第15話 背後から近づく夢

 丘の上から沈みゆく夕陽を眺めながら、ロシーラは傾斜した土手に座り、これ迄起きた過去の事を考えていた。


 アーズスと出会ってからの日々は、ロシーラにとって人生で一番騒々しい期間となった


 追手を次々と差し向けるバリーザンからの逃走の中で、ロシーラは様々な事を経験した


 高い税収に苦しむ貧しい村を見た。この国の王は、民衆達から余り好かれて無い事を知った。


 皮肉にも、この国の半分を支配するに至ったバリーザンを救いの神と崇める者達もいた


 ある山では盗賊に襲われた。その盗賊達は

、全員女の盗賊団だった。女盗賊団の首領は

、色んな事情を抱えた女達を受け入れる組織が必要と考え、盗賊団を作ったと言う。


 アーズスとロシーラは何故かその女盗賊団達と協力し、山に巣食う魔物退治を行う事となった。


 山を降りた川辺で、倒れている他国の王女を助けた事があった。政争の渦中にあった王女を手助けし、危うくアーズスは王女の婿にされる所だった。


 この世界に存在する魔物は、バタブシャーン一族と呼ばれる者達が魔力で造っている。その一族から一体の飛竜を買い取り、その背に乗り空を飛んだ。


 飛竜から見た空は青く。澄み渡っていた。


 ロシーラは思う。アーズスは自分に多くの世界を見せてくれた。こらからも自分はアーズスとずっと一緒にいる。


 ロシーラはそう信じて疑わなかった。


「物思いにでも耽っているのか。巫女の娘」


 野太い声により、ロシーラの思考は中断された。後ろを振り返ると、巨漢の男が立っていた。


「マキシム親分。交渉から帰って来たんですか?」


 ロシーラはマキシム盗賊団の首領に返答する。マキシムは髭を掻きながら頷く。


「九つの盗賊団と話をつけた。バリーザンの持つ財宝を山分けする事で連中は納得したぞ


 マキシムがもたらした朗報に、ロシーラは立ち上がり狂喜した。これでバリーザンの勢力と戦える組織が誕生したのだ。


「娘。お前に酒飲み勝負で負けた代償はこれで果たした。文句は無いな?」


 苦々しく言い放つマキシムに、ロシーラは途端に不安げな表情になる。ロシーラはマキシムに未来の予言を与えると約束していたのだった。


「娘。あからさまに不安そうな顔をするな。

お前の予言は無自覚の内にされる物だとアーズスとやらに聞いている。今すぐに俺の未来を予言しろとは言わん」


 ロシーラはアーズスに心から感謝し。文字通り胸を撫で下ろした。


「それにな。未来を知る事が必ずしも良いとは限らんからな」


 マキシムはそう言って立ち去った。首領のその言葉が、何故かロシーラの頭の片隅に残り続けた。


「ロシーラ!!」


 マキシムと共に交渉に旅立っていたアーズスが、ロシーラの前に姿を現した。アーズスは長い脚を動かしロシーラの元へ駆け出す。


「アーズス!お帰りなさい!」


 アーズスの凛々しい顔を見た瞬間、ロシーラの抱える不安や疑問は全て消し飛ぶ。ロシーラは斜面を駆け下り、アーズスと抱き合った。


 若い恋人同士が抱擁する光景を、マキシムは懐かしそうな目で一瞬だけ見た。


「······未来を見通す力か」


 マキシムは小さくそう呟くと、戦の準備をする為に根城に戻って行った。



 



 ······午前七時半の抱擁。麻丘あかねの頭の中で、そんな言葉が浮かんで弾けた。朝の通学路で、あかねは岡山翔平に抱きしめられた


 翔平の身体の匂いが、あかねの鼻孔を刺激する。そしてその刺激が、衣服越しに翔平の体温すらあかねに感じさせた。


 それは、一瞬とも永遠とも感じるひとときだった。そして、その時間は突然終わりを告げる。


 岡山翔平は自失を取り戻したかの如く、あかねの両肩を掴み乱暴に自分の身体から引き離した。


 あかねが見た翔平は、息を切らし汗を流していた。それはあかねが初めて見る翔平の動揺した表情だった。


「······す、すいませんでした。麻丘先輩」


 翔平はそう言うと、その場から走り立ち去った。翔平の後ろ姿を呆然と見送りながら、あかねはその場に座り込んでしまった。


 突然の抱擁と謝罪。翔平の言動をどう受けとめていいか分からないあかねは、翔平が残した匂いに鼓動を早めながら混乱していた。


「······あんた。もしかして翔平の彼女なの

?」


 その恨めしそうな声に、あかねは我を取り戻し振り返った。あかねの視線の先に、先程のおさげの少女が立っていた。


 その細身の体を軽そうに動かし、少女はあかねの前に走っで来た。


「ねえ。どうなの?彼女なの?」


 地べたに座るあかねと見下ろす少女の視線は、斜めの角度で交錯していた。あかねは慌てて首を横に振る。


「ち、違うよ!私は岡山君と部活が同じだけ

。か、彼女なんて、とんでもない!」


 初対面の少女相手に必死に言い訳をするあかねは、我ながら余りにも滑稽だと内心で自虐していた。


「ふーん。違うんだ。私は将来、翔平と結婚するんだから。手を出さないでね」


 少女はあかねを睨みながら釘を刺す。このおさげの少女は、翔平と同じ施設で生活している事をあかねは思い出した。


「お、岡山君って格好いいもんね。施設でも人気があるの?」


 少女に質問したと同時に、あかねは激しい自己嫌悪に陥った。少女を通じて岡山翔平の情報を得ようとしている自分は、なんと卑しいのかと。


「無いよ。翔平って施設の誰とも仲良くしないもん。いつも一人。皆言っている。アイツ無愛想だって」


 少女の説明を、あかねは口を開けて聞いていた。では翔平の少女に対するあの優しげな態度は何だったのか。


「私。施設の裏庭に良く来る野良猫に餌をあげていたの。ある日餌を持って行ったら、翔平も猫に餌をあげていたの」


 少女は、それをきっかけに翔平と仲良くなったと言う。


「翔平って本当は優しいのに。わざと皆と仲良くしないでいるように見えるのよね」


「······わざと?」


 少女の語る岡山翔平像に、あかねは大きな疑問が生じた。故意に周囲の人を遠ざけ、孤独でいるのは何故か。


 あかねは少女に翔平の両親の事も聞きたかっが、人のプライバシーを覗く行為は、これ以上は流石にはばかられた。


「······私。麻丘あかね。あなたのお名前は?


 あかねは弱々しくも微笑み、少女に優しく問いかけた。


「ゆみ。東海ゆみ」


「······とうかい。東海?」


 その聞き覚えのある名字に、あかねは一瞬凍りついた。あかねは自分の後ろから何かが迫って来る感覚に襲われた。


 点と線が繋がり、大きな真実がその全体像の一部をあかねに露出していた。だが。この時のあかねは、その真実からはまだ遠い場所に立っていた。

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