第7話 不本意ながら気付いてしまいました

 「今日はお疲れ様だったね。そうだ、迷惑をかけたお詫びにいいものをあげよう。監督署うちの隣に美味しい食堂があるんだ。小鹿亭と並んでここの職員御用達の店さ。この名刺を渡せばツケで注文できるから、好きなものを食べるといい」


 そう言われてフェルム支部長からサイン入りの名刺を渡された俺は監督署の隣にあるその食堂、山羊の胃袋カペル・ストマクスに来ていた。考えてみれば今日は朝食を取っていなかったし、模擬戦で動き回ったので腹ペコだった。支部長の厚意に感謝し、ご馳走になるとしよう。といってもこれも後で請求されそうな気はするが。


 「う~ん、メニューの文字は読めるんだが、肝心の食材が何なのかわかんないんだよなー」


 このディール・ムースは物理法則を始めとする基本的な事象は前の世界と変わらないが、(違うのは魔法と<スキル>の存在くらいだ)生物の種類は明らかに異なる。野菜や肉と言った大まかなくくりは同じでも、品種や固有名称が異なるので、メニューの名前を見てもそれがどんな料理なのか想像しづらいのだ。


 「まあ小鹿亭で食べた料理はどれも美味かったし、何を頼んでも外れはないか。監督署の人の行きつけらしいし」


 俺は「蒸し」とか「焼き」とか書かれているものを中心に料理を注文した。調理法が分かっていれば、予想と大きく違ったものは出て来ないだろう。


 「それにしても大変な目にあったな」


 唯一中身が分かっているので最初に頼んでおいたジュニアショットのジョッキを傾けながら、俺は大きく息を吐いた。転生してまだ二日目だというのに、色々ありすぎだ。しかし考えてみれば転生してから出会ったのがツンデレ、お嬢様、金髪美人受付嬢、巨乳メガネ女教師と来て、今度は銀髪ダークエルフに合法ロリだ。本当にテンプレを外さない世界だよなー。っていうか俺、この世界に転生してから宿の女将さんも含めて女性としか話してなくないか!?いかん、これではまるでハーレム系主人公ではないか。立て続けに美少女、美女と出会い、しかも手垢のついたシャワードッキリイベントまで発生させるとは何たる不覚。早くこのルーティーンから抜け出さねば。


 「失礼、ここ、よろしいですかな?」


 考え込んでいるところにいきなり声をかけられ、俺はもう少しでジョッキの中身を零しそうになった。慌てて前を見ると、胸の近くまで立派な白髭を伸ばしたご老人が杖を突いて立っている。茶色のローブを身にまとったその姿は見るからに賢者か大魔法使いといった風体だ。周りを見るとまだぽつぽつと空席がある。それなのにわざわざ相席を頼んでくるとは多少胡散臭くはあるが、別段断る理由もなかったので、「どうぞ」と答える。


 「どうも」


 老人は俺の向かいの席に座り、慣れた様子で杖をテーブルの端に引っ掛けた。


 「お見受けしたところ、転生者の方ですな?しかも転生して来られて間もないのでは?」


 「どうしてそれを?」


 「なあに、実は先ほどからあなたの様子を伺っておったのですが、メニューを見て悩んでおられたようなので。おそらく文字は読めるもののメニューの内容が分からなくてお困りなのかと」


 支部長といいこの人といい、この世界は読心術を使えるのが当たり前なのか?


 「いやいや、別に心を読んだとかそういうわけではないのですよ。私もそうだったので、予想がついただけのことです」


 「私もって、それじゃ……」


 「はい、私も転生者です。失礼ですが、日本人でいらっしゃる?」


 「は、はい」


 「私もそうです。申し遅れました。ブロア・ステイマンと申します。無論ここに来てから付けた名前ですが。前世の名前があまりこのディール・ムースの世界観にそぐわない感じがしたもので」


 日本人ならみんな同じことを思うのかな。まあ元がかっこいい名前なら問題ないのだろうが。


 「あ、トーマ・クリーナです。お察しの通り昨日付けた名前ですが」


 「ほう、昨日転生して来られた?それでは悩むのも無理はありませんな」


 「あの……ブロアさんはいつこちらに?失礼ですが随分年季が入っていそうですが」


 「ふぉっ、ほっ、ほ。なあに、あなたと大して変わりませぬよ。転生したのは去年ですからな」


 「去年!?しかしそれでは大変だったでしょう。重ねて失礼を申しますが、そのお歳で異世界へ転生とは」


 「いやいや問題はありませんよ。去年向こうで死んだときは、私まだ30代でしたからな」


 年下かよ!っていうかこの世界に転生する時って無意識に自分が望む姿になるんじゃなかったか?ということは……


 「ああ、そのことですか。実は私、ゲームやアニメの賢者というのに憧れがありましてな。ゲームのキャラクター選択では必ず賢者か僧侶を選んでいたのです。だからこの世界に転生した時にこの姿になっていたのは驚きはしましたが、満足しとるのですよ」


 世の中には変わった人もいるものだ。まあ賢者好きは分かるとしても、わざわざ実年齢よりも老けて転生しようとは。


 「いやしかし、そうするとその口調は元から?」


 「もちろん、キャラ付けじゃよ。ふぉっ、ほっ、ほ」


 キャラ付けかい!しかし他の転生者と会ったのは初めてだ。というか男と話したのも初めてじゃないか!?おお。やっと主人公イベから逃れられ……いや、賢者と出会うってどうなんだろう?パーティを組む時には必ずいるポジションだしな。まあ俺はパーティを組んで冒険に出るつもりなど微塵もないが。


 「他の転生者にお会いするのは初めてです。何かこう、この世界で暮らすに当たって気を付けた方がいいこととかありますか?」


 「そうですなあ。あまり目立たぬ行動を取った方が無難じゃと、私は思うとるんですが。……ちなみにについてはもうご存じでしょうかな?」


 「あれ?」


 「ええ。転生者特有のあれ、です」


 「ああ、<スキ……」


 「しーっ!滅多にその名を口にせぬ方がよろしいですぞ。あれにいい思いを持っておらぬ者も多いのです。特に貴族階級の者は」


 「そうなんですか?」


 「他の国は知りませんが、このアルテイン王国では身分の高い人間は生まれつき強大な魔力を持っていることが多いのです。社会的地位だけでなく、魔法という点においても優位な立場にある。そんな彼らにとっては自分たちの優位性を脅かしかねない忌々しい力なのです。元々我々は異邦人ですし、今は監督署が出来て大分マシになったようですが、昔の転生者はかなり迫害を受けていたと聞いております」


 「そうだったんですか」


  監督署が危険な<スキル>に神経質になっているのは世界の治安を守るということ以外に、そういう有力者たちの思惑も関係しているのかもしれない。ジーナも普段から敢えて話題にしないと言っていたが、それもそういう王侯貴族への配慮があるのだろう。


 「ですからあれについてはあまり大っぴらに披露したりするのは慎んだ方がよいのですが、最近の若者はどうも転生した途端、モンスターを狩りたいだの魔王を討伐するだのと勇者を気取って能力を自慢したがりましてな。いつも冷や冷やしておるのですよ」


 ははは……異世界転生ものにどっぷり使ったゲーム世代だからなー。無理もないっちゃ無理もない。


 「ちなみにこの世界の魔族というのはどんな感じなんですか?頻繁に街で見るようなことはないと、監督署では教わりましたが」


 「そうですな。低級のモンスターや下級魔族はたまに郊外の森などに出没することはありますが、それもよっぽど奥の方でしかも運が悪くなければ出遭わんでしょう。

魔族の本拠地はサガート帝国の北方、つまりこの大陸の北端に当たるデスガイア山脈にあるそうです。なので帝国ではこのアルテイン王国より魔族との遭遇が多く、そういうことも帝国が大陸随一の軍事力を持つ要因の一つなのでしょうな」


 「なるほど。ならこの町で普通に暮らしていれば魔族なんぞと関わる心配はないわけですね。安心しました」


 「ふぉっ、ほっ、ほ。トーマ殿は魔王退治には興味がなさそうですな」


 「ええ。1mmミリもありません。俺の目標はここでひっそり穏やかに暮らすことですから」


 「それは何より。他の転生者もそうあってもらいたいものです。そもそも戦闘向きの<スキ……おっといけない。戦闘に向いた能力など、そうそうないのですよ。私がこれまで見た限りではね」


 「しかし有力者に抱えられたり、軍に協力している者もいると聞きましたが……」


 「新しい魔法やアイテムの開発については優秀な者が多いようです。まあ技術的には我々がいた世界の方が格段に進歩していましたし、そこに魔法が加われば便利な物が次々出来ても不思議ではないでしょうな」


 元の世界で得た知識や技術が<スキル>には反映されると支部長は言っていた。転生者に日本人が多いなら、戦闘向きの<スキル>が少ないのは道理だろう。先の戦争を知っている世代や、自衛隊員とかならまだしも、日本人の大半は本当の「戦闘」を知らないのだから。格闘をやっている人ならまた別なのかもしれないが。

 

 「お待たせしました」


 俺が注文した料理が運ばれてきた。俺とブロアさんは一旦黙り、テーブルに皿が並べられるのを見ていた。あれ?そういえばブロアさん、注文はしたのかな?


 「ああ、お気になさらず。私はもう済ませたのですよ。私はここの常連でしてな。ここで他の客に話しかけるのは日常茶飯事なので、店の人も何も言わんのです。どうぞお食べ下さい。ほう、アシュア鶏のワイン蒸しですか。良いセンスですな。美味ですぞ、これは」


 「この世界にもワインがあるんですね。メニューを見て驚きました」


 「共通の食材は結構ありますよ。品種は違いますが牛や豚、鶏もいますからね。チーズや牛乳、卵などはほぼ我々の世界と変わりませんし、名称も同じです。ただ野菜や魚は固有名称がかなり違いますので最初は分かりづらいかもしれませんな。芋、とかキノコ、とかいう言葉は同じなのですがね」


 では失礼して、と断り、俺は料理に手を付けた。確かにアシュア鶏は上手い。他の料理も口に会うものばかりだ。


 「どの料理も美味いですね。この世界の食事が好みに合って本当によかったですよ。飯が不味いと生きていくのが辛いですからね」


 「この店の料理は特にお気に召すと思いますよ。何せオーナー兼メインシェフが我々と同じ日本人ですからな」


 「えっ!そうなんですか!?」


 「はい。この店の看板は見ましたか?山羊の胃袋カペル・ストマクスと書いてあったでしょう。しかしこの世界に山羊はいないのですよ。似たような動物はいますがね。だからこの世界の人にこの店の名前の意味はよく分からないようです。店主の悪戯心ですな。はは……」


 「なるほど」


 「私などはすっかりここの料理の虜でしてね。毎日のように通っています。何せ転生してから初めて食べたのがここの料理だったので、もう運命的なものさえ感じますよ」


 「そうですか。……ん?」

 

 今の言葉が胸のどこかに引っかかった。何かが気になる。


 「どうされました?」


 「ここが最初の食事……小鹿亭ではなく、ここが……」


 「ああ、あの宿ですな。はい、お恥ずかしながら私、ここに転生して目覚めた時猛烈に腹が減っていましてな。迎えに来た監督署の職員に我儘を言って登録手続きをする前にここに寄らせてもらったのですよ。それがあんまり美味いものだからすっかり魅了されてしまったというわけです」


 「ブロアさん、この世界に鹿はいますか?」


 「鹿ですか?ああ、そういえばこれも似たような動物はいますが、『鹿』という名前のものはいませんな。馬という名前はありますが。そうか、『小鹿亭』。確かに。何故今まで気付かなかったのですかな。転生者がみな最初に泊まる宿だから気にならなかったのか」


 「最初に泊まるのが必ずあそこなんですね?」


 「ええ。私の知る限り、転生者はまずあそこに泊まって、それから職を探し別のところに移るのが習わしのようです」


 「……そうですか」


 俺の中で一つの推論が組み上がる。そしてそれが真実だと直感が告げていた。しかしそれでどうしようというのだ。特に俺が口を差し挟む問題ではない。転生したばかりの人間がどうこう言う理由も資格もない。それでも俺にはどうしても気になることがあった。確かめたいことが。だがそれは許されることなのか?自分の疑問のために他人の心の中に土足で入り込むような真似は許されないだろう。


 「何かお悩みのようですな。私でよろしければお話を聞くくらいのことは致しますぞ」


 「気になっていることがあるんです」


 「ほお」


 「それはおそらく正しいことで……自分がとやかく言うものではないんです。それは分かっているんです。でもどうしても気になってしまう。その人に訊いてみたいことがあるんです。しかしそれはもしかするとその人を傷つける結果になるかもしれない。その人の心の触れてはいけない所に触れてしまうかもしれない。そう思うと訊くことが怖くなる。……でも訊かないままで、知らないふりをし続けることが、その人のためになるのか、という思いもあるんです。上手く言えないし、俺の勝手な思い込みかもしれないんですが」


 「……あなたは優しい人ですな」


 「そんなことありませんよ。ただの臆病者です」


 「難しい問題ですな。人には知られたくない過去、消してしまいたい感情というものが誰にでもあるものです。ある程度生きていればね。誰にも知られたくない、しかしどこかで誰かに打ち明けてしまいたい。自分の心の中に長い間しまい込んでいるうちにおりとなって沈殿した感情がその人を苦しめ続けることもある」


 「そうですね……」


 まただ。せっかく忘れようとしているのに、この世界に転生してからどうしてこうも思い出してしまうのだろう。


 「あなたはどうしたいのですか?自分の疑問を解きたいために尋ねるのか?相手の心を解放させるために尋ねたいのか?前者ならやめておいた方がいいでしょうな」


「分かりませんよ。俺はその人のことを何も知らないんです。話してもらうことがその人の心を解放してあげられるかなんて分かりっこない。俺はそんな傲慢なことは言えません」


 「ですが解放してあげたいとは思っている」


 「……出来ることなら」


 「ならばやってみてはいかがですか?嘘を吐くことと、真実を話さないことは似て非なるものです。前者は他人を傷つけ、後者は自分を傷つける。話すことでその人の心を少しでも軽くできると思うのなら、やってごらんなさい。それで相手の心が傷ついても、あなたも無傷ではいられない。自分の心が相手と同じように傷つくという覚悟を持っているのなら、それは決して自分勝手な振る舞いとはなりますまい」


 「……ブロアさん、本当に前世で30代だったんですか?」


 「言わないでください。前の世界ではじじむさい、じじむさいと散々からかわれたんです」


 「でもありがとうございました。少し勇気が持てました」


 「どういたしまして。上手くいくことを祈ってますよ。私は大抵この時間はここにいます。またお話ししたいですな」


 「俺もです。それじゃ失礼します」


 俺はお辞儀をして山羊の胃袋カペル・ストマクスを後にした。陽はまだ高い。この時間だと彼女は忙しい最中だろう。もう少し時間が経ってから行くとするか。


 「トーマ!」


 監督署の前を通り過ぎようとしたとき、聞き覚えのある声が耳に届いた。振り向くと、やはり見覚えのあるピンクの髪を揺らして彼女が駆け寄って来る。


 「おう、リリア」

 

 「実地訓練終わった?どうやら無事に帰れたようね」


 「おかげさまでな」


 リリアは冗談半分で言っているだろうが、こっちは本当に殺されかけたのだ。訓練の詳細な様子を聞かせたらこいつはどんな顔をするだろう。


 「小鹿亭に帰るの?」


 「あ、うん、まあ、もう少しぶらぶらしてからな。メイビスはどうした?」


 「それが実家から呼び出しがあって帰っちゃったのよ。まだリポート残ってるのに」


 「ふうん、まあ頑張れ」


 「ちょっと待った!あんたこれから街をぶらつくんでしょ?」


 「あ、ああ」


 「じゃ私も付いてく」


 「何でだよ。堂々とサボリか?」


 「違うわよ!仕事よ、仕事」


 「俺について街をぶらつくのが?」


 「ええ。なんたって私とメイビスはしばらくあんたの世話をするよう命じられたのよ。しかも!なんとフェルム支部長直々によ!」


 「はあ!?」


 「転生して間もないあんたを放っておくと危ないかもしれないからって。随分過保護よねー。研修ではここまで手厚いケアは教えられなかったけど」


 おいおい、生活に支障がない程度の監視ってまさかこいつらのことじゃないだろうな。美少女二人が自分の世話をしてくれるなんて普通なら大喜びする状況なんだろうが、今の俺には不安しか感じられない。主人公展開から早く抜け出したいんだが。

 

「それじゃ行きましょ。特別に私のお気に入りの場所いろいろ案内してあげるわ。感謝しなさいよね」

 

「……お前絶対自分が遊びたいだけだろ」


 うきうきとした表情で歩き出すリリアを見ながら、俺は大きくため息を吐いた。 

 


 


 

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