがポルトさんを後ろに従え立っている。部屋の中の空気が一段と淀んだような気がした。


 「ここは侯爵様のご寝室。そのような場所に……」


 「良いのだ、カテリーナ。この者は我が招き入れた」


 「お嬢様、初めて来た余所者をこのようなところに入れるなど……」


 「我が許可したのだ!それとも我のすることが不満か?」


 「め、滅相もございません」


 「それより見よ!父上が!父上が目を覚まされたのだ!」


 「何ですって!?」


 カテリーナが驚きの表情でベッドに目をやる。数歩近づき、さらに目を見開いて信じられないと言った風に首を振る。


 「バカな……こんなことが」


 何だと?


 「あなた、一体何をしたのです?」


 カテリーナが俺を睨みつけながらまた地獄の底から響くような声で問う。まるで呪詛を受けているようで、気分が悪くなる。


 「この者は何もしておらん。それよりバカな、とはどういう意味だ。父上が回復したのがそれほど不思議か?まるで治らぬと知っていたような口ぶりだな」


 「と、とんでもございません。急なご回復だったので驚いてしまいまして……」


 「まあよい。今の我は気分が良い。下がれ、カテリーナ」


 「し、しかし……」


 「我に同じことを二度言わせるつもりか?我の気分が良いうちに言うことを聞いた方が身のためだぞ」


 「か、かしこまりました。……部外者は早くここから出てください!」


 俺を睨みながらカテリーナが憎々しげに声を荒げる。


 「どうかしたの?母さん」


 その時廊下から別の声が聞こえた。見るとドアの前に10歳くらいの男の子が立っている。


 「何でもありません。部屋へ戻ってらっしゃい」


 カテリーナが慌てたように男の子に言う。するとこれがカテリーナの子供か。


 「ふうん、


 その言葉を聞いた途端、俺の背中に強烈な悪寒が走り抜けた。カテリーナに感じた以上の不気味さが漂ってくる。何だこれは?この子供は一体何者なんだ!?


 「何事も無ければいいんだけどね、


 やめろ!それ以上しゃべるな!早くどこかへ行ってくれ!!


 男の子が去り、俺は大きく息を吐いた。しばらく呼吸をするのを忘れていたようだ。異常だ。この母親にしてこの子あり、ではないが、子供の方がより異質な感じがする。何なんだ、この屋敷は。


 「な、なんや取り込んどるようやし、今日のところはお暇しまっか。なあ、オカーベはん」


  ポルトさんが場を和ますように明るくそう言った。


 「そ、そうですね。ご依頼は果たしましたし……」


 俺は出来るだけカテリーナに近づかないようドアの方へ向かった。俺を睨みつけるカテリーナの形相は悪鬼そのものに見える。


 「あ、オカーベ!」


 俺を引き留めようと声を掛けるシャルロットを振り向き、そっと指を口に当てる。「黙っていて」という合図だ。それを見てシャルロットは言葉を飲み込み、それから


 「大義であった」


 とだけ言った。


 シャルロットに一喝され、すごすごと退散したカテリーナに代わり、ルーミィが俺たちを玄関まで送ってくれた。ルーミィは壁の汚れを落としたことに礼を言ったりしていたが、どこかおどおどしているというか不安げにしているように見える。俺はさっきからあの部屋の空気に当てられ気分が悪かったが、出来るだけ平静を装い、何気ない雰囲気を出しながら質問してみる。


 「それにしてもこれだけのお屋敷なのに、人が少ないようですね」


 「そうやな。前に来たときはもっと使用人もぎょうさんおったような気がしましたがな?」


 「……」


 ルーミィの顔がますます暗くなる。


 「どうかしたんですか?」


 「私、怖いんです」


 「怖い?」


 「おっしゃる通り、この前まではもっと人がいたんです。それがここ数か月で次々に辞めたり……それだけならまだしも急にいなくなる人もいて……」


 「いなくなる?」


 「はい、部屋に荷物を置いたままいきなりいなくなるんです。侯爵様が倒れられてから奥様やユーティリス様もどこか雰囲気が変わられて……。す、すいません!お客様にこんなこと……」


 「大丈夫ですよ、他言など致しませんから。それは数か月前から、なんですね?」


 「はい」


 「数か月前と言えばカテリーナはんがお屋敷に来た頃でんな」


 カテリーナの名前が出た途端、ルーミィの体がビクッ、と震える。ふむ、屋敷の者にも怖がられてるわけか、あの女は。


 「しかしそんなことが続いて侯爵家の人やフロイネンさんは何か言わないんですか?」


 「それがフロイネンさんなどは気にするな、の一点張りで。ですから余計に怖いんです。真剣に事態を究明しようと考えておられるのはシャルロット様だけで」


シャルロットにはあの黒い靄は感じなかった。彼女だけは正常を保っているのか。


 「ではこれで。また何かあればよろしくお願いします」


 玄関を出て俺とポルトさんはリーミィに挨拶をし、門に向かう。と、何か嫌な雰囲気を感じて俺は屋敷を見上げた。


「!」


 2階のバルコニーにカテリーナがいた。蛇のような視線で俺たちを見下ろしている。俺はゾッとして、慌てて視線を外した。





 「大丈夫でっか、トーマはん。顔色が真っ青でっせ」


 侯爵の屋敷を出てしばらく歩いたところで、俺は崩れ落ちるように道にしゃがみこんだ。あの屋敷の毒気にすっかり参ってしまった。あそこは異常すぎる。そしてその原因はやはりあのカテリーナ親子だろう。あいつらは只者ではない。


 「いや~、前から薄気味悪いとは思うてたけど、あれほど気持ち悪うなったのは初めてでっせ。あのカテリーナいうお人は普通やおまへんな」


 ポルトさんもそう感じていたか。やはりフェルム支部長の勘は当たっているようだ。あいつらからはシェレーネと同じ雰囲気を感じる。


 「歩けまっか?」


 「ええ、大丈夫です。一息つけば……」


 その時、俺は視線を感じてはっ、と身を起こした。見られている!しかもこの感覚には覚えがあった。転生初日の夜、小鹿亭の部屋で感じたものと同じ。つまりは女将さんの<スキル>だ。


 「バカな……」


 女将さんの<スキル>は確かに消したはずだ。それに女将さんが監視していた時は戸惑いや後悔の感情が感じられたが、今感じている感情は悪意そのものだ。敵が俺を見ているとしか思えない。


 「どうかしたんどすか?」


 ポルトさんが心配そうに俺の顔を覗きこむ。


 「ポルトさん、俺はこのまま監督署には戻れなくなりました」


 「何やて?」


 「詳しいことは言えませんが、おそらく俺は今監視されています。ポルトさん、小鹿亭以外で安く泊まれる宿をご存じないですか?」


 「そらあ行商でしょっちゅうこの町に泊まっとるんや。なんぼでも知ってますがな」


 「一軒教えてください。そして監督署に戻ってアリーシャ先生に俺がそこにいることを伝えてほしいんです」


 「お安いご用や」


 俺はポルトさんからお薦めの宿を聞き、そこに向かった。色々なことが頭を駆け巡る。明日の魔法のお披露目が無事に終わることはないだろうと、俺の勘が告げていた。

 

 


 

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