第25話 平凡な少年の朝
バスタル要塞の城壁に突如出現した女神の像は、背中に六本の長い杖を背負っていた。その六本の杖の先には、一介の魔法使いが使用する杖とは比較にならない大きさの魔法石が異様な光を発していた。
その魔法石が光り輝いた瞬間、一筋の閃光が戦場に向かって伸びて行った。閃光は戦場の中心を通過し、その刹那大爆発が起きた。
光と轟音。そして凄まじい爆風に戦場にいた兵士達は吹き飛ばされて行く。首。腕。足
。胴体。
人体のあらゆる部分が砂塵と爆風の中で乱舞する。その荒れ狂う暴風の中からの飛散物で左目を潰されたマキシムは、残った右目でバスタル要塞を凝視する。
「······あれが天界人の兵器とやらか。なる程な。噂通り世界を滅ぼせる代物と言う事か」
マキシムは汗を流しながら歯ぎしりする。女神の像から放れた閃光は、バリーザン軍と盗賊連合軍を平等になぎ倒した。
この一撃で、両軍の兵士達は七千人が即死
。その三倍の数が重軽傷を負った。
「ロッサム!」
運良く難を逃れたアーズスは、絶叫しながら仲間を元へ駆け出す。ロッサムは爆発で怯えきった馬を諦め、ロシーラの手を引きアーズスの元へ走り出す。
アーズスが何故ロッサムの名を呼んだか。砂色の髪の魔法使いは承知していた。この後に及んでは、残された手段は一つしか残されていなかった。
バリーザンを直接倒し、この戦いを終わらせる。ロッサムは風の呪文を唱え、アーズス
。ロシーラと共に城壁に飛び立った。
バスタル要塞の城壁では、女神の像の足元で魔法陣が敷かれていた。その魔法陣に六人の黄色い髪の巫女達。人柱が立たされていた
。
「······本来人柱は七人必要だ。だが、不完全な六人ですらこの威力か。誠に天界人の兵器とは恐ろしい物だな」
戦場から昇る煙を眺めながら、両眼に鋭い光を帯びたバリーザンが呟く。ふとバリーザンは魔法陣に立つシャロムを見る。
女神の像に送る魔力の供給源たる巫女は、明らかに消耗している様子だった。この女神の像の力を使い続ければ、シャロム達人柱は確実に死に至る。
バリーザンの目の前には、文献通りの光景が広がっていた。そして、視線を空に移す。最後の手段として、自分を暗殺しようとする者達が必ず現れるとバリーザンは確信していた。
アーズス。ロッサム。ロシーラ。三人はバスタル要塞の城壁に降り立った。バリーザンは魔法陣を解き、三人の侵入者に身体を向ける。
「ほう。誰が来るかと思ったら驚いたぞ。アーズスに裏切り者ロッサム。しかも最後の人柱たる娘も揃っているでは無いか。これは良い。余計な手間が省けると言う物だ」
バリーザンは敵意を剥き出しにした笑みを浮かべ、暗殺者達を歓迎する。それに対して
、歓迎された者達には一時の時間も残されていなかった。
女神の像から再び閃光が放たれれば、間違いなく盗賊連合軍は全滅するからだった。アーズスは地を蹴りバリーザンに向かって行く
。
「バリーザン!お前を倒して全てを終わらせる!!」
五鬼将ジアルトとの戦いでアーズスは消耗しきっていた。だが、重い身体を無理やり奮い起こし、諸悪の根源を絶とうと奮起する。
不敵に笑うバリーザンの背後から、近衛兵達が飛び出して来た。だが、近衛兵達は次々と地面に倒れて行く。
必死の形相のロッサムが地下重力の呪文を唱え、近衛兵達を地に叩きつけ無力化させた。それに対し、バリーザンは髑髏の杖を掲げ風の刃の呪文を唱える。
無形の刃はアーズスの胸を切り裂く筈だった。だが、アーズスは光の剣を発動しその刃を弾き返す。
「······あれは?まさか光の剣だと!?」
驚愕するバリーザンは再度呪文を唱えようとする。だが、その前にアーズスが肉薄して来る。
「終わりだ!バリーザン!!」
アーズスが両手に握った剣を振り上げる。ロシーラとロッサムはアーズスの勝利を確信した。
だが、アーズスの剣は振り下ろされなかった。白銀色に包まれたアーズスの剣は、粉々に砕け散ってしまった。
その光景に絶句するアーズスに、バリーザンが間隙無く雷撃の呪文をアーズスに至近で浴びせた。
光の鞭に全身を焼かれたアーズスは、バリーザンの前に倒れた。
「······残念だったな。その光の剣は、並の武器では耐えられない力だ。爪が甘かった様だな。力を覚醒させた勇者よ」
身体に裂傷を負ったアーズスを冷酷に見下ろしながら、バリーザンは止めを差すべく髑髏の杖を向ける。
「アーズス!!」
バリーザンはその声に顔を上げる。目の前には、短剣を握り疾走するロシーラの姿が在った。
「丁度良い。最後の人柱の方から捕まりに来たか」
バリーザンは杖をロシーラに向けた。攻撃対象者を木の根で拘束する古代呪文「樹木の根」を正に唱えようとした時だった。
ロシーラが手にした短剣を前方に投げた。その短剣は放物線を描き、バリーザンの足元に落ちようとした。
避けるまでも無かったロシーラのその行為をバリーザンが無視した時、地に付したアーズスが突然起き上がった。
同時にロシーラが投げた短剣を右手に掴み
、光の剣を発動する。
「······並の武器では光に耐えられない。バリーザン。お前の言う通りみたいだ。だが、並の武器でも一度なら光に耐えられる!ジアルトを倒した時に確認済みだ!!」
アーズスは光に包まれた短剣を至近からバリーザンの胸元に突き出す。
「バリーザン様!!」
黄色い髪の女が、アーズスとバリーザンの間に割って入った。短剣を覆う光は、シャロムとバリーザンの腹部を同時に貫いた。
······荒島亮太の朝は早かった。スマホのアラームが鳴ると、直ぐに手を伸ばし止める。少なくとも自分は寝起きは悪くない方だと思う瞬間だった。
部屋のカーテンを開けると、雲ひとつ無い秋晴れだった。身体を伸ばしながら欠伸をしていると、ふと亮太の頭の中に麻丘あかねの顔が浮かんだ。
それは何も朝だけに限った事では無かった
。食事中。入浴中。就寝時両目を閉じた時。麻丘あかねは、亮太の日々の生活の中で、その脳裏の中に常に存在していた。
『これは。かなりの重症だな』
亮太は自嘲気味に苦笑する。その片想いの相手、あかねの気持ちは他の男子に向いている。
自分に残された勝算はほぼ無かった。それ以前に、色恋沙汰で誰かと争うなんて気概は亮太には備わっていなかった。
本来なら、あかねが想い人の岡山翔平と上手く行くのが一番良いと亮太は考える。好きな人が幸せになる。
何よりの事だが、それが現実になった時。あかねと翔平が仲睦まじく並んで歩いている光景を、直視する勇気が自分にあるか亮太には疑問だった。
「······ホントに。いつもこれだな」
亮太は少し大人びたため息をつく。何時も同じ考えが頭の中を巡り、決まって答えは出ない。
そんな永遠の思考の輪を、亮太は頭の中に植え付けてしまった。恋患い。そんな言葉が亮太の脳裏に浮かんだが、亮太は直ぐにその考えを消した。
自分には似つかわしくない言葉だと思ったからだ。亮太は再び深いため息をつく。今日は農業研究会のイベントである田んぼの稲刈りの日だった。
今日も麻丘あかねは、亮太を見る目とは明らかに違う視線で岡山翔平を見る。それを見る度に亮太の胸は鈍く痛む。
でも。それでも。叶わない片想いでも。亮太はあかねの側にいる事を望んだ。三度目のため息を漏らす寸前で、亮太は首を横に振った。
諦めの悪い未練なら、それが消えて無くなる迄とことん付き合う。そんな開き直りに近い思いが、亮太の中に生まれた。
「······俺って。結構図々しい性格なんだな」
亮太は頭を掻きながら小さく笑った。新しい自分の一面を発見出来た。それが、荒島亮太のこの恋の唯一の収穫だった。
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