第24話 超絶美女の朝

 アーズスは全神経を前方の黒い甲冑の男に向けていた。息は激しく切れ、全身に冷たい汗が流れる。


 この世に数多存在する剣士。その者達の実力が天井知らずだと言う事実を、アーズスはその経験から知っていた。


 年端も行かぬ幼少時代から、アーズスは傭兵団に身を置いていた。絶えぬ争いと戦争。そんな世の常を感じながら、アーズスは奇縁から「向日葵の傭兵団」と出会う。


 個性的な団長とその傭兵達。アーズスもその仲間達の影響を受け、本来持っていた快活さを取り戻した。


 そしてアーズスはロシーラと出会った。自分より大事に思える存在。それはアーズスにとって、闇しか無いと思われたこの世に咲いた一輪の花だった。


 どんなに絶望的な状況下に立たされても、アーズスはその花を守る為に諦めなかった。


「アーズス!!」


 ロシーラの悲鳴が戦場に響く。五鬼将ジアトルの強烈な斬撃は、寸前で回避したアーズスの変わりに騎乗する馬の頸部を切断した。


 アーズスは馬と一緒に地面に倒れる。砂埃舞う中、アーズスは素早く体制を立て直す。だが見上げた視線の先に、既に大剣を振り上げているジアルトの姿が映った。


「終わりだ。アーズス」


 ジアルトの死の一撃が、地に片膝を着くアーズスに振り下ろされた。だが、それでもアーズスは抵抗を止めなかった。


「俺は!ロシーラを守る!!」


 二本の剣が吸い込まれる様に交錯する。勝利を確信していたジアルトの表情が兜の中で凍りついた。


 ジアルトの大剣は二つに折れ、五鬼将筆頭の胸部は中心から脇にかけて切断されていた。


 何が起きたか理解出来ないジアルトは、急速に薄れゆく意識の中で、ある光を目撃する。それは、アーズスが握る剣の刀身を包み込む様に輝く白銀色の光だった。


「······光の剣だと?馬鹿な。貴様が勇者の資質を······」


 五鬼将筆頭ジアルトは、血を吐きながら落馬した。アーズスは呆然としながら自分の光り輝く剣を眺めていた。


「やったぞ!アーズスが勝った!!アイツ、本当に勇者の力に目覚めやがった!!」


 砂色の髪の魔法使いロッサムは、馬上で狂喜した。かつてロッサムは、バリーザンに進言していた。


 アーズスは勇者の資質があると。その予想が、今現実の光景となってロッサムの目の前に映し出されていた。


 ロシーラは全身を震わし、アーズスが無事だった事に安堵していた。


「五鬼将ジアルトは討ち取った!!バリーザン軍!お前達の負けだ!!」


 戦場の中心地で、アーズスは高らかに宣言した。その事実はたちまちバリーザン軍二千に伝染する。


「おい!ジアルト将軍が殺られたぞ!」


「嘘だろおい!あんな化物みたいな人を誰が!?」


 バリーザン軍前衛部隊二千は混乱した。それは正に、崩れかかった盗賊連合軍をマキシムか再編した時だった。


「敵は二千だ!!一気に潰せ!!」


 マキシムの号令と共に、盗賊連合軍が一斉に突撃する。指揮官を失い混乱したバリーザン軍二千は、殆ど一瞬で蹴散らされた。


 そしてバリーザン軍の後続部隊を食い止めていた向日葵の傭兵団と国王軍が後退する。

狭い谷の道が開け、バリーザン軍の後続部隊三万八千と逃げ惑う前衛部隊二千が合流を果たした。


 だがそれは、狭い地形の出口でバリーザン軍が完全に包囲された事を意味していた。


「今だ野郎共!!袋叩きにしちまえ!!」


 マキシムの荒々しく乱暴な命令に呼応し、盗賊連合軍が突撃を開始する。一端後退した国王軍と向日葵の傭兵団も再び前進する。


 三方から攻め立てられたバリーザン軍はなぎ倒されて行く。幾ら倍の兵力とは言え、バリーザン軍は狭い地形に行動の自由を制限されていた。そして谷の出口に出た所で、マキシム達に各個撃破されていく。


 そこで戦況に変化が訪れた。キッシングが呼び寄せていた他の傭兵団が動き出す。盗賊連合軍有利と見た他の傭兵団はバスタル要塞側から谷を駆け下り、バリーザン軍の後方に出現する。


 今やバリーザン軍は、狭い谷の地形に閉じ込められ、前後から挟撃される格好となった。更に五鬼将のジパーソンとラグランの戦死の報も伝わり、バリーザン軍は大混乱に陥っていた。


「よし。この戦い。勝ったぞ」


 半壊しかけた盗賊連合軍を立て直したマキシムは、戦況を見ながら一人独語した。その時、マキシムはバスタル要塞の城壁に異変が生じた事に気付いた。


「······ロッサム。あの像は何?」


 マキシムと同様、城壁に出現したある物を目撃したロシーラは、バスタル要塞に指を向けて砂色の髪の魔法使いに問いかける。


 それは、女神を模した石像だった。全長十メートルのその像は、数百人の兵士達の手によって縄で城壁に運ばれた。


「······あれは。まずいぞ!あれは天界人の兵器だ!!」


 ロッサムは蒼白になりながら叫んだ。今すぐこの事実をマキシムに伝えようとしたロッサムの目に、白い閃光が映った。


 その瞬間、戦場は光に包まれた。


 

 ······土曜日の朝。桃塚ひよみは気怠そうに布団の上で半身を起こした。朝ほどひよみにとって辛い時は無かった。


 何故安楽たる睡眠の世界から目を覚まさなくてはならないのか。幼少から寝起きの悪いひよみにとって、この永遠のテーマを毎朝考えてしまうのが日課だった。


 だが、今日は農業研究会の最大のイベント

。田んぼの稲刈りの日だった。部長として、遅刻する訳には行かなかった。


 ひよみは悪い人相のまま六畳の和室を眺める。昨晩脱ぎ散らかした中学生時代の赤いジャージを掴み、緩慢な動きで着替える。


 洗面所で顔を洗い、目の前の鏡に自分の顔が映った。物心ついた頃より、この顔に周囲は可愛いだの綺麗だのともてはやした。


 だが、ひよみにとって自分の顔は自分の顔以上でも以下でも無かった。いつしかひよみは、自分の外見を見て寄って来る連中を男女区別無く冷めた視線で見るようになった。


 容姿。学歴。収入の多寡。人はあらゆる物差しで人を差別する。ひよみは類稀なる美貌に恵まれた。


 それは本来喜ぶべき幸運だったが、ひよみには人間が持つ差別と言う醜い一面を思い知らされる結果となった。


 ひよみは一時、その過剰な差別意識はこの国の富を追い求める資本主義と関係しているのではないかと考え、研究地味た事をした。だが、結局答えが出ず徒労に終わった。


 そんな時、ひよみは自分の通う学校に風変わりな部活がある事を知った。農業研究会と名乗るその部活は、健康的な部名の裏に隠れ

、密かに別の活動をしていた。


 人間は金に支配され、死ぬまで金に隷従させされる。その支配から逃れる唯一の方法


 それが、今の社会システムから降りる方法だった。それを体現しているのが丸尾だった


 ひよみは丸尾からもっと多くを学び、いずれ自分がそれを実践し、その手段を世に広めたいと考えていた。


 そうすれば、時間に追われ毎日苦しい日々を送っている賃金労働者達の救いとなる。それが、ひよみにとっての革命だった。


「今日はその革命の為の一歩よ」


 ひよみは両手で頬を叩き気合を入れる。ひよみの革命にとっての聖地は、今日これから向かう田んぼだった。



 


 

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