第22話 想いの一方通行
マキシム率いる盗賊連合軍は、バリーザン軍を後方の狭い地形に引きずり込む為に後退を開始していた。
だが、引きずり込む相手の速さが尋常では無かった。五鬼将ジアルトを先頭に、バリーザン軍は後退する盗賊団連合軍に凄まじい勢いで攻撃を加えて行く。
最早盗賊連合軍は演技では無く、本気でバリーザン軍から逃げ惑った。その必死の逃走が功を奏したのか、バリーザン軍の先頭部隊は左右の谷に挟まれた狭い地形に差し掛かった。
そして狭い道が終わり、ジアトルの視界が開けた時だった。バリーザン軍の左右から、別部隊が襲いかかってきた。
右からはキッシング率いる「向日葵の傭兵団」一千。左からは砂色の髪の魔法使い。ロッサムが口説き落とした国王軍二千。
挟み撃ちにされたバリーザン軍の前衛は、後方の味方と分断された。通常なら指揮官は危機を感じる所だが、最前線に立つジアルトは微動だにせず前進速度を変えようとしない
。
「兵力に劣る貴様等にはこの作戦しか無かろうよ。だが、指揮官を討ち取れば盗賊連合軍など直ぐに瓦解する」
ジアルトは冷酷にそう呟くと、分断された麾下の二千の兵士を率いて突撃する。その先には、盗賊連合軍の指揮官マキシムがいた。
だが、兜の中のジアルトの両目が僅かに動いた。ジアルトの視線の先に、馬に股がる一人の騎士がいた。
その騎士は腰の長剣を抜き放ち、真っ直ぐジアルトに向かって来る。
「······いいだろう。先ずは貴様から片付けてやるぞ。アーズス!!」
既に血塗られたジアルトの大剣と、アーズスの白刃が火花を散らし激突する。
「アーズス。貴様につけられたこの頬の傷。私に威厳がついたと軍中では評判だぞ」
かつて死の樹海と呼ばれる森の中で、アーズスはただ一人で五人の五鬼将達と戦った。アーズスは五人に敗れ瀕死の重症を負ったが、ジアルトの頬に消えようが無い一太刀を与えていたのだった。
「礼なら無用だ。ジアルト。何ならお前の墓碑銘を今の内に聞いておくぞ。ああ。余り長くない方が威厳が更に増すぞ」
アーズスは不敵に笑い、強烈な斬撃をジアルトに加える。ジアルトはそれを平然と弾き返す。
その兜の中のジアルトの口は、不気味な程吊り上がっていた。
両軍、激戦の最中始まったアーズスとジアルトの一騎打ちを、後方から眺める者がいた
。
「ちょっとロッサム!もう少し前に進んで。アーズスの姿がよく見えないわ!」
ロッサムが乗る馬の後ろで、ロシーラが不平を漏らす。ロッサムはこの戦いで、アーズスからロシーラの護衛を任されていた。
「文句を言うな!ただでさえ戦場は危険だと言うのに。ここで我慢しろ!」
ロシーラに身の危険が迫ったら、ロッサムは即座に風の呪文で退避するつもりだった。だが、その機会は早々に訪れそうにロッサムには思えた。
それ程ジアルト率いる軍勢の勢いは激しかった。バリーザン軍を分断させる一翼を担った向日葵の傭兵団は、個々の武勇に任せて次々とバリーザン軍の兵士を倒して行く。
その血生臭い戦場の中で、本来あり得ない鼻歌が響く。
「どんな苦難も~どんな雨風も~ひたすら耐えて空を見上げる~」
その鼻歌は余計な程に声量はあったが、美声とは程遠い。否。それは最早ただの騒音だった。
「このど音痴が!戦場で歌などふざけおって
!」
バリーザン軍の将官の一人が、馬に乗った鼻歌を歌う丸刈り金髪の大男に斬りかかる。歌い手は表情を変えず大剣を一閃する。
バリーザン軍の将官は首の頸動脈を切られ落馬する。金髪の大男は側にいる長髪の男に問いかける。
「なあ。フレソン。俺の歌はど音痴じゃないよな?そうだよな?」
問いかけられた男は、秀麗な顔を歌い手に向ける。
「返答は差し控えさせて貰いましょう。それよりキッシング団長。とんでもない連中が来ましたよ」
副団長のフレソンの言葉に、キッシングは首を横に向ける。キッシングの前方から、二人の騎士が猛然と迫って来る。
「ありゃあ。五鬼将だな。どうするフレソン
。二人の内一人を引き受けるか?」
キッシングの平然とした問いに、フレソンはため息をつく。
「否が応にもその状況でしょう。俺は右の奴を相手します。団長は左の奴を」
「あいよ」
こうして向日葵の傭兵団キッシングとフレソン。五鬼将ジパーソン、ラグランの四人が乱戦の中で剣を交える事となった。
······麻丘あかねは喉に渇きを覚えていた。部室まで我慢出来ず、リュックから水筒を出し喉を潤す途中だった。
そして気付くと、あかねの前には荒島亮太が部室の入り口に立っていた。そして、亮太はあかねを好きだと呟いた。
それを聞いたあかねは、水を口にする事も忘れ水筒を床に落とした。一方で、荒島亮太の思考は一瞬停止していた。
何故、麻丘あかねが自分の後ろに立っているのか。そして何故あかねは頬を赤らめているのか。
それは、無自覚の内に自分が呟いた言葉が原因だと亮太は気付いた。そう自覚した瞬間
、亮太の全身は原因不明の熱に覆われていった。
「あ、ああ麻丘さん!き、聞いた?いや。聞こえた!?」
「え?う、ううん。聞こえてないよ!荒島君が私を好きだって言った事なんて、私絶対に聞いてないから!!」
あかねは必死に首を振り否定した。そして自分の口にした言葉を反芻して更に赤面する
。
男子高校生と女子高校生が、互いに顔を真っ赤にして見つめ合う。異性に告白などした事が無い荒島亮太は、告白した後の対処法など知らなかった。
一方、異性に告白などされた事が無い麻丘あかねは、どう返答していいのかまるで分からなかった。
永遠の様に感じる沈黙が二人を包み込む。
意を決して口を開いたのは亮太だった。
「······麻丘さんが岡山君を好きな事は知っている。これは、僕の勝手な片思いだから。その。気にしないで」
亮太は俯きながら、何とかその台詞を絞り出した。たが、言われたあかねは気にしない訳には行かなかった。
しかも亮太に岡山翔平の事まで看破されていた事実。あかねは脳みそが沸騰する程混乱していた。
「······ど、どうして?こんな平凡な私の事なんかを?」
床に落ちた水筒を拾う事も忘れ、あかねは小声で亮太に問いかけた。
「······麻丘さんは平凡なんかじゃないよ。考えている事が直ぐに顔に出る素直な人だ。あと。最近はちょっと負けず嫌いな性格なのかとも思ってる」
返答した後で、亮太は自分の事を殴りたい気分になった。可愛いとか。優しい性格だとか。もっと他に言い様があった筈だと自分の稚拙さを呪った。
「······ありがとう。そんな事を言われたの、私初めて」
だが、言われたの方の女子高校生も未熟さに置いて亮太に劣らなかった。あかねは亮太の言葉を素直に喜び、亮太に感謝した。
意外なあかなの反応に、亮太は迷っていた
。ここは自分の好意をアピールして押すべきなのか。
若しくは、気持ちを伝えた所で一旦引いて時間を置くべきなのか。亮太は脳みそが熱くなる程考え、逡巡の沼にはまり込む。
「荒島先輩。麻丘先輩。部室の前で何をしているんですか?」
あかねと亮太は、いつの間にか二人の目の前に立っていた岡山翔平の声に振り向いた。翔平の顔を見た途端に、あかねの表情が恋する女子の顔に変わった。
それを間近で見た亮太の胸に鈍い痛みが走る。
『まるで想いの一方通行だな』
荒島亮太は心の中でそう呟いた。亮太はあかねを。あかねは翔平を想っている。だが、三人の関係は誰の想いも成就しない一方通行だった。
ふと亮太は翔平を見る。あかねの想われ人である翔平の気持ちは誰に向いているのか。
亮太のそんな考えを知る筈も無く、岡山翔平は無言で部室に入って行った。
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