第3話 不本意ながら嘘を吐きました

 不安を抱えながら俺は監督署に付き、辺りを見渡す。

 ここに来るまで実に様々な色の光を見た。出来るだけ目に入らないようにしておきたかったが、慣れない街で目を閉じながら歩くというわけにもいかないし、少しでも遅れるとリリアの叱責が飛ぶ。仕方なく光を放つ人たちを多く見ることになったのだが、その結果俺は一つのことに気付いた。体から光が漏れ出ている人は(獣人などの亜人も含め)2~3割といったところだったが、中でも赤い光が出ている者は怒っているように見えることが多かったのだ。ケンカをしている者は勿論、一人でじっとしている者も近づきがたいような怖い表情をしていたりする。つまりあの赤い色は怒りの感情を表しているのではないだろうか。そういえば最初に淡い赤色の光が見えたリリアは俺が寝坊したことに怒っていたではないか。そう考えると青や紫といった他の色は別の感情、悲しみなどの表れかもしれない。ということは――


 「人の感情が色になって見える……」


 という結論になる。何故いきなりこんなことが起きたのか、何故光が見えるものと見えないものがいるのか。疑問は尽きないが、とにかくネリーに言われた通りここで報告するべきか。しかしこれからレクチャーをうけるのだからそこである程度の答えが分かるかもしれない。講義の途中で聞いてみてもいいだろう。


 「何してんの?こっちよ」


 リリアが玄関ロビーの右手にある広い階段に足をかけ俺を呼ぶ。一通り見渡した限りではこのロビーで光を放っている者はいない。まあ朝のせいか人影はまばらなのだが。


 「お、おう」


 リリアからも今は光は出ていない。俺は彼女の後を追い、階段を上がった。


 「保全課のリリア・ポーラーです。今日受講の転生者を連れてまいりました」


 二階に上がると左右に長い廊下が延びており、正面に広々とした部屋が見えた。廊下から入ってすぐの場所に下と同じようなカウンターがあり、そこでリリアが受付の女性に声を掛ける。


 「ご苦労様。203号室に案内して。先生ももうすぐ来るから」


 リリアが頷き、俺を手招きする。付いていくと彼女は廊下に幾つも並んでいるドアの一つの前で立ち止まり、ノックをしてからそれを開く。ちらっと上の方を見ると、この世界の文字で203と書かれたプレートが掛かっていた。


 「じゃあ今日は私の仕事はここまで。後は先生にレクチャーを受けたり、魔法の識別検査をしたりしてもらうわ。問題がなければ小鹿亭に戻って大丈夫なはずよ」


 「ああ、ありがとう」


 「言ったでしょ、礼は不要よ」


 「それでも言いたいんだよ。リリアたちに見つけてもらってよかった」


 「な、何よそれ。こっちは仕事なんだから。当たり前のことをしただけよ」


 「そうか……そうだな。ちょっとおかしな気分になってるのかもな」


 「転生者症候群かしら?あんまり考え込まないでね。って言ってもこればっかりは本人の心次第だしなー」


 「転生者症候群なんてものがあるのか?」


 「まあね。いきなり異世界にやって来て心の整理がつかずに精神のバランスを崩しちゃう人が結構いるのよ。無理もない話だけど。日本人は状況をすぐ受け入れる人が多いんだけどね」


 転生ものの作品が数多あるからな。しかし精神のバランスを崩すのはもしかして俺のように突然おかしな能力を持ってしまうからではないのか。今の自分の状況を考えると、そう感じずにはいられなかった。


 「一応精神科のカウンセラーさんもいるから、気分が落ち着かなかったら相談した方がいいわよ」


 「そうだな。ありがとう」


 「くすっ」


 「どうした?」


 「ううん、またお礼言ってるって思って」


 「そうだな。でも転生者にとってお前たち監督署の人間は本当にありがたいと思うぞ。右も左も分からない異世界にいきなり放り出されたら野垂れ死にしてもおかしくないからな。特に俺みたいにあんなだだっ広い草原に一人でいたら」


 「そうねー。監督署が出来る前はそうやって不幸にも亡くなった転生者もいたって聞いたことがあるわ」


 「だろ?だから俺がお前やメイビスに礼を言うのは何もおかしなことはないんだよ」


 「ふふっ、あんたちょっと変わってるわね」


 「そうかな?」


 変わっていると言えばそうなのかもしれない。というか俺がこんなに自然に女の子と話しているというのが元の世界にいた時は考えられなかったことだ。この世界に転生して俺は変わったのか。ならこのおかしな能力も自分の変化の一つとして受け入れるべきなのか。そう思うと少し気が楽になった。


「と、とにかくあんたはもうこの世界の住人なんだから。しっかりレクチャーを受けてちゃんと働きなさい。それで――」


 「監督署に借金を返せ、と」


 「そういうこと」


 リリアはそう言って笑った。こんな素直な笑顔は初めて見た気がする。まぶしいほど美しいその顔を見つめながら、俺は心の中でもう一度「ありがとう」と礼を言った。


 「じゃあ頑張ってね」


 リリアがそう言って去り、俺は203号室に入った。部屋はそう広くはない。ドアの横に大きな黒板と教壇があり、その前に十個余りの長机が並んでいる。まったく学校の教室といった作りだ。俺は前から二列目の机に座り、深呼吸をした。おかしな能力のことは気がかりだが、とにかく俺はこの世界のことを学ぶ必要がある。地理や社会体制、魔法の知識など、知らなければならないことは山ほどあるだろう。ひっそりと平凡に暮らすというのはある意味勇者になるよりずっとこの世界に溶け込む必要があるのだ。


 「失礼しまーす」


 リリアが去ってからしばらくして、ドアの前から声が聞こえた。俺は緊張して背筋を伸ばす。と、がちゃりとドアが開いて一人の女性が入ってきた。


 「ええ、っと、トーマ・クリーナさんね?この度は大変でしたね。あ、私はこの監督署で転生者の方向けの座学の講義を担当しています、ジーナ・カタルスキーです。よろしくね」


 「よ、よろしくお願いします」


 俺はうまく呂律が回らない中でなんとか声を絞り出した。目の前に立つジーナは二十代半ばと思しき女性で、ネリーより薄い色の金髪をお団子にして束ね、女教師のイメージにぴったりの白いブラウスと紺のタイトスカートに身を包んだ美人だった。そして何よりも目を引くのは知性を感じさせる細いフレームの銀眼鏡と、シャツから飛び出しそうな巨乳だ。椅子に座った俺のまさに目の前でその巨乳が揺れており、思わず息を呑む。


 「それじゃこの世界の基本的なことを教えるわね」


 そう言ってジーナはわきに抱えたロール状の大きな紙を伸ばし、黒板の上にあるフックに引っ掛ける。紙の上部には金属のリングが付いていた。ジーナが背中を向けたのでその巨乳が視界から消え、俺は少し落ち着きを取り戻す。


 「じゃあよく見てね」


 ジーナが掛けたのは地図のようだった。おそらくこの世界のものだろう。


 「この世界はディール・ムースと呼ばれています。起源は明らかじゃないけど、この世界を創った『混沌の魔王』が名付けたとも言われているわね」


 魔王が創った世界か。オタク心をくすぐられる設定だな。


 「この地図を見て。ここに描かれているのが私たちがいるガイナス大陸。北と南、そして西に大きな境界線があるのが分かるでしょ?」


 俺は頷く。確かに地図の大半を占める大陸の絵が大きく三分割されている。西の3割ほどと、残りの東の部分が南北に分かれた状態。つまり三つの国がこの大陸にはあるという事か。


 「ここアレックの町は大陸の南に位置するこのアルテイン王国にあるわ。王国の北方、この辺りね」


 ジーナが差し棒で南北の境界線に近い場所を指す。アルテイン王国、それが俺が今いる国か。


 「そして王国の北にあるこの国がサガート帝国。大陸一の軍事力を誇る専制国家よ。そして西にあるのがマーカライト公国。通商で栄える商業国家ね」


 王国に帝国に公国か。王国というからにはこのアルテインも王政を布いているのだろうが、わざわざサガート帝国を専制国家と言ったからには、ある程度開かれた、というか民衆の声を反映した政治を行っているのだろうか。


 「このアルテイン王国はどういう国なんですか?」


 「一言でいうのは難しいわね。敢えて言うなら学術国家、かしら」


 「学術国家?」


 「このアルテイン王国は工芸などの技術が非常に進んでいるの。あなたのような転生者が最も多く現れるということも原因の一つらしいけど。それに魔法に関しても細かく体系付けされていて、様々な種類の魔法が開発されている。だから帝国もおいそれと手を出せないし、公国は王国の様々な技術で作られたものを交易して富を得ている。今のところ三国の均衡は良い状態で保たれていると言えるでしょう。少なくともこの数十年大きな紛争は起きていないし」


 「他の国にも転生者はいるんですね」


 「ええ。そしてそれがこの監督署が出来た要因でもあるわ」


 「というと?」


 「それを説明する前にまず魔法について教えるわね。あなたも見たでしょうけど、この世界には魔法と呼ばれるものが存在します。基本的な魔法はこの世界を構成する四つの大元素、地、水、火、風の精霊の力を借りて行います。一般の人が使うのは大半がこの精霊魔法、つまり風魔法、水魔法、火魔法、地魔法の四種類に分類されます。普通の人はこの四大精霊魔法のどれか一つを使うことが出来るの。風の精霊の加護を受けた人は風魔法。水の精霊の加護を受ければ水魔法。まれに複数の精霊魔法を使える人がいるけど、そんな人材は貴重ね。まあ日常生活で使う魔法は限られてるけど。攻撃魔法なんかは緊急時以外は使用禁止だし」


 ふむ、基本に忠実な設定だな。この世界は本当にファンタジーの王道で出来ているようだ。それにしても最初は砕けた感じだったが、ジーナも段々教師っぽいしゃべり方になってきた。熱が入ってきたか。


 「一般的に人々が魔法、という言葉を使えばそれはこの精霊魔法のことを指します。その他に神族の力を借りて使用する光魔法、魔族の力を借りて使用する闇魔法があり、これらは特別な契約の儀式を結ばないと使えません。光魔法の代表的なものは治癒魔法、闇魔法だと呪術や毒魔法ね。光魔法は白魔法、闇魔法は黒魔法とも言います」


 やはり魔族がいるのか。これもお約束といえばお約束だしな。出来れば関わりたくはないが。


 「王国ではこの魔法の研究が進んでおり、といっても黒魔法の研究は一般的には禁じられてるけど、とにかく精霊魔法をさらに細かく体系付け、新しい魔法の開発を行っているの。水魔法と風魔法の融合など、他の国では考えられないようなことも実験しています」


 「一般的には、とおっしゃいましたね。もしかして……」


 「ええ。王家直属の専門チームだけは黒魔法の研究をしています。内容は当然トップシークレットなので私たちにもうかがい知ることは出来ませんが」


 実際に魔族が襲ってきた時それに対抗するためにも黒魔法の研究は必要不可欠だろう。王家が独占的に行っているのも理解出来る。民間でやらせれば情報流出や最悪他国に利用される恐れがある。


 「しかしそこまで俺に話しちゃっていいんですか?それこそシークレットなのでは?」


 「転生者の方は特別よ。それがさっきお話しした監督署設立の理由に繋がるんだけど……」


 いよいよ本題に入るらしい。俺は拳を握り身構えた。


 「この世界に転生してきた人はこの世界の住人にはない、<スキル>と呼ばれる能力が顕現するの。従来の精霊魔法や、光魔法、闇魔法とは全く異なる異能の力。魔法という概念すら通用しない能力もあるわ。それは個人個人で違い、使い方によってはこの世界の在り様さえ変えてしまう恐れがある。王家、いえ、この世界の為政者たちはそう思って恐れているの。だから転生してきた人間は全て監督署で登録し、その<スキル>の能力を把握するようにしているわけ。まあ実際に転生者の<スキル>によって開発された魔法やアイテムもたくさんあるしね。あなたも見たんじゃない?受付にあった水晶球とか」


 「嘘を見破るやつですよね?あれも転生者が」


 「ええ。正確にはその<スキル>を利用して作られたの。ちなみにあなたが転生したとき場所を教えてくれた本部のアイテムも別の転生者の<スキル>を応用した発明よ。そういう有能な<スキル>の持ち主は監督署で雇われたり、王家や貴族に召し抱えられたり、軍に協力を要請されたりする。でもあまりにも危険な能力はさっきも言った通り、世界そのものに破滅的な影響を与える恐れがある。だから監督署でそう判断した転生者はその<スキル>の使用を禁じることにしてるの。その代り王侯貴族並みの生活が保証されるらしいけど」


 「はあ、それはまた」


 「世界を滅ぼされるより遥かにマシでしょ?」


 「それはそうですが……」


 そんな危険な<スキル>の持ち主がいたら、使用を禁止させて贅沢暮らしさせるより、こっそり処分した方が早いのではないか。気分のいい話ではないが、為政者ならそういう判断をしそうな気がする。


 「怖い顔してるわね~。物騒なこと考えてるでしょ?」


 ジーナが考え込む俺の顔を覗きこんで言う。揺れる胸がさらに目の前に迫ってドキリとする。


 「みんなそう考えるわよねー。今まで説明した人たちも大体同じ質問をしたもの」


 「つまりそうは出来ない理由があるんですね?」


 「鋭いわね。その通りよ。原因は不明だけど、転生者は暴力的な方法で命を奪われると、その<スキル>が死後暴走するの」


 「え?」


 「実際にケンカに巻き込まれて死亡した転生者が存在したの。その人の死後、その<スキル>が暴走してパニックになったわ。そこまで危険な能力じゃなかったからよかったけど。他にも不慮の死を遂げた後<スキル>が発動し続けた転生者もいたらしいわ。他国の話だけど」


 「どれくらい続くんですか?まさかずっと……」


 「流石に永遠にってことはないわ。先のケンカに巻き込まれた人の場合は半日、他国の例の人の時は数日続いたって噂ね」


 「それでも結構長いですよね」


 「ええ。危険な<スキル>を持つ人が殺され、その後暴走、なんてことになったら」


 「考えたくない事態ですね」


 「でしょ?だからそんな人が見つかったら全力で保護。何一つ不満のない生活をしてもらおうってことになってるわけ」


 しかしそいつが我儘し放題で滅茶苦茶なことをやり始めたらそれはそれで国が混乱するのではないか。


 「ちなみにそういう危険な<スキル>を持った転生者は今までどれくらい見つかってるんですか?」


 「それがね……」


 「はい」


 「まだ一人も見つかってないのよ、これが!」


 思わずズッコケそうになった。昔のコントなら確実に腰から崩れ落ちているところだ。

 

 「からかわないで下さいよ。真面目に聞いて損しました」


 「別にからかってないわよ。今まで見つからなかっただけで、そういう危険な<スキル>を持った転生者が現れないとは言い切れないでしょ。それにそこまで危険でなくても転生者の<スキル>がこの世界の常識を超えたものであることは確かですもの。しっかり監督する必要があるの」


 「それは分かりますけど、本当にそういう危険な能力を持つ人が現れたら使用を禁止するんですか?さっき軍に協力してる転生者もいるって言ってたじゃないですか。軍事的に有用な<スキル>ならそれを使って他国を侵略しようとしたりは……」


 「一応転生者の<スキル>を国家間の紛争に使わないっていう条約が三国の間で締結されてはいるけどね。それにいくら危険な能力であっても転生者のデータは監督署が管理してるし、対策は打てると思うわ」


 「その国の監督署のデータも分かるんですか?」


 「ああ、言ってなかったか。『転生者監督署』は王国の主導で出来たけど、三国いずれの行政機構にも属さない独立機関なのよ。どこの国の王家だろうと行政のトップだろうと不可侵。世界中の誰も干渉は許されないの」


 「しかし職員の方もいずれかの国の人でしょう?祖国のために裏で為政者と繋がってたりは……」


 「その点も大丈夫。各国の監督署のトップや重要な役職には全てエルフが就いてるの。エルフは元々この大陸出身ではないし、何より争いを嫌う。だからどこかの国のために転生者を利用するなんて考えられないわ。人間の私なんかの権限じゃ蟻一匹動かす力もないしね」


 確かに昨日この町に来たとき、エルフを見かけた。この世界では珍しい存在ではないのだと思っていたが、重要な役割を果たしているようだ。


 「で、ここからが重要なんだけど、トーマ君もそのうち<スキル>が顕現するはずなのよ」


  ジーナの言葉に胸がドキリ、とする。感情の色の視認。あれはやはり俺の<スキル>なのか。それだけなら大した危険とかはなさそうだが、ずっと人の感情が見えるというのは落ち着かないし、それこそ精神を病みそうだ。


 「もしかして何かもうそれらしい兆候があった?」


 「い、いえ」


 俺は思わず嘘を言ってしまった。正直に話すべきだと思ったのだが、今の話を聞いた後だと、何か悪いことが起こりそうな気がして不安になったのだ。ここにあの水晶球がなくて本当によかった。


 「ど、どれくらいで現れるんですか?」


 「そうねー、早い人は数時間、遅い人でも数日中には顕現するわね。だからトーマ君もいつ現れてもおかしくないわ」


 「そ、そうですか」


 「で、もし<スキル>が顕現したら、すぐにここに来て、管理課というところを訪ねなさい。場所はネリーにでも聞けばいいわ。とにかく最優先でここの管理課に来る。いいわね?」


 「は、はい」


 「それからいくつか質問をして、実際にその<スキル>を発動してもらう。危険があると判断した場合は場所を移すことになるでしょう。そしてその<スキル>がこの町、というかこの世界の日常生活において問題がないかを監督署の担当官が判断します。問題があると判断されれば使用は禁止。もしさっきの話みたいな危険度だったら、贅沢暮らしが出来るわよー」


 「お、脅かさないで下さいよ」


 「問題がないとされた場合でも能力次第で制限がかけられることもあるでしょう。その時は指示に従ってちょうだい。違反すると拘束されるかもしれないわよ」


 「だから驚かせないで下さいってば」


 「それですべての判定が終わったら解禁というわけだけど、それまでは<スキル>のことは誰にも話しちゃダメよ」


 「どうしてですか?」


 「<スキル>のことはあまり大っぴらにはしてないのよ。異能の力ですからね、怖がる人もいるのよ。だから<スキル>のことを知らない住人もたくさんいるわ。暗黙の了解というか知っている人もあえて話題に出さないようにしてるの。監督署の職員でさえ担当部署の人間以外は最初は教えないくらいなのよ」


 そうか。リリアはまだ<スキル>のことを教えてもらってないのか。転生したばかりの人間を監督署に案内する仕事なら<スキル>を目にする可能性は低い。だから俺の様子がおかしいのを精神的なものだと思ったのだ。<スキル>のことを知っていればまずそれを疑っただろう。


 「だから異変があったら誰にも言わずすぐ管理課に来る。いいわね?」


 「わ、分かりました」


「さて、それじゃ話を魔法に戻しましょうか。さっき言ったエルフを始め、この大陸には様々な種族が生息している。獣人を始めとした亜人族しかり、目に見えるほどの高位の精霊や天使、そして魔族。彼らが使うのも基本的には精霊魔法。精霊自身や魔族は光魔法、闇魔法も普通に使うけどね。でもこんな人間の住む街では精霊や天使は滅多にお目にかかれないわ。魔族は尚更。そこらにうろうろされてたらたまらないもの」


 確かにそうだ。


 「そして転生者もこの世界に来た時点で何らかの魔法を使えるようになっているはずなのよ。今まで意識してなかったでしょうけど、トーマ君も地水火風いずれかの精霊の加護をもう受けてるはず」


 「はあ」


 「で、これからの流れを説明すると、私のレクチャーはひとまずこれでお終い。質問はある?」


 「ええと……今のところは」


 「よろしい。それじゃこれから一階に下りてもらって精霊魔法の判定。どの精霊の加護を受けているか判断するわ。それから魔力量の計測。転生した際、体内に蓄えられた魔力の量がどれくらいあるかを調べる。当然多ければ多いほどいいわ。そして判別した精霊魔法を実際に発動してみる実地訓練。別の教官との模擬戦ね」


 「た、戦うんですか?」


 「それが一番魔法を発動させやすいのよ。大丈夫、訓練なんだから、危険はないわ」


  なぜか俺はその時、その台詞が何かのフラグのように思えた。嫌な予感がする。


 「それじゃ頑張ってね。下のカウンターでネリーに訊けば案内してくれるはずだから」


 そう言ってジーナは巨大な胸を揺らせながら部屋を出て行った。彼女からは一度も感情の光は見えなかったな、と思いながら俺は体を伸ばして一息つく。


 「魔法か。おかしなことにはなるなよ」


 自分に言い聞かせるようにそう呟き、俺は廊下へと足を踏み出した。


 

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