第20話 夏の終わりに
九つの盗賊連合軍。それに「向日葵の傭兵団」が加わった一軍は、ついにバスタル要塞まであと半日の位置までに辿り着いた。
行軍の途中にバリーザン軍の出現は皆無であり、それはつまり要塞での戦い。一戦で決着をつけると言うバリーザンの強い決意が伺われた。
「作戦の最終確認をしておくぞ。ロッサム。お前が口説いていた国王軍はどうなった?」
テントの中でマキシム盗賊団の首領が、テーブルの地図に分厚い手を乗せながら軍議の第一声を上げる。
「残念ながら国王軍はやる気無しだったよ。たが、その中でも骨と戦意のある一部の将校達が協力を確約してくれた。数は二千から三千と言った所だ」
砂色の髪の魔法使いは、自らの外交術の成果を報告する。
「キッシング。お前の方はどうだ?」
マキシムは鋭い眼光を今度は向日葵の傭兵団の団長に向ける。向けられた本人は両手を上げて首を横に振る。
「機を見るに敏。これが傭兵って人種だ。有力な傭兵団に幾つか声をかけたが、連中が俺達に加勢するかどうかは戦況次第だな。俺達が優勢なら、雪崩を打って参戦するだろう。バリーザンが持つ金目の物を目当てにな。だが不利と見れば連れなくご帰宅するだろうな」
実際傭兵団を率いるキッシングの言葉には
、充分な説得力があった。バリーザン軍に数が劣る盗賊団連合軍としては、キッシングが誘った他の傭兵団の参戦が勝敗の鍵を握る事になりそうだった。
「土台無茶な話だった。この国の半分を支配するバリーザンを打倒するなんてな。そう肩に力を入れるな。戦いの勝敗なんて誰にも分からん」
マキシムはそう言って軍議に参加した者達を見回した。そして、いつもは呼んでもいないのに必ず軍議の顔を出すロシーラが不在な事に気付く。
「あの巫女の娘はどうした?勝利を願って祈祷でもしているのか?」
マキシムのその疑問に、返答出来る者は居なかった。
夕暮れ時。黄色い長髪の娘は、切り株の上に腰を降ろし自分の足元を見ていた。ロシーラは正体が分からない胸騒ぎを覚えていた。
それは、バリーザンとの決戦が近づく度に強くなって行った。
「ロシーラ。ここに居たのか。どうしたんだ?軍議にも出席しないで」
息を切らした様子のアーズスが、ロシーラに優しく声をかける。
「······アーズス。最近の私は何か予言を口にした?もしそうなら、どんな内容だった?」
ロシーラの予言は本人の意思に関係なく、常に無自覚に行われていた。ロシーラの不安そうな声色と瞳を、アーズスは和らげるように微笑む。
「そうだな。そう言えば予言していたよ。黄色い髪の巫女は、傭兵団出身の長身の男と結ばれるってね」
アーズスの片目を閉じた悪戯っ子のような顔に、ロシーラは目を丸くする。
「もう!私は真面目に聞いているのよ!」
ロシーラが大きい声の割に勢いの削がれた抗議をすると、アーズスは黄色い髪の巫女を抱きしめる。
「······大丈夫だ。ロシーラ。君は俺が守るよ
。どんな事があっても必ず」
アーズスの胸の温もりを直に感じ、ロシーラは何も言えなくなる。アーズスの肩越しに空を見上げると、見事な月夜の夜だった。
『······そう言えば。こんな月夜だったわね。アーズスが初めて私を好きと言ってくれた夜』
アーズスもきっとその夜の事を思い出している。ロシーラは両目を閉じながらそう確信していた。
そのアーズスは、悲痛な程悲しそうな瞳を揺らしていた。あの月夜の夜。ロシーラが無自覚の内にアーズスに告げた予言は、ロシーラにとって余りにも残酷な未来図だった。
······夏休みが終わり、世間の学生達は深いため息を漏らしながら学校へ通って行く。野外の畑作業ですっかり日焼けした十七歳の女子高生は、しっかりと朝食を完食し玄関に向かう。
「行ってきまーす」
九月の新学期。麻丘あかねは憂鬱とは無縁の快活な声と共に家を出た。その様子を、母の早苗は不思議そうに見送る。
「何だかあの子。少し逞しくなったわね。夏休みに明けなのに、あんなに元気だなんて」
夏の間に成長したと母親に目されるあかねは、クラスで荒島亮太を見かけると笑顔で挨拶をする。
「おはよう。荒島君」
あかねと同じく日焼けしている荒島亮太は、鞄を机に置きながら笑顔を返す。
「おはよう。麻丘さん」
あかねは以前より亮太と親しくなっている事を感じていた。それは同じ部活に所属し、共同作業を行う内に生まれた友情だった。
人と同じ時間を過ごせば、その分だけ親しくなれる。人付き合いの苦手なあかねにとって、それは大きな学びだった。
だが、それ以上に亮太はあかねを気に留め
、岡山翔平に失恋したあかねに対して何かと気を使って接してくれた。
その控えめな。亮太の人柄を伺わせるような言動にあかねは救われ、元気を貰った。亮太に感謝すると共に、今月一杯で部活を辞める事を亮太に告げるのが、あかねは段々辛くなってきていた。
新学期になっても農業研究会は活発に活動を続けていた。校内の畑作業に農家から借りている田んぼの手入れ。
部室にあるホワイトボードには、九月の予定がぎっしりと書き込まれていた。だが、桃塚ひよみの解読不明の文字だった為、部員は誰もそれを見ていなかった。
「ねえ。岡山君。今度の土曜日の予定なんだけど。ホワイトボードの自分の字が読めないんだけど」
ホワイトボードを睨みながら、桃塚ひよみは二歳年下の後輩を頼る。
「書いた桃塚先輩が読めなければ、誰も読めませんね」
岡山翔平が素っ気なく答える。幸い荒島亮太が予定表を自分の手帳にメモしてい為、農業研究会が行動に迷う事は回避された。
土曜日、農業研究会の四人は農家に借りてる田んぼに向かった。九月上旬の稲は夏の太陽を浴び青々と生い茂り、中にはもう実をつけている稲もあった。
「······すごい。こんなに成長するんだ」
あかねは風に揺れる稲を眺めながら、感嘆の声を漏らす。あかねは何度か訪れたこの田んぼの変貌ぶりに、感動すら覚えていた。
あかね達四人は、田んぼのあぜ草刈りの作業を行った。そして、作業が一段落した時だった。
「ふふふ。今日はもう一つイベントがあるのよ」
麦わら帽子を被った桃塚ひよみが、大きなビニール袋から箱を取り出す。箱の中には、白い生クリームの塊が鎮座していた。
「今日は岡山君の誕生日よ。私が腕によりをかけたこのケーキでお祝いしましょう!」
桃塚ひよみか弾ける笑顔で場を盛り上げる
。超絶美人の手作りケーキ。万人の男達が狂喜する代物だった。だが、場には不穏な空気が流れる。
「······も、桃塚先輩。白い生クリームしか見えないんですけど、果物とか飾り付けは無いんですか?」
あかねが恐る恐る。そして控えめにケーキの外見の問題点を挙げる。
「え?色々飾り付けしたわよ。西瓜に夏みかんに桃に梨にマスカット。でも生クリームが厚かったみたいで中に沈んだみたいなの」
どうやら超絶美女は、生クリームの海に果物を沈没させた様だった。
「ま、まあ。大事なのは味だから。ありがたく皆で頂こうよ」
場を取り直す様に、荒島亮太が紙皿に人数
分の生クリームの塊を何とか取り分ける。
「では岡山君の誕生日をお祝いして!頂きまーす」
ひよみが音頭を取り、岡山翔平の誕生日会が和やかに開かれると思われた。ところが。あかね。翔平。亮太は、生クリームの塊を一口食べた所でもれなく全員顔を歪める。
「······も、桃塚先輩。これ、どんだけ砂糖入れたんですか?」
荒島亮太が顔を引きつらせ、ケーキの味の感想を述べる。それはケーキと言うより、ただの砂糖の塊だった。
「······ごめんさない。私、料理がからきし駄目で。でも。買うより作った方がいいと思って」
超絶美女が顔を俯かせ、分かりやすく落ち込む。料理が苦手なら何故無謀にも手作りケーキに挑んだのか。あかねと亮太には理解不能だった。
胃袋が消化を拒否したかの様に、あかねと亮太のフォークを持つ手が止まる中、岡山翔平だけは黙々と砂糖の塊を口に運ぶ。
「······大丈夫です。美味しいですよ。桃塚先輩。ありがとうございます」
翔平の苦悶した表情から絞り出されたこの言葉に、ひよみは「そう?」と言い一瞬にして明るさを取り戻す。
後輩の翔平に男気をまざまざと見せつけられた亮太は、退路を絶たれた気分で砂糖の塊を再び口に運ぶ。
亮太のその痛々しい姿を見てあかねは思った。人生は、とんでもない代物を無理やり食べなくてはならない時がある。
夏の終わりに、十七歳の少女はそう学んだ。
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