第26話 確信への目覚め
血生臭い戦場では、文字通り絶え間なく血が流れ続けていた。せめて流れる血がこれで最後であって欲しい。
アーズスは悲痛な表情でそう願っていた。アーズスの光の剣によって、バリーザンの黒い法衣の腹部は貫かれた。
だが、バリーザンを庇おうとして飛び込んて来たシャロムの腹部も同様に貫いた。先に倒れたのは、黄色い長髪を揺らすシャロムだった。
「······シャロム!!」
崩れ落ちるシャロムの身体を、バリーザンが両膝を地につけながら抱きとめる。シャロムの虚ろな表情を見た瞬間、バリーザンの理性は吹き飛んだ。
「貴様ぁ!!おのれアーズス!!」
絶叫しながらバリーザンは髑髏の杖をアーズスに向けた。杖の先から黒い霧の様な物が放たれ、アーズスの身体を包みこもうとした。
至近距離のその攻撃を、消耗しきったアーズスに避ける術は無かった。だが。ただ一人動いた者が存在した。
ロシーラはアーズスの前に立ちその黒い霧をその身体に受けた。霧はロシーラの全身に染み込むように消え、ロシーラは意識を失いその場に倒れた。
「ロシーラ!?」
アーズスは蒼白になりながらロシーラを抱き起こす。だが、ロシーラの両目は閉じられたままだった。
「······くくく。その黒い霧は呪いの禁呪だ。その霧を受けた者は、来世で生まれ変わっても二度命を失う。身の程知らずの愚か者共が
。私の邪魔をした愚行を後悔するがいい」
ぶつけようが無い怒りの炎を禁呪と言う形で発露したバリーザンは、弱々しい力で自分の袖を引くシャロムに気づき、正気を取り戻した。
「······バリーザン様。貴方をお守り出来ませんでした。お赦し下さい」
シャロムはバリーザンの膝の上で涙を流しながら詫びる。出血で視力を失いつつあるバリーザンは、薄れる視界でシャロムの顔を必死に探した。
「······詫びるのは私だ。シャロム。世を変える事も叶わず。むざむざとそなたも失ってしまうとは。私は思ったより無能者だったようだ」
この国の半分を支配するに至った邪神教団ネウトス。大司教バリーザンは、その言葉を最後に息を引き取った。
宿敵を倒した喜びなど微塵も感じる事なく
、アーズスは眠る様に両目を閉じるロシーラを悲痛な顔で見つめる。
かつて満月の夜。アーズスとロシーラが結ばれた時。ロシーラは無自覚の内に自分の未来を予言した。
その内容は、自分が転生後も呪いによって二度死に至るという予言だった。それを聞いたアーズスは、動揺する心を必死に隠しロシーラに笑顔を見せた。
アーズスは誓った。その未来を必ず変えて見せると。だが、現実はロシーラの予言通りになってしまった。
「······ごめんよ。ロシーラ。俺はなんて無力な男なんだ。君を呪いから守れなかった」
気を失ったロシーラを抱きしめながら、アーズスは肩を震わせ涙を流す。その光景を、シャロムは慈しむような表情で見ていた。
シャロムは震える両手で絶命したバリーザンの首から首飾りを取った。そしてその首飾りをアーズスに差し出す。
「······アーズスなる騎士よ。貴方に覚悟はありますか?その娘の身代わりになる覚悟が」
消え入りそうなシャロムの小声に、アーズスは両目を見開いた。
「······無論だ。手立てがあるのなら、俺はロシーラの変わりに命を捨てる!何度でも!」
数瞬の迷いも無く、アーズスは力強く断言する。その答えに、シャロムは弱々しく微笑む。
「······ならばこの首飾りを貴方にお渡しします。これを身に着けていれば、三度転生が叶うと私の一族で言い伝えられています。その娘の来世に貴方も転生し、彼女を守りなさい
」
シャロムの話す内容はアーズスにとって信じ難い物だった。だが、この時のアーズスは藁も掴む思いで何かにすがりつきたかった。
「······何故だ?君は何故俺達にそこまでしてくれる?」
アーズスの問いに、細切れする息を必死に整えシャロムは微笑する。
「······せめてもの罪滅ぼしです。その娘にかけられた禁呪は、元よりバリーザン様が私を生き返らせる為に会得しよとして叶わなかった禁呪の副産物です。その娘は、言わば私の身代わりに呪いにかけられた様な物です。ですが、その娘が来世でいつ命を落とすか迄は分かり兼ねます」
「大丈夫だ。ロシーラは日付まで予言していた。俺はその日付を魂に刻み、絶対に忘れない」
アーズスの揺るぎないロシーラへの想いを感じ取り、シャロムは優しく微笑んだ。
「······バリーザン様。貴方にお渡しした首飾りを奪ってしまいました。重ねてお詫び致します。もし叶うなら、平凡な男と女で構いません。貴方と来世でまた出会えたら······」
永遠に動かなくなったバリーザンの頬に手を添えながら、シャロムは眠るように目を閉じた。
空の太陽はいつの間にか傾き、秋空は薄雲を空に広げていた。
······麻丘あかねはいつの間にか眠りから覚め、半身をベットから起こしていた。先刻迄見ていた異世界の夢を反芻する前に、身体が勝手に動いた。
あかねは起き抜けに階段を降り、和室の仏壇の前に座る。そこには、自分の命を救ってくれた東海正治の写真が飾られていた。
「······正晴さん。貴方はもしかして、アーズスの生まれ変わりなの?そして、バリーザンに呪いをかけられた私を救ってくれたの?」
あかねの視界は、涙で歪んでいた。正晴は照れた表情のまま沈黙し、何も語らなかった
。
あかねは作業着に着替え、農業研究会の集まりの為に家を出た。今日は田んぼの稲刈りの日だった。
電車に乗りながら、あかねは稲刈りとは全く別の事を考えていた。何故自分は高校生になってから異世界の夢を見るようになったのか。
「······あの夢は、私の過去の記憶。ロシーラは前世の私の姿」
あかねは数々の疑問と見え隠れしていた断片的な真実を繋ぎ合わせた。そして確信に至る。
「······バリーザンは私に二度死ぬ呪いをかけた。一度は正晴さんが救ってくれた。でも、あともう一度呪いが残っている」
異世界の夢を見る原因。それは、前世で巫女の力を持ったロシーラが、今のあかねに警告する為に見させているのではないか。
あかねはそう考えた時、全身に戦慄が駆け抜けて行く事を覚えた。
「······呪いの効力が近い?近々私は死ぬ?」
停車した電車のアナウンスを、あかねは遠い世界の出来事の様に聞いていた。
「あ。麻丘さん!こっちこっち!」
桃塚ひよみが細く長い手をあかねに振る。電車から徒歩三十分。辺り一面に広がる田んぼの風景に、あかねは息を飲む。
黄金色に染まった稲穂は、その頭を重そうに垂れ秋風にその身を揺らしていた。先に到着していた荒島亮太。岡山翔平。桃塚ひよみ
は、既に手に鎌を持って準備万端の様子だった。
農家から借りている田んぼの広さは三十坪。これは、米の収穫量としては二十キロ前後になるとひよみがあかねに説明する。
こうして秋晴れの空の下で、農家研究会の稲刈りが始まった。あかねは初めての鎌の扱い方に戸惑ったが、荒島亮太が親切に効率的な刈り方を教授してくれた為、時間と共にあかねは稲の刈り方に慣れて行った。
ひよみと亮太が手際よく作業を進め、二人の位置はあかねから離れて行った。あかねは斜め前にいた岡山翔平に声をかける。
「岡山君。私ね。また異世界の夢を見たの」
あかねはそう言いながら、翔平の反応をつぶさに観察していた。あかねが出した結論。それは、岡山翔平がアーズスの生まれ変わりかもしれないと言う考えだった。
「······そうですか」
翔平の反応に特段変化は見られなかった。
あかねは更に翔平を試すように言葉を続ける
。
「その夢によるとね。私。もう直ぐ死ぬかもしれないの」
翔平の稲を刈る手の動きが止まった。程なくして翔平は立ち上がり、あかねを睨むような目つきで見る。
「······いい加減にして貰えますか?麻丘先輩の夢占いなんて僕は知りません」
いつものあかねなら、翔平のこの冷たい言葉に黙り込んでしまう筈だった。だが。今日この時だけは違った。
「岡山君。黒い水晶の首飾りをつけていない
?」
あかねの挑むような視線に、翔平は絶句した。そして沈黙する。あかねはその翔平の反応に、自らの仮説が正しかった事を知った。
「······岡山君。いえ、貴方はアーズ······」
あかねの言葉はそこで途切れた。岡山翔平が突然あかねに覆い被さったからだ。翔平とあかねは地面に倒れる。
ドンッ。
あかねは翔平の胸の中で、何か鈍い音がしたのを聞いた。あかねの視線は翔平の胸で塞がれていた。
何が起こったのか理解出来ないあかねは、桃塚ひよみと荒島亮太の叫び声で状況を知る事となる。
「岡山君!!しっかりして!!」
「何だよこれ!?石?何で空から石が降って来るんだ!ま、まさか隕石?」
あかねは起き上がると、自分の膝に岡山翔平の頭が乗っていた。その翔平の左頭部からは、大量の血が流れていた。
翔平の側には、野球のボールサイズの茶褐色の石が転がっていた。翔平の流す血であかなの作業着は血だらけになっていく。
あかねの耳に、ひよみと亮太がスマホで必死に救急車を呼ぶ声が遠くに聞こえた。茫然自失になったあかねは、震える両手を翔平の頬に当てる。
「······岡山君?どうして?何でこんな事に?
」
その震えるあかねの手を、翔平は優しく握る。
「······良かった。無事だったみたいだね。これでバリーザンの呪いは二度目。これで、君はもう呪いから開放される」
翔平の今迄に聞いた事の無い優しい表情と声に、あかねは全てを悟った。
「······岡山君。貴方は私の夢の中に出て来たアーズス。そして東海正晴さんに生まれ変わり、一歳の私を救ってくれた。そして、今度は岡山翔平に生まれ変わり、また私の命を救ってくれた」
あかねの両目から涙が溢れ、その粒は血だらけになった翔平の頬に落ちる。
「······全てを知ったみたいだね。あかね。僕は君にわざと冷たく接して来た。それは僕の死後、君の負担が楽になるからと信じていたからだ」
翔平のその優しさに、あかねは全身が悲しみの余り硬直するように固まった。
「······どうして。どうして岡山君。何故もっと早く教えてくれなかったの?」
あかねの嗚咽を包み込むように、翔平はあかねの頭を優しく引き寄せた。
「······ごめん。僕にはこのやり方しか出来なかった。あかね。強く生きて、幸せになってくれ」
翔平の声が急速に弱くなった来た。あかねは翔平を抱きしめ、必死に懇願する。
「······お願い。まだ逝かないで。お願いだから」
翔平は最後に、あかねの耳元で小さく呟いた。
「大丈夫。きっとまた会えるよ」
その言葉を発した瞬間、あかねの頭に回されていた翔平の両腕が地面に落ちた。あかの目の前には、満足しきった表情の翔平の眠る姿が映った。
「······岡山君······正晴さん······」
行き場の無い溢れる感情をぶつける様に、あかねは空に叫んだ。
「······アーズス!!」
田んぼでまだ刈られていない残った稲穂は、頭を垂れ悲しそうに俯いていた。
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