第21話 迫る過去
無機質な石造りの要塞に、冷たい風が吹き流れる。秋も深まったよく晴れた日、バスタル要塞の外ではある戦いが始まろうとしていた。
マキシム率いる盗賊団連合軍とバリーザン軍の両軍は、互いに馬首を突き合わせ一触即発の緊張感に包まれいた。
盗賊団連合軍の先頭に、馬に乗った巨漢の男が進み出た。
「我が名はマキシム!国を傾けるバリーザン一党を殲滅すべく軍を率いて来た!降伏するなら今の内だと警告しておこう」
マキシムの野太くよく通る声は、敵味方に関らず響き渡った。すると、バリーザン軍の中から一騎の騎士が進み出た。
「盗賊風情が舐めた口上を垂れ流すな。貴様達に与えられた選択肢は二つだ。討ち死にか
。捕縛の後の幽閉か。好きな方を選べ」
全身の黒い甲冑に鋭い棘が装飾されている
その騎士は、一変の慈悲も無いが如く冷然と言い捨てた。その男は、五鬼将筆頭のジアトルだった。
「バリーザンの飼い犬が大層な事をほざくものだ。お前の飼い主はどこだ?要塞にこもって震えているのか?」
マキシムの挑発的な最後通告に、ジアルトは不敵に笑い宣言する。
「そこで笑っていろ。時期にその顔色を蒼白にしてやる」
ジアルトは冷徹にそう言うと、騎乗する馬の腹を蹴る。ただ一騎突入を開始したジアルトの後を、配下の兵士達が次々と追う。
こうしてバスタル要塞の戦いが開始された
。両陣営から弓矢と火球の魔法攻撃が放たれる。
だが、それは互いの魔法使い達による物理障壁と魔法障壁によって防がれた。戦いは、人間達が直接武器を重ね合う野蛮で凄惨な場に移って行く。
「マキシム!あんたは総指揮者だ。あの黒い野郎は俺がやる!!」
九つの盗賊団の内の一つ。バリト盗賊団の首領はそう叫び、馬を走らせマキシムの横を駆け抜けて行った。
バリト盗賊団は盗賊連合軍の先陣を切り
、バリーザン軍に襲いかかる。そのバリトに五鬼将ジアルトが迫り来る。
波打つ黒髪のバリトは、右手に持った戦斧をジアルトに振り上げる。
「遅い」
ジアルトは短く一言だけ呟いた。その瞬間、バリトの首は宙に舞った。バリト盗賊団の首領は、ジアルトの只のひと振りでその命を落とした。
「バリト親分!?」
「おい嘘だろ!?親分が一撃で殺られたぞ!
」
その驚くべき光景に、バリト盗賊団は恐慌に陥る。五鬼将ジアルトを先頭に、バリト盗賊団はあっという間にバリーザン軍に蹴散らされた。
「作戦通り後退するぞ」
マキシムが浮足立つ味方をなだめ、冷静に命令する。このバスタル要塞は要塞から離れる程左右の谷が狭まり、大軍が自由に動きにくい地形だった。
そして狭い道を抜けると、大きく開けた場所に出る。バリーザン軍の軍列を細く伸ばして、開けた地形に誘い出し左右から挟撃する
。
それが、盗賊連合軍の倍近い兵力を有するバリーザン軍に対抗するマキシム達の唯一の作戦だった。
だが、ジアトルはその暇を与えぬが如く猛然と盗賊連合軍に襲いかかる。後退の時間を稼ぐために、二人の盗賊がジアトルの左右から突っ込んできた。
一人はガシャス盗賊団の首領ガシャス。もう一人はノイス盗賊団首領ノイス。両名とも筋骨逞しい歴戦の猛者だった。
だが、ガシャスとノイスはジアトルまで辿り着けなかった。ジアトルと同様、全身に黒い甲冑を纏った二人の騎士に阻まれた。
ガシャスはたったの三合で黒い騎士に胸部を貫かれ即死した。ガシャス盗賊団首領を倒したのは、五鬼将の一人、ジパーソンだった
。
そしてノイスは五合目で黒い騎士に首を裂かれ落馬した。ノイス盗賊団首領を沈黙させたのは、五鬼将の一人、ラグランだった。
三人の盗賊団の首領が討ち取られ、盗賊連合軍は動揺する。その隙に乗じて、バリーザン軍は更に攻勢を増して行った。
······少女の寝覚めは、いつに無く気分の悪い物だった。麻丘あかねは、血生臭い戦場の残り香が自分の部屋に漂っている錯覚に陥っていた。
「······始まった。いよいよ最後の戦いが」
あかねはベッドの上でそう呟いたと同時に愕然とする。何故自分はこの戦いが最後と口にしたのか。
「······私は知っている?これが最後の戦いだと言う事を」
九月も中頃の涼しい朝。汗などかきようも無い気温の中、あかねは大粒の汗を額から流していた。
以前からあかなの心の中で残り続けた仮説
。高校生になってから見る夢は、自分の過去の記憶ではないのか。
そして日を重ねるごとに胸を締め付ける不安。それは、夢の結末があかねにとって吉兆とは程遠い事を意味していた。
「······恐い。でも。夢からは逃げられない」
そして最後まで夢を見届ける。以前まではただ怯えるだけのあかねだったが、少しずつ夢と向き合う気持ちになっていた。
「夢の中の私。ロシーラはあんなに勇気を持った女の子だった。なら、私もロシーラに負けていられないわ」
あかねは自分の中にある僅かな勇気を奮い起こし、これから起きる自分の運命に対峙する事を決意していた。
「でも。何が起きるかなんて分からない。取り敢えず朝ご飯を食べよう」
強い決意をひとまず棚に置いて、十七歳の少女は胃袋を満たす為に一階に降りて行った。
放課後、荒島亮太は廊下を歩きながら考えていた。最近亮太が考える事と言えば、クラスメイトであり、同じ農業研究会の麻丘あかねの事ばかりだった。
亮太が好意を寄せるあかねは、岡山翔太に失恋した。その現場を木の裏から目撃したので疑いようが無かった。
失意のあかねは、即刻部活を辞めると亮太は予想した。だが、あかねは辞めなかった。それどころか、以前より増して部の活動に精力的になった。
あかねはまだ岡山翔太を諦めていないのか
。それともキッパリと翔太の事を諦め、部活動に邁進しているのか。
「······どっちにしたって。俺に何が出来るって言うんだ」
亮太は自嘲気味にため息をつく。平凡な自分が失恋したての女子に出来る事。失恋を好機にこちらから告白する。
一瞬浮かんだその考えを、亮太は慌てて頭の中から追い出す。平凡な自分が女子に告白などと、余りにも勝算が低い賭けだった。
そもそも、あかねはまだ翔太を諦めていないかもしれないのだ。答えの出ない迷路にはまり込んだ亮太は、気づくと部室の前に立っていた。
亮太は部室の入り口にある部名が書かれたプレートを見つめる。あの日。この部室の前に立っていたあかねに亮太は声をかけた。
農業研究会の部名に隠された真意を知りたくないかと。何故自分はあかねにそんな事を言ったのか。
「······好きだったんだ。僕はずっと前から、麻丘さんの事が」
ガシャン。
亮太が無自覚の内にそう呟いた瞬間、亮太の背後から何かが落ちる音か聞こえた。亮太が振り返ると、そこには水筒を床に落とし、驚愕の表情を浮かべる麻丘あかねの姿が在った。
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