第14話 恋と言う名の我欲

 邪神教団ネウトス。その大司教であるバリーザンは不機嫌だった。玉座に座るバリーザンの前に、全身に黒い甲冑を纏った騎士が三人跪いていた。


 バリーザンは金色の前髪を掻き上げ三人を睨みつける。


「私の自慢の五鬼将が二人も倒されるとはな

。しかも巫女の娘も逃がす始末。そなたらの名声は地に落ちたぞ」


 バリーザンは叱責と苛立ちを混ぜた言葉を吐き捨てた。五人から三人になってしまった五鬼将の生き残りは、ひたすら黙して頭を垂れている。


 あの林の追撃戦で五鬼将の二人。バニクトとラプンツはアーズス達に倒され、逃走を許してしまった。


 バリーザンが言う様に、この失態で五鬼将の評判は首都の民衆の中で散々だった。跪く三人の内の一人が立ち上がった。


 長身体躯。四十代前半の黒髪の男は、頬に大きな刀傷があった。そして重々しく口を開く。


「バリーザン様。今一度我らに機会をお与え下さい。今度事を仕損じた時は、我ら全員のこの命で贖いますゆえ」


 男の名はジアトル。五鬼将の筆頭であるジアトルは、冷徹な両目に決意を滲ませ主君に向ける。


「アーズスに刻まれたその頬の傷が疼くか。ジアトルよ。良かろう。その覚悟があるのなら汚名をそそぐ機会をやろう。アーズスなる者達は盗賊共を使って我等に挑んで来る様だ。近々奴等との戦があるだろう。その時を待て」


「はっ!!」


 バリーザンの命令に、ジアトル達は敬礼しながら答える。ジアトルの脳裏には、復讐すべきアーズスの姿が映し出されていた。



 



 ······ベットから起きた十七歳の女子高生は

、寝癖がついた後ろ髪を手で触りながら呆けていた。


『何だか夢の世界が慌ただしくなって来たわ

。決戦近し。って所かな?悪者を倒してアーズスとロシーラが結ばれ、めでたしめでたしで終わるといいな』


 麻丘あかねは夢の感想を頭の中で呟きながら、奇妙な違和感を覚えていた。最近の見る夢は妙に現実感があるのだ。


 それはまるで本当に自分が夢の中いる感覚であり、既視感でもあった。その感じ方は、夢を見る度に強くなっていく気がしていた。


「······何か。ちょっと。怖いな」


 あかねは寝ぼけ眼で無自覚にそう言った。

現実世界とは異なる異世界。自分はその世界でロシーラとして生きている。


 その夢にあかねは心を踊らせたが、その夢の世界が少しずつ自分に迫って来ている。あかねはそんな感覚に陥っていた。


 あかねは二階の部屋から一階に降り、和室にある仏壇の前に正座する。仏壇には、今日も東海正晴が写真の中で照れ笑いをしていた


 正晴は自分の身を犠牲にして一歳のあかねを救ってくれた。何故、正晴は見ず知らずの他人にそんな事が出来たのか。


『······何故ですか?正晴さん?何で私を助けてくれたの?そのせいで、正晴さんは死んでしまったのよ?』


 あかねは物心つく頃に、両親から正晴の事をよく言い聞かせられた。幼いあかねにとって、正晴は親から教えられる神様の様な存在だった。


 それは、いつも自分の身近にいる。いつも自分を見守ってくれている。あかねにとって正晴はそんな存在だった。


「······あかね?どうしたのあかね?何で泣いているの?」


 母の早苗に声をかけられ、あかねは振り向いた。その時、あかねは自分が涙を流している事に初めて気づいた。


 学校に向かう通学路で、あかねは悶々としていた。夢の中でアーズスにときめき。仏壇の前で東海正晴の写真を見て鼓動が高鳴り。


 そして最近では一つ年下の後輩、岡山翔平の事ばかり考えてしまう。そんな自分に、あかねは激しく自己嫌悪していた。


 アーズス。東海正晴。岡山翔平。三人の共通点は右目の下のホクロだった。あかねは目の下にホクロがある男性に弱いのだと必死に自己分析した。


 だが、超人気アイドルグループの一番人気の少年にも右目の下にホクロがあったが、あかねは少年に何も感じなかった。


 一縷の希望であった「右目下にホクロがある男子にてきめんに弱い私」説は破綻し「いよいよ自分は節操の無い女子」説が有力になって来たあかねは、心底自分が嫌になって来た。


 そして、あかねは前方を歩く岡山翔平の姿を発見してしまった。翔平の後ろ姿を見るだけで、あかねは胸が苦しくなる。


 さりげなく。かつ自然に翔平の横に並ぶべく、あかねは翔平の背後に忍びよる。そしてそのタイミングを伺った。


 その時、前方に全神経を集中させていたあかね横を、同い年に見える少女が走り抜けて行った。


「翔平!行ってきます!」


 細身で手足の長いおさげの少女は、明るく元気に翔平に声をかけた。


「行ってらっしゃい。車に気をつけろよ。白線の前では必ず止まって左右を見るんだぞ」


 翔平は微笑みながら少女に手を振る。少女は「いつまでも子供扱いしないで」と言い残し他の同級生と一緒に走って行く。


 目の前の出来事に呆然とするあかねに翔平は気づき、後ろを振り返った。期せず翔平と並び歩く事が叶ったあかねだったが、二人に気まずい沈黙が流れる。


「······さっきの娘は同じ施設の子です」


 ポツリと翔平が状況説明を口にした。予想通りの翔平の言葉に、あかねは何と返していいか分からなかった。


『······どうしよう?岡山君のご両親の事とか聞いてもいいのかな?でも「先輩には関係無い事です」とか言われたらどうしよう?そんな事言われたら一週間くらい立ち直れないわ

。でも聞きたい。岡山君の事が知りたい」


 あかねは、自分の中で歯止めが効かない欲望が急速に育っている事に気付いた。それは恋と言う名の我欲だった。


 あかねはその我欲を必死に押さえつけたが

、我欲はその抑止を払い除け意思を持った様にあかねの口を支配する。そして、欲望のままに翔平に問いかけようとする。


「わ、私!高校生になってから変な夢をよく見るの!!」


 決壊する我欲の言葉を、あかねは寸前で食い止めた。だが、その代償にあかねはよくも考えずに適当な話題を喋ってしまった。


「そ、その夢ではね!私はロシーラって言う未来を見通す力を持った女の子なの!それで恋人はアーズスって言う名の凄く格好いい騎士なんだ!!」


 後戻り出来無い取り繕った言葉に、あかねは心の中で固まってしまった。


『······何を言っているの私?岡山君に夢の話をして何になる訳?もう駄目よ。私もう駄目

。岡山君に「コイツ変な女」の烙印を間違いなく押されたわ。もう絶対に嫌われたわ』


 絶望感に覆われたあかねは、両目に涙を溜めていた。恐る恐る翔平を見ると、翔平は両目を見開きあかねを見つめていた。


 それは真剣とも。悲しそうとも取れる表情だった。


「······岡山く······」


 翔平の名を呼ぼうとしたあかねの言葉は途中で途切れた。翔平はあかねの身体を引き寄せ、自分の胸に抱きしめた。




 





 

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