第10話 不本意ながら試してみます

 翌朝、俺は受付でネリーから洗濯してもらった制服を受け取り、庶務課の部屋に案内された。庶務課は監督署内の雑務をこなす部署で、課員は五名。課長を除く四名がローテーションを組んで清掃を行っているらしい。建物の大きさからすると少ないと言える。しかも清掃だけが仕事ではないのだから、その内容も十分とは言えないだろう。


 「トーマ・クリーナです。よろしくお願いします。」


 「課長のブンマ・タンタクスだ。よろしく。転生者だって?その若さで清掃員希望とは珍しいねえ」


 ブンマ課長は四十がらみの細身の男性で、無造作に後ろで束ねた髪と顎の無精ひげが特徴的な人物だった。この世界には分煙という概念がないのか、課内で堂々と煙草を咥えている。しかし飄々とした雰囲気にその絵面が妙に似合った。


 「パタラ・ルオンです、よろしく」


 「ニブ・トナ……よろしく」


 パタラとニブはこの監督署内では珍しい獣人族の女性だった。顔は人間そのものだが、パタラは兎の耳、ニブは猫耳にアライグマっぽい尻尾を持っている。獣人の外見が人間と同じくらいの年齢だとすれば、二人ともまだ若い。ニコニコして人懐こそうなパタラに対して、ニブは無口で人見知りなイメージだ。


 「コニー・スパッティオだ。通信課との掛け持ちなんでいつもここにいるとは限らねえがよろしく頼むぜ」


 コニーは短い赤毛と褐色の肌が目を引く、元気そうな女性で、まだ少女と言っても差し支えない年齢に見えた。口調が男っぽいのも似合っている。


 「サナエ・トムラだよ。あんたと同じ転生者だ。よろしくね」


 サナエさんは穏やかな雰囲気を全身から醸し出していて、優しそうなお婆ちゃんという言葉がぴったりくる女性だ。


 「サナエさん……日本の方ですね?」


 「ああ。もうこっちに来て10年近くになるかねえ」


 「僕も今はこんな名前ですが日本人です。色々ご教授ください」


 「なになに。清掃に関しちゃあんたの方がプロだろ。こっちこそよろしく頼むよ」


 にこにこと笑うサナエさんに恐縮して頭を下げる。しかし転生者ということはサナエさんも何らかの<スキル>を持っているということだ。まさかとは思うが、俺と同じく監督署で監視が必要なくらい危険なものじゃないだろうな。


 「まあそういうことで、トーマ君は前の世界で清掃をやってたそうだから、やり方やシフトを含めて彼に根本から清掃の仕事を見直してもらおうと思う。協力してやってくれ。トーマ君、清掃に関しては全て君に任せる。作業長として皆に指示してくれ」


 「入ったばかりで恐縮ですが、よろしくお願いします」


 「それじゃあ、まず何をします?トーマさん」


 パタラが俺の元に近づき尋ねる。


 「そうですね。まずは今の清掃範囲とその内容、皆さんの一日のスケジュールを確認したいです」


 「パタラ、お前今日はトーマ君に付いて案内と説明をしてやってくれ。他の業務はこっちでやっとく」


 ブンマ課長の指示でパタラを一日借りることが出来た俺は、早速作業内容を確認した。基本的な仕事はゴミ回収にトイレ掃除、エントランス周りの清掃と前の世界と大差ない。使っている道具も電化製品がないだけで似たものが多かった。俺は監督署の中をパタラに案内されて周り、トイレの場所と数、ゴミ回収のボックスの場所などを確認した。エレベーターがないのでゴミの運搬が大変そうだと思ったが、物体を宙に浮かす魔法があって、ゴミを積んだカートを垂直移動させているのには驚いた。フェルム支部長が乗っているあの巨大な独楽のようなものも同じ魔法で浮いているらしい。


 「お掃除の範囲はこんなところですけど、どうします?もっと見たいところがあれば……」


 「いえ、とりあえずはこれで結構です。清掃に時間指定のある場所はありますか?」


 「エントランスは受付が開く9時前に終わらせるよう言われてます。それ以外は特に。トイレは出来るだけ朝のうちに済ませるようにしてますけど」


 そこらへんも前の世界と同じだ。俺は今の庶務課の仕事内容と清掃のローテーションをメモし、さらに通信課と掛け持ちだというコニーのシフト状況を確認した。後は実際にどういう手順で作業をしているか見たいところだ。


 「今の時間だともう一通りの作業が済んでますね」


 「どこかあまり使っていないトイレはありませんか?そこで実際の作業を見たいんですが」


 「では資料室の裏のトイレはどうでしょう。この時間ならほとんど使用してないと思います」


 「パタラさん、お願い出来ますか?」


 「はい」


 俺は清掃用具を用意してもらい、パタラにトイレ清掃の手順を見せてもらった。大まかなやり方は俺がいた世界の清掃と変わらなかったが、いくつか改善すべき点がある。俺はそれを箇条書きし、作業手順を頭でまとめる。


 「ありがとうございました。これでひとまず作業のシフトとやり方の改善をまとめようと思います」


 「わかりました。お疲れじゃありませんか。そろそろ休憩時間ですから、休憩室で休まれては?」


 「そうですね。少し考えをまとめたいのでそうさせていただきます」


 「私は課長に報告してきますので先にお休みになって下さい。休憩室は分かりますか?」

 

 「さっき見たところですよね。大丈夫だと思います」


 「では」


 パタラが庶務課に戻るのを見送り、俺は記憶をたどって休憩室に向かった。中々に広い空間に、テーブルや椅子が並べられ、職員が自由に飲むことのできるお茶やジュースが入ったポットが置いてある。俺は紙コップにお茶を入れ、空いている席に座った。と、入り口からアリーシャが入ってくるのが目に入る。俺はなんとなく気まずくつい目を逸らせてしまった。


 「ふ、なんだ。連れないな。私の顔を見るのは嫌か?」


 しばらく窓の方を見ていた俺に突然声が掛けられる。驚いて振り向くと、紙コップを持ったアリーシャが俺のテーブルの前に立っていた。


 「え?い、いえ、そんなことは」


 アリーシャはそのまま俺の向かいの席に座る。何か鼻をくすぐるいい匂いが漂ってきた。


 「どうだ、清掃の方は?庶務課に配属になったんだろう?」


 「ええ。今建物を案内してもらって手順を確認したところです。新しいシフトを作ろうと思って」


 俺がそう言うとアリーシャはこのテーブルの周りをぐるっと見回し、近くに人がいないのを確認してから少し小声で話をする。


 「ふ、しかし変わった奴だな、お前は。大きな声では言えないが、ジーナが説明しただろう。お前くらいの<スキル>の持ち主なら、どんな贅沢を望んでも受け入れられたと思うぞ。そいつを封印できるならな」


 「そんなことしたら一発で目立っちゃうじゃないですか。支部長が言っていた通り俺の能力を喧伝するようなものですよ」


 「確かに。贅沢は出来るが行動は制限されるからな。私がお前を軟禁すべきだと言ったのは冗談ではないぞ」


 「それこそ冗談じゃありませんよ。俺はひっそり慎ましく、でも自由に生きたいんです」


 「しかしその<スキル>を悪用されることは何としても防がねばならん。……催眠魔法でお前を操るとかな。考えたくはないが」


 「はあ。他人に知られないようにするのが必須ですね」


 「まあここで清掃人として働いていれば誰もお前がそんな危険な<スキル>を持っているなどとは思わないだろうがな。油断は出来ん」


 「ここで雇ったのはやっぱり監視の意味も込めて、ですよね」


 「当然だ。『小鹿亭』の方も監視を強化している。不審な人物が近づいたらすぐ私に連絡が来るようになっているよ。無論それと気づかれぬよう注意しながらな」


 昨日言っていた隠密行動に長けた人たちか。


 「正直、私も支部長もお前の<スキル>を本部にどう報告するか未だに迷っている。本部のセキュリティは万全とはいえ、秘密を知るものが増えれば漏洩の危険も増す。お前の能力について全てを把握しているのは今のところ私と支部長だけだ。ハンナには<スキル>を消す能力しか明かしてないのだろう?」


 「あ、いや、負の感情が見えるというのは言っちゃったような気が……」


 「ふむ。まあ彼女なら漏洩の危険はないと思うが、念には念を入れて口止めをしておくべきか。しかし本当に厄介だよ。まさかこんな奴が現れるとは。野心家でなかったことがせめてもの救いか。お前が魔法と<スキル>を使って暴れられたら止めるのも一苦労しそうだ」


 「そんなことないですよ。<スキル>を使うのには集中する時間が要りますし、女将さんの時にはその後倒れて眠っちゃいましたからね。大人数で来られたら対応出来ません」


 「お前が一人ならな」


 「え?」


 「悪用されたら困ると言ったろう。お前が仲間を集めて暴れ、それを阻止しようとした我々の魔法がお前によって消されたりすれば混乱する。戦闘に向いた<スキル>というのは数が少ない。それも消されればこちらが不利になることも考えられる」


 ブロアさんもそんなことを言っていたな。


 「ということでお前の能力についてはトップシークレット。しかも知る人間は少なければ少ないほどいいのだ。可能なら24時間私の監視下に置きたいくらいだ」


 「はは……」


 美少女(あくまで外見は少女なのだ)と24時間一緒というのはある意味夢のようなシチュエーションだが、この人の場合、そんなに幸せなことばかりではないような気がする。食事と風呂以外の時間は鎖で縛られて部屋に放置されてもおかしくなさそうだ。


 「……貴様、何か失礼なことを考えていないか?」


 じろっとアリーシャが俺を睨む。う、勘が鋭い。


 「い、いえ、そんな。ああ……でも24時間監視は大変ですよね。毎朝シャワーを浴びないといけないし……あ……」


 馬鹿!何を口走っているのだ。話題を変えようとして最悪の方向に振ってしまった。嫌が応でもシャワー室のことが頭に浮かんでしまうではないか。


 「貴様、それほど私を辱めたいか?」


 殺意という名の視線が俺を睨みつける。集中しなくても怒りのオーラが見えるようだ。


 「す、すいません。つい!」


 「ふん、まあ確かに厄介だよ。この体質はな」


 意外にもそれ以上怒りを爆発させず、アリーシャはふっと息を吐く。


 「以前お前と同じ世界から来た転生者に聞いたんだが、お前たちの世界の伝承ではダークエルフは邪悪だったり淫乱だったりするイメージがあるらしいな」


 「い、いや、全てがそうではないですが……。確かに一部でそういうイメージや創作物がありますけど」


 「ここでも同じだよ。通常エルフと言えばホワイトエルフを指し、ダークエルフは蔑みの対象だ。今は大分マシだがな。昔は魔族と同列の扱いだったよ。そういう意味では転生者と似た境遇だったとも言えるな。特に私の一族はこの体質のせいで人々から忌み嫌われた。サキュバス呼ばわりは当たり前。見境なく男を誘惑する淫婦だと罵られたよ私も。外見はまだ人間でいえば幼女といってもいい頃からな」


 そんな外見で男を誘惑したらとんだロリビッチだ。


 「そのくせ本当のところは異性に肌を見せるのも禁忌扱いなんだ。お笑い種だろ。いっそ男を誘惑しろと言われた方がよっぽど楽だ。自分の意思とは無関係に異性を誘惑するフェロモンが勝手に溜まり、毎朝洗い落とさなければならない。今はそれほど厳しくはないが、昔は一族の者は伴侶以外の異性に肌を見られたらその後取る道は二つしかなかった。その相手を殺すか、伴侶にするか、だ」


 「そ、そうなんですか」


 「ああ。だから昔だったら貴様は私に殺されるか私と結婚するしか選択肢がなかったんだぞ。規律が緩んだことに感謝するのだな」


 まあ実際に殺されかけましたけど。


 「そ、そうですね。本当に助かりました」


 「ん?……何か引っかかる言い方だな。殺されるのが嫌なのはまあ当然として、その言い方だと私と結婚するのも御免だ、という風に聞こえなくもないぞ」


 「別にそういう意味じゃ……」


 「自分で言うのも何だが、私はまだまだイケていると思うのだ。見かけは人間でいえば少女と言って差し支えないだろうし、顔やスタイルもちょっとしたものだとは思わんか?」


 「そ、それはもう。アリーシャ先生はその、可愛いですよ。とっても」


 「貴様に可愛いと言われるのは何となく落ち着かん気もするが、そうだろう!こんな美人に結婚を申し込まれたら普通は喜ぶだろう!」


 ずい、と体を乗り出して力説するアリーシャ。一体どうしたのだろう。もしかして昨日支部長に「一応まだ見た目は可愛い」とか言われたのを気にしているのか??

 俺が返事に窮していると、我に返ったのか、アリーシャははっ、として体を戻し、一つ咳払いをする。


 「ま、まあ別にお前に結婚を申し込んでいるわけではない。そんなことは天地がひっくり返ってもない。勘違いするなよ」


 「そ、それは分かってます」


 「とにかく私はこの体質を『呪い』だと思っている」


 「呪い……」


 「ああ、誰がかけたのか知らんが、私の一族は呪われているのさ。だから私は誰よりも厳しく自分を律し、他人に後ろ指を指されないように生きてきた。誰にも文句を言わせないだけの実績を上げようと努力してきた。……おかげで友人や恋人と呼べる者はついぞ出来なかったがな」


 「アリーシャ先生……」


 「つまらん話をしたな。忘れてくれ。そろそろ休憩時間も終わりだ。仕事に戻れ」


 その時、一つの考えが俺の頭に浮かんだ。


 「あの、アリーシャ先生」


 「何だ?」


 「その……その体質が『呪い』だとしたら、それは一種の『汚れ』と取れなくはないでしょうか?」


 「何だと?」


 「俺の<スキル>は『汚れ』を除去するものです。ならばもしかして……」

 

 「き、貴様……まさか!?」


 俺の考えに気付いたらしく、アリーシャが大きく目を見開いて俺を見つめる。


 「バ、バカな。そんなことが……」


 「女将さんもそう言ってました。そんなバカなことを、って」


 「い、いやしかし……」


 「試してみてもらえませんか?アリーシャ先生がその体質を疎んでいるのなら、やってみる価値はあると思うんです」


 「トーマ……」


 アリーシャはしばらく迷っていたが、結局俺の提案を受け入れた。俺の<スキル>が極秘である以上人前で試すわけには当然いかず、話し合いの末、仕事が終わってから支部長の部屋で、ということになった。ことがことだけに支部長の耳に入れておかないわけにもいかないから、妥当な案だろう。


 「それじゃ後で」


 俺はアリーシャと別れ、庶務課に戻った。ブンマ課長にこれからの作業手順についての大方の考えを伝え、用意してほしい資材をリクエストする。清掃のやり方について俺が見本を見せたいというと課長は快諾し、明日の朝他の課員と一緒に清掃箇所を回る手はずを整えてくれた。後は部屋に戻って清掃のシフト表の作成をすれば明日からの仕事の方向性は見えるようになるだろう。


 「んじゃご苦労さん。今日は上がっていいよ。明日からよろしくね」


 相変わらず飄々と言う課長と他の課員に挨拶し、俺は庶務課を出た。そのまま今度は支部長の部屋へ向かう。ドアをノックすると昨日と同じように「どうぞ」という声が返ってくる。ゆっくりと開けると、中にはもうアリーシャの姿があった。


 「失礼します」


 頭を下げて室内に入り、ドアを閉める。


 「き、来たか。早かったな」


 アリーシャが上ずった声で言う。緊張しているような感じだ。

 

 「やあ、トーマ君。話は聞いたよ。君は本当に面白いねえ。ハンナに続き今度はアリーシャまで救ってくれるのかい?」


 相変わらず静かな微笑みを浮かべながらフェルム支部長が言う。


 「上手くいくかどうかわかりませんが」


 「その気持ちが嬉しいんだよ。ね、アリーシャ」


 「わ、私は、その……別に」


 「今更自分から頼んだわけじゃない、なんてつれないことを言うんじゃなかろうね~。たまには素直になってもいいと思うがね」


 「わ、私は!その……」


 アリーシャの声がますます裏返る。


 「まあ長年自分を苦しめてきた厄介な体質から解放されるかもしれないんだ。緊張するなという方が無理かもしれんが、物は試しと気楽に構えたまえ」


 「は、はい」


 そんなことを言われると俺の方が緊張してしまう。失敗したら一度淡い期待を抱かせた分、さらに苦しい思いをアリーシャにさせてしまうかもしれない。そう考えると急に怖くなってきた。勢いでものをいうものではないと反省してももう遅いのだが。


 「ふふ、今度はトーマ君の方が緊張しちゃったか。今言ったとおり、気楽にやりたまえ。失敗しても当たり前。上手くいったら儲けもの、くらいに考えないとお互い辛いだけだよ」


 「そ、そうだぞ。お前が気に病むことはない。今まで長い事耐えてきたのだ。失敗したところでどうということはない。それに……正直言ってお前の申し出は嬉しかったよ」


 「アリーシャ先生……」


 「お前の数十倍も生きているのだ。期待通りに事が運ばなかったことなどそれこそ星の数ほどある。だが私はそれに負けずに今日までやってきた。今更上手くいかなことの一つや二つ増えたところで何も変わらん」


 「はい」


 「それじゃ、やってみてもらえるかな?」


 俺は頷き、アリーシャに近づいた。意識を集中し、彼女の中のフェロモンとやらを感じ取ろうとする。


 「……これか?」


 アリーシャの体内に異質なものの感覚を捉えた。そこに狙いを定め、力を体内に巡らせる。だがこれまでと違い、はっきりとした消去のイメージが出来ない。俺は焦りながらさらに意識を高め、右手をゆっくり前に出す。


  「反異能アンチ……滅業スキル


 絞り出すように声を出すと、掌から水の塊が発射され、アリーシャの体を直撃する。

 

 「おっ!」


 水を浴びたアリーシャが少し体をよじる。俺は力が抜け、その場に膝を付いた。


 「お、おい!」


 「大丈夫かね?トーマ君」


 「は、はい。大丈夫です」


 「上手くいったかな?」


 「わ、わかりません。昨日とはちょっと感覚が違って……」

 

 「この場じゃ効果があったかわからないんだよね」


 「ええ。明日の朝にならないと……」


 「それもそこに異性がいないとね。トーマ君、今夜はアリーシャと一緒に過ごしたまえ」


 「え、ええ!!?」


 「し、し、支部長!何を!」


 「だって朝起きた時異性が傍にいないとフェロモンが消えたか検証できないじゃないか。トーマ君の<スキル>は極秘なんだし、他の男性で試すわけにもいかない」


 「だ、だ、だからと言って!」


 「別に一緒のベッドで寝ろと言ってるわけじゃないよ。トーマ君はそうしたいかもしれないが。いや、アリーシャもまんざらでもないかな?」


 「じょ、冗談が過ぎます、支部長!こ、こ、こいつがその気になったらどうするんです!?」


 「元の年齢は知らないが、少なくとも今はいい若者だもんね。年上の美少女と一晩過ごすのは刺激が強すぎるかな?」


 「そ、そうですよ。第一、アリーシャ先生がそんなこと許すわけ……」


 「も、勿論許すわけはないが……貴様もし許したら私と一晩過ごすのは不満なのか?」


 「ぶっ!な、何を言ってるんですか、アリーシャ先生まで!!」



 「さっきといい、どうも貴様は無礼だな。確かに男にモテたことはないが、私とてそれなりに女の魅力はあるつもりだぞ」

 

 「だから何言ってるんですか!冷静になって下さい」


 「私は冷静だ。よし、そういうことなら今夜は私の部屋に泊まるがいい。明日の朝、フェロモンが消えたか貴様の体で検証してやる」


 「あ、あああ……あのですね」


 「今日は6時に帰る。その時間に入り口にいろ。一緒に帰るからな」


 マズイ、マズイ、マズイ。すっかり頭に血が上っている。なんとかしないととんでもないことになる。


 「まあいいじゃないか。相手は君よりも遥かに年上なんだ。外見はともかく。何か間違いがあっても君が責められるようなことはないよ」 


「支部長も呑気なこと言ってないで止めてください!まずいですよ、こんなの」


「何がまずいんだい?本当に君はアリーシャに魅力がないというのかね?」


 その逆だ。とてつもない美少女だから問題なのだ。年齢=彼女いない歴の俺にとってこんな美少女と一晩を共に過ごすなど刺激が強すぎる。それに俺はヘタレのラノベ主人公じゃない。隣にこんな娘が寝てたら理性を保つ自信など毛頭ない。そして下手に手を出そうものなら今度こそあの世行きだ。……そういえば転生先のこの世界で死んだら後はどうなるのだろう?……なんて言ってる場合じゃない!!


 「そ、それでは仕事が残っているので失礼します!ろ、6時だぞ、遅れるな!」


 そう言ってアリーシャはさっさと部屋を出ていく。俺は呆然とそれを見送るしかなかった。


 「逃げないでくれよ。君が言い出したことだ。責任を持って結果を見届けてくれ」


 支部長の言葉が真っ白になった俺の頭に染み込んできた。……どうしよう、今夜。

 

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