第16話 命の恩人の肖像
秋風がその鋭さを増して行く曇り空の日。ある山の麓では、馬のいななきや男達の大声が飛び交っていた。
マキシム盗賊団の首領マキシムは、この国に巣食う九つの盗賊団を麓に集結させていた
。
その総数一万五千。風体も甲冑も武器も。どれ一つ取っても統一性の欠片も無い、荒くれ物達の集団だった。
「マキシムの旦那も良く集め物たな。だが、この寄せ集めを組織的に行動させるのは生半可な事じゃないぞ」
砂埃が舞う平地にその大軍を見ながら、砂色の髪をした魔法使いロッサムは、この先の難儀さを憂いため息をついた。
「心配ないさロッサム。マキシムなら必ず全軍を統御してくれるさ」
ロッサムの肩を叩きながら、アーズスは快活に笑った。ロシーラもアーズスの隣で盗賊連合軍を遠目で見ていたが、マキシムの怒声により、連合軍は一応統率があるよう見えた
。
「いよいよ決戦。ってヤツか?アーズス」
金髪丸刈りの大男が、アーズス達の後ろから声をかけた。
「キッシング団長。いいのか?最後まで俺達に付き合っても」
アーズスは向日葵の傭兵団長に申し訳無さそうに問いかける。
「水臭い事を言うなよアーズス。一応お前はまだうちの傭兵団に籍は残っているんだぜ?それによ。バリーザンを倒さないと世界が滅ぶって言うじゃねえか。世界が滅んだら傭兵の仕事も無くなるからよ。これは言わば、自分達の職場を守る戦いでもあるのよ。なあ?そうだろ。フレソン?」
キッシングはしみじみと言い終えると、副団長のフレソンに同意を求める。
「キッシング団長。この戦いで採算が取れる確率は低いですよ。何しろ九つの盗賊団でバリーザンのお宝を山分けするらしいですから
。うちの傭兵団の取り分なんて期待出来ませんよ」
フレソンは秀麗な顔を長髪から覗かせ、傭兵団の家計簿に全く興味が無い団長に遠回しに諭す。
「気にすんなフレソン。山分けって書いて早い物勝ちって読むだろ?要するに他の連中より早くバリーザンを倒してお宝を頂けばいいんだよ」
聞いた事が無いこじつけに副団長のフレソンは呆れたが、キッシングの言葉が一理ある事も認めざるお得なかった。
「キッシング団長。五鬼将の残り三人は俺達を戦場で血眼になって探すだろう。決して楽観は出来ない戦いになる」
アーズスの警告を、キッシングは片目を閉じて笑って見せた。
「心配すんな。アーズス。復讐と書いて返り討ちって読むだろう?」
向日葵の傭兵団長は、そう言い残し鼻歌を歌いながら自分の仲間達の元へ歩いていった。歴戦の強者が数多く在席するこの傭兵団を加え、総兵力一万七千の連合軍は行軍を開始した。
目指すはネウトス邪神教団の大司教。バリーザンの座す居城だった。
······七月下旬の水曜日。あかねは紺の制服を着たまま、ある施設を訪れていた。あかねは今日この日。生まれて初めて学校をさぼってしまった。
勉強は苦手だったあかねだったが、小学生の頃から今に至るまで学校を一日とて休んだ事は無かった。
意を決したとは言え、その罪悪感は想像していたよりも重くあかねの心にのしかかって来た。
だが仕方無かった。あかねの想像した事が当たっていたら、今目の前にある児童養護施設には岡山翔平が生活しているのだ。
学校が休みの日に訪れたら、岡山翔平にばったり会ってしまう可能性があった。その為、平日を選ぶしかあかねには選択肢は無かった。
あかねは頑丈そうな門扉の横に備え付けられているインターホンを押し、来訪の目的を伝えた。
インターホンに出た職員が待つようにあかねに言われたあかねは、その間深呼吸しながらその時を待った。
すると、門扉のオートロックの鍵が解除された。あかねは覚悟を決め、施設の敷地内に足を踏み入れる。
児童養護施設は三階建のコンクリート造りだった。敷地内には運動できる広場もあり、花壇も綺麗に整備されていた。
一階の受付に通されたあかねは、ソファーで待つように女性の職員に言われた。そして
、程なくしてあかねの前に五十代前半の女性が現れた。
「······まあ。貴方はあかねちゃん?麻丘あかねちゃんなの?」
エプロン姿の女性職員は、両手で口を押さえながら感嘆の声を上げた。
「はい。私は麻丘あかねです。十六年前、ここの施設で生活していた東海正晴さんに命を救われた者です」
あかねは勇気を奮い起こし、女性職員の目を真っ直ぐに見つめた。あかねは両親に東海正晴の生活していた児童養護施設の場所を聞いた。
だが、本当は聞くまでも無かった。あかねの生活するこの街の周辺には、一つしか児童養護施設は無かったからだ。
そして岡山翔平や東海ゆみも、高い確率でこの施設で生活していると思われた。
「······そう。ゆみちゃんに会ったのね」
柿生冴子と名乗ったその女性職員は、あかねの説明に感慨深けに呟いた。
「あかねちゃんの想像通りよ。東海ゆみは、貴方の命を救った東海正晴の妹よ」
柿生冴子の説明に、あかねの心臓が激しく揺れ動いた。あかね自身が想像していた事とは言え、他の人から確証を得るとその実感はとてつもなく大きかった。
「本当はね。こう言う情報は喋ってはいけない規則なの。でもね。あかねちゃんなら話していいと思うわ。だって。あんな事があったんだもの。正晴君が十六歳。ゆみちゃんがまだゼロ歳。二人がこの施設に入った歳よ。随分と歳が離れた兄妹だったわ」
十六年前の事を思い出したのか、柿生冴子の表情はどこか懐かしそうだった。
「あ、あの。東海正晴さんは、どんな人でしたか?」
あかねはソファーに座りながも、気が早ったせいか前傾姿勢になる。
「······そうねえ。とても物静かな子だったわ
。妹とのゆみちゃん以外の人達とは余りか関わろうとせず、いつも一人でいる様な子だった」
慎重に。そして言葉を選びながら、柿生冴子は過去の記憶を掘り起こしていた。
「東海正晴さんに、岡山翔平君は凄く似ていると思いませんか?」
あかねはまだ自分の中で完全に整理されていない考えの断片を言葉に出した。柿生冴子は驚いた表情の後に、少し困った様に苦笑した。
太陽が丁度頭上に昇った頃、あかねは児童養護施設の門に立っていた。岡山翔平が暮らすこの建物を今一度眺め、あかねは歩き出す
。
『······何で私はこんな事をしているのかしら。何であんな事を聞いてしまったのかしら』
あかねは俯きながら、自分の行動が自分でもわかり兼ねていた。結局、柿生冴子は岡山翔平の事までは教えてくれなかった。
何故自分は東海正晴と岡山翔平に共通点を見出そうとするのか。例え似ていたからと言ってそれが何だと言うのか。
「······右目下のホクロ」
あかねは無意識の内に呟いた。夢の中のアーズス。命を救ってくれた東海正晴。恋心を抱く岡山翔平。
三人に共通している目の下のホクロ。あかねは自分自身の考えに戸惑う。何故自分はこの三人に惹かれているのか。
そして東海正晴と岡山翔平を何故結びつけようとしているのか。
「······結びつける?何で?正晴さんも岡山君も、別の人間じゃない。そんな事をして何になるの?」
あかねは更に混乱し、自分の思考について行けなかった。だが、最近見る夢に妙に現実
感を感じる事。
その夢が日ごとにあかねの背後に迫って来るような感覚。それが、あかねを急かし駆り立てる。
何に焦らされているのか。その原因すら明確にあかねには分からなかった。
『······あの夢。まるで本当にあった過去の出来事みたい』
それは、考えを重ねた上での考えでは無かった。たまたま溢れたその言葉に、あかねは凍りつく。
『······過去?』
あかねの横から、幼稚園帰りの園児達が走り抜けて行った。自分の前を走って行く園児達を見つめながら、あかねは何故か先を行く園児達を未来と連想し。今ここで立ち止まっている自分を過去と置き換えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます