第23話 立つ鳥跡を濁さず
怒号と血と悲鳴が止めどなく大量生産される戦場で、黄色い髪の巫女はただ一人の騎士の背中を凝視し続けていた。
そのロシーラの視線を一身に受けるアーズスは、凄まじい斬撃の雨をジアトルに浴びせ続ける。
だが、五鬼将筆頭のジアトルは、アーズスの攻撃を全て払い除ける。そしてジアトルの重く早い一撃は、アーズスの精神と体力を確実に削って行った。
「どうした?息が切れているぞ。アーズス」
獲物を追い詰める狩人の様に、ジアトルはアーズスに色濃く見られる疲労を見極めていた。
「心配は無用だ。俺はアンタより若く体力もある。ついでに未来も有望な身だ。血塗られた未来しか無いアンタとは違う」
言うが早いか、アーズスは高速の突きをジアトルに向ける。だが、それも五鬼将筆頭に弾かれる。
「······いかん。ジアトルの技量はアーズスより上だ!このままじゃ持たんぞ!」
アーズスの戦いを後方から注視するロッサムは、僚友の敗北を予言する。そのロッサムの不吉な言葉に、ロシーラは背筋に冷たい物を感じた。
一方、戦場では後方の部隊と分断されたジアトル率いる二千が、盗賊連合軍を圧倒していた。
後退から逃走に変わりそうな味方の軍を、マキシムは必死に立て直そうとしていた。
「ちっ。不味いな」
マキシムは鋭く舌打ちをする。盗賊連合軍も危機的状況だが、前方の戦場も戦況が変わりつつあった
向日葵の傭兵団と国王軍によって挟撃されたバリーザン軍の後方部隊が、勢いを盛り返し反撃し始めたのだった。
挟撃している向日葵の傭兵団と国王軍は三千。反撃最中のバリーザン軍後方部隊は三万八千。
幾ら狭い地形に誘い出し挟み撃ちしているとは言え、彼我の兵力差があり過ぎた。いずれ向日葵の傭兵団と国王軍はバリーザン軍の後方部隊に突破される。
そうなれば、マキシム率いる盗賊連合軍の敗北は確実だった。マキシムとしては、それ迄に何としても盗賊連合軍を立て直さくてはならなかった。
「あの五鬼将を討ち取れば流れが変わる。アーズスに期待するしかないか」
マキシムは柄にも無く、祈るような両眼でアーズスを一瞥した。
その向日葵の傭兵団の団長と副団長は、五鬼将の二人と剣を交えていた。キッシングはジパーソンと。フレソンはラグランと激しく剣をぶつけ合う。
ジパーソンは体格こそこそキッシングに若干劣ったが、その差をを物ともせず鋭い剣技をキッシングに見せつけた。
「なんだ。前に殺った五鬼将は呪文を使ったぞ。お前さんは使えないのか?」
キッシングとジパーソンの馬上の戦いが三十合に及んだ時、向日葵の傭兵団長は五鬼将を挑発するように軽口を叩く。
「······そうか。仲間を殺ったのは貴様か。ならば容赦は一切要らぬな」
怒りを滲ませたジパーソンがそう言った瞬間、ジパーソンの身体が青白く光った。そして手首を翻し、目にも止まらぬ速さで剣を繰り出す。
その凄まじい剣速にキッシングの反応が一瞬遅れた。ジパーソンの剣先はキッシングの剣をかすめ傭兵団長の胸に吸い込まれた。
「団長!!」
その光景を目にし、副団長のフレソンが絶叫する。キッシングは表情こそ変えなかったが、口から大量に血を吐いた。
「攻撃能力を向上させる呪文だ。望み通り呪文を使ってやったぞ。満足して死ぬがいい」
勝利宣言を上げたジパーソンは、キッシングの胸から剣を抜こうと腕を引いた。だが、剣は微動だにしなかった。
ジパーソンは両目を見開き驚愕する。キッシングは左手でジパーソンの剣を掴んでいた
。
「こんなに深く刺さっちまったら、簡単には抜けないぜ?」
血だらけの口に笑みを浮かべると、キッシングは左手に握った大剣を振り抜く。ジパーソンはその一撃で右肩から左の腰まで半ば切断された。
「そこをどけ!五鬼将!!」
フレソンは長髪を振り乱し細身の剣をラグランに叩きつける。一刻も早くキッシングの元へ。その思いが、副団長フレソンの剣筋を鈍らせていた。
「直ぐにあの金髪男の後を追わせてやる」
ラグランは一気にフレソンの間合いに侵入し、必殺の一撃を浴びせようとする。その時
、ラグランの背後から何者かが忍び寄る。
それはフレソンと瓜二つの妹、フレソルだった。フレソルは無防備なラグランの背中に
長剣を振り上げる。
だが、ラグランは背中に目があるかの様に後ろに身体を向けた。そして振り向きざまにフレソンの長剣を弾き返す。
同じ表情で驚愕する兄フレソンと妹フレソルに、ラグランは黒い兜の中から笑い声を上げた。
「残念だったな。俺の気配察知能力は五鬼将の中でも随一だ。俺に暗殺術は通じぬぞ」
ザンッ。
その時、ラグランは鈍い振動を腹部に感じた。視線を地面に移すと、長髪の女が短剣をラグランの脇腹に刺していた。
「······馬鹿な?殺気を全く感じなかった。お前は?あの二人と同じ顔······」
ラグランに致命傷を与えた女は前後に立つフレソン、フレソルと全く同じ顔をしていた。
「ははは。五鬼将さんよ。そいつは末っ子のフレソラだ。フレソン達は三つ子なんだよ。見分けがつかないだろ?俺も未だにつかないからなあ」
地面に仰向けに倒れながら、キッシングは陽気に笑った。ラグランは力尽き、フレソン達三つ子は直ぐにキッシングの前に駆けつける。
「······フレソン。俺が死んだら向日葵の傭兵団はお前の好きにしろ。お前が継ぐも。解散するも自由だ」
キッシングは陽気に笑いながらそう言った。キッシングの腹部から流れる大量の血は、地面を赤く染めていった。
「······キッシング団長。十年前。見世物小屋で繋がれていた俺達三人を救ってくれた恩は一生忘れない」
秀麗な顔を歪ませ、フレソンは最後の別れの言葉をキッシングにかける。
「そんな昔の事を気にすんなよ。お前等三人が俺に付いてきたそうな目をしてたから連れ出した。それだけだよ」
キッシングはフレソルとフレソラの頭を軽く叩いた。フレソン達三つ子は、幼少の頃の心的傷害により感情が欠落していた。
長男のフレソンはかなり回復したが、妹二人。特に末っ子のフレソラは未だに傷が癒えていなかった。
皮肉にも、その無感情が妹二人の暗殺術の開花に繋がった。
「······踏まれても~手折られても~健気に太陽を見上げる~」
キッシングは空を見ながら、消え入りそうな声で歌う。
「······なあ。フレソン。俺の歌声は音痴じゃないよな?そうだよ······な」
向日葵の傭兵団長。キッシングの言葉はそこで途切れた。その瞬間、感情を失った筈の妹二人。フレソルとフレソラが嗚咽を漏らす
。
長兄のフレソンは思った。キッシングは最後に、妹二人の感情を取り戻してくれたと。
「······ああ。アンタの歌は最高だ。キッシング団長」
誰にも聞こえない微かな声で、フレソンは恩人に返答した。
······九月の下旬。その土曜日の朝。岡山翔平の目覚めは早かった。翔平は住み慣れた自室を見回す。
元々極端に物が少ない部屋だったが、ここ数日で荷物を処分し、部屋は更に殺風景になっていた。
施設の食堂で朝食を済ませると、翔平は部活で使用していた作業着に着替え、部屋を出た。農業研究会の最大のイベント。稲刈りに向かう為だった。
「翔平!」
施設の門で翔平は声をかけられた。細身の少女は足早に駆け寄り、翔平を睨むように見る。
「土曜日の休みなのにまた部活?いい加減に私も一度くらい連れて行ってよ」
麻丘あかねの命の恩人。東海正治の妹、東海ゆみは口を尖らせ不平を漏らす。翔平はどこか遠い目をしながらゆみを見つめる。
「······ゆみ。お前は少し勝気な所があるけど
、見方によっては長所にもなる。その積極性をこれかも大事にするんだ」
翔平はゆみにそう言うと、ゆみの頭に手を添え微笑んだ。
「な、何よ突然。何でいきなりそんな事を言うの?」
戸惑うゆみを余所に、翔平はゆっくりと歩き出した。その翔平の背中を見ながら、ゆみは何故か翔平が何処か遠い場所に行ってしまう様な気がした。
岡山翔平は、ゆみと施設を一度も振り返らず歩いて行った。
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