第18話 告白

 マキシム率いる盗賊連合軍は、堂々と行路を進軍していた。普段なら国の正規軍との遭遇を忌避し、行路など使わない盗賊達だったが、バリーザンが国王軍を散々に蹴散らしたお陰で監視の目を気にする必要が無かった


 行軍の合間を塗って、バリーザンとの戦いの軍議が幾度も開かれていた。


「戦場はバスタル要塞になるだろう。ここを落とせばバリーザンの居城は丸裸になる。連中としても、ここの要塞は何としても死守する筈だ」


 砂色の髪のロッサムが、卓上に置かれた地図を指差しながら断言した。


「要塞に籠城されたら厄介だな。こちらは糧食にそんなに余裕が無い」


 アーズスが両腕を組みながら要塞の資料を見る。元々国王の所有する要塞だったが、バリーザンに陥落させられ、現在はバリーザンの居城を守る盾となり、アーズス達の大きな障害と化していた。


「それは無かろう。盗賊風情に籠城するなど

、バリーザン自尊心が許さぬ。間違いなく要塞の外で俺達を迎え撃つだろうよ」


 マキシムが大きな手で掴んだ杯を口に運び

、ロッサム同様断言した。マキシムが飲んだのは果実水であり、ロシーラに酒飲み比べで敗北してから一切酒を口にしていなかった。


「例の天界人の兵器を使われたらどうするんだ?世界を滅ぼすって代物だ。俺達の一軍なんて木っ端微塵にされるんじゃないか?」


 向日葵の傭兵団長、マキシムが金髪の丸刈り頭を掻きながら不吉な事を口にした。


「それこそマキシムの旦那の言う通り、バリーザンの自尊心が許さないんじゃないか?盗賊相手に天界人の兵器を使うとは思えないな。ましてや使用するにはロシーラが必要だ

。ロシーラさえ俺達が守れば問題ない」


 ロッサムがそう言うと、軍議を開く者達全員が黄色い髪の巫女を見る。注目を一身に受けたロシーラは、どんな表情をしていいのか迷っていた。


「で?本当にこの娘を戦場に連れて行くのか

?バリーザン達に狙われているのなら、どこかに隠した方が良いのでは無いか?」


 果実水が物足りなかったらしく、杯を乱暴に卓上に置いたマキシムが提案する。


「いや。バリーザン達の元には既に人柱の六人の巫女がいる。何処にロシーラを隠しても見つけられるだろう。それなら、側にいて守る方が確実で安心だ」


 アーズスが凛々しく。そしてロシーラが安心出来るように優しく笑った。ロシーラは頷いて微笑み返す。


「で。巫女のお嬢さん。これからの戦いの行方がどうなるか。既に神託は降りたのかな?


 キッシング団長が白い歯を覗かせ、その結果を楽しむようにロシーラに問いかける。ロシーラの未来予測は無自覚の内に行われる為、キッシングはアーズスの顔を見る。


 アーズスは首を横に振り、予知は成されていない事を無言で傭兵団長に伝えた。その時

、ロシーラが一歩前に進み出た。


「巫女の神託は所詮、予測でしかありません。未来は人の強い意思で作られます。決して神託で作られる物ではありません」


 毅然と。そしてはっきりとロシーラは言い切った。この軍議に参加した者達は、一介の村娘の言葉にこの時確かに圧倒された。そして自然と誰もが頷く。


 それはまるで、ロシーラの内面から溢れる強い意思に呼応した様だった。そのロシーラ

の横顔を見つめながら、アーズスは切なそうな瞳を揺らしていた。



 ······平屋住宅の縁側で、女子高生と男子高校生が視線を合わせていた。白いTシャツにジーンズ姿の岡山翔平は、直ぐに視線を丸尾に移し、手に持っていた袋を差し出す。


「丸尾さん。学校の畑で採取した種です。良かったら使って下さい」


「種?ああ。ありがとう翔平君。わざわざ悪いね。ちょっと待ってね。今お茶持ってくるよ」


 縁側から立ち上がった丸尾は、台所へ消えて行った。


「······じゃあ僕はこれで失礼します」


 翔平は小さくそう言うと、踵を返しあかねに背中を見せる。


「え?ええ?岡山君帰るの?ちょっ、じゃあ私も。あ、丸尾さん!私も失礼しまーす!」


 あかねは大声で台所の丸尾に叫び、慌てて岡山翔平の後を追う。あかねは翔平からニ歩退がった位置で歩きながら、翔平の後ろ姿を眺めていた。


 二人は無言のまま歩く。強い日差しが照りつけ、蝉の鳴き声が田園風景に響いていた。どこまでも青く澄み渡った空をあかねが見上げた時だった。


 一本の大木の下に、誰が作ったのか木製のベンチがあった。翔平がそのベンチに座った


『ど、どうしたのかな。岡山君。暑いから疲れたのかな?はっ!もしかして熱中症!?」


 あかねは急いで背負ったリュックから水筒を取り出した。


「お、岡山君。体調が悪いの?お水飲む!?


 あかねは両手で持った水筒を翔平に差し出す。


「······いえ。大丈夫です。でも、折角なので頂きます」


 翔平の意外な素直な反応にあかねは一瞬戸惑ったが、急いでコップに水を注ぐ。あかねはこれまでの人生で、一番と言っていい位水筒を丁寧に扱った。


「ありがとうございます。麻丘先輩」


 水を飲み干した翔平がコップをあかねに返す時、翔平の手があかねの手に微かに触れた


 カラン。


 プラスチック製の水筒のコップが地面に落ちる。あかねはコップを見ることも拾う事も忘れた様に翔平を見つめる。


 以前丸尾の家からの帰り道に、あかねがバイクに接触しようとした時、翔平は身を呈して助けてくれた。


 そして、あの時あかねが見た翔平の切迫して心配そうな表情。また、あかねが思わず夢の話を翔平にした時の抱擁。


 普段、あかねに興味を示さず無愛想な翔平があかねに見せたこの二つの行動。アーズス。東海正晴。岡山翔平。


 あかねが心惹かれる三人に共通する右目下のホクロ。この時あかねは強引に。そして無理やり翔平を自分の夢に結びつけようとした。


「······好き」


 大木で合唱していた蝉達の鳴き声が、一瞬

止んだ時だった。


「私。岡山君の事が好き」


 あかねはベンチに座る翔平を見下ろしながら、はっきりとそう言った。異性に告白するなどあかねにとって初めての事だったが、不思議とこの時、自然とその言葉を口に出来た。


 沈黙が二人の中に流れる。それはあかねにとって、永遠に感じられる時間だった。小休止していた蝉達が、また鳴き声を上げる準備をしていた時だった。


「······すいません。麻丘先輩とは付き合えません」


 翔平はあかねから目を逸らし、あかねの告白を断った。頭の中が真っ白になったあかねは、コップを拾う事もせずその場から走り出した。


 そして、大木の裏から人影が現れた。その人物は、小さくなって行くあかねの後ろ姿を心配そうに見つめている。


「······荒島先輩。麻丘先輩の事を頼みます」


 翔平は荒島亮太に頭を下げた。亮太は厳しい表情でベンチに座る翔平を見る。


「何故振った相手の事を心配するんだい?そもそも岡山君。僕をここに呼び出した理由って何だい?まさかこうなる事を知っていたのか?」


 亮太の追求に翔平は目を伏せ黙り込む。これではまるで、翔平があかねと亮太の仲をお膳立てしているようだった。


 その時、亮太の脳裏にある考えが浮かぶ。


「······岡山君。以前、君と麻丘さんが食事をした時。僕と桃塚先輩が君達の後をつけていた事を、まさか君は気づいていたのか?」


 あの時、翔平に先に帰られたあかね激しく落ち込んでいた。見かねた亮太はあかねの側に行った。


 それも翔平の意図的な行動だったのかと亮太は疑った。


「······考え過ぎですよ。荒島先輩」


 翔平はあかねが落として行ったコップを見つめながらそう言った。埒が明かないと判断した亮太は、コップを拾いあかねの後を追った。


 力を蓄えた蝉達が再び大合唱を再開する。

その大音量の中で、翔平はいつまでもコップが落ちていた場所を見つめていた。






 



 


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