第13話 時間か。物欲か

 迷路の様な地形の林の中で、バリーザン配下の五鬼将達はそれぞれ孤立していた。五鬼将の一人、バニクトがアーズスに倒された事など他の四人は知らず、ひたすら標的のアーズスとロシーラを追跡していた。


 その五鬼将の一人。ラプンツは頭上から奇妙な雑音を耳にした。


「暗闇から~日の光を探し求め~」


 ラプンツは兜越しにその雑音を聞き、自らの聴覚を疑った。この酷いダミ声を発している者は、まさか歌を歌っているつもりなのかと。


「健気に顔を見上げる~向日葵の様に~」


 恐ろしい程の音痴を撒き散らすその男は、大木の枝から飛び降りラプンツの前に立った。ラプンツは目の前の男を見ながら、質の悪い二日酔いになった気分だった。


「よう。五鬼将さん。俺の名はキッシング。

陽気で名高い「向日葵の傭兵団」の団長だ。アーズスは俺の傭兵団の一員でな。仲間の為にひと肌脱いでいる所だ」


 頭を丸く刈り込んだ金髪の大男は、酒場で顔見知りに挨拶をするかの様な口調で五鬼将の一人に自己紹介をする。


 「向日葵の傭兵団」は半月前、バリーザンの居城に侵入し、人柱のロシーラを奪還される要因を作った集団だった。


 そのメンバー達には、バリーザンから漏れなく抹殺命令が出ていた。


「なる程な。貴様があのクズ傭兵団の団長か

。通りで声も酷い訳か。さっきの騒音は何だ?まさか歌のつもりだったのか?」


 ラプンツの挑発めいた言葉に、キッシングは大真面目な表情で返答する。


「おい。五鬼将。お前さんは二つ間違っているぞ。先ず俺の傭兵団の名は「向日葵」だ。そしてさっき俺が口ずさんだのは、傭兵団を讃えた歌。その名も「向日葵の歌」だ。良い歌だろう?感動しただろう?」


 同意を求めるキッシングの問いかけは、ラプンツの凄まじい斬撃で報われた。キッシングはその一撃を大剣で弾き返す。


「クズ傭兵団の団長よ。お前には名を考える感性と歌声に埋めようが無い欠落がある様だな。傭兵団の配下達もさぞ迷惑を被っている事だろうよ!!」


 二メートル近い身長があるキッシングに対して、ラプンツはほぼ同じ体格だった。大男達の重く、鋭い斬撃が重なり合いその金属音が林に響く。


「おい。フレソン。傭兵団の連中は俺の歌声を嫌がって無いよな?そうだよな?」


 キッシングが緊張感の無い声色で、後ろに立つ細身の副団長に質問する。


「返答は差し控えさせて貰いましょうか。キッシング団長。そんな事より目の前の敵に集中して下さい」


 フレソンは黒い長髪を掻き上げ、ため息をつきながら団長に忠告する。その顔は、女と見間違う程秀麗だった。


「心配すんな。フレソン。コイツの剣筋は見切った。次の一撃でケリがつく」


 キッシングが鼻の下の髭を撫でながら、悪名高き五鬼将の一人に勝利宣言を口にした。


「······少しばかり私の剣術に対抗しただけで自惚れおって!!」


 自尊心を煽られたラプンツは、左腕をキッシングに向けて伸ばす。すると、その手から巨大な火球が飛び出した。


「へえ?お前さん。呪文も使えるのかい?」


 物珍しそうにキッシングはそう言うと、巨漢らしからぬ身軽さで木の上に登って行く。火球は木の根本に当たり、あっと言う間に木を燃やして行く。


「ほー。こりゃあ。凄い威力だな」


 キッシングは呑気に木の枝にぶら下がりながら足元の燃える木を眺める。


「そのまま猿の様に枝に掴まっていろ。今止めを差してやる」


 ラプンツは再び左腕をキッシングに向けて伸ばす。その時、ラプンツは背中に熱を感じた。熱は一瞬で全身を覆う痛覚に変化する。

 

 ラプンツは気配を感じさせず、自分の背中を切り裂いた者を見て驚愕する。その者は、黒髪の前髪から鋭い両目を覗かせていた。


「······何?馬鹿な。貴様はあのクズ団長の側に居た筈だ」


 震える両足を辛うじて支えながら、ラプンツは自分の背中をを斬った副団長のフレソンを凝視する。だが、そのフレソンはキッシングのすぐ近くに立っていた。


「そいつはこのフレソンの妹。フレソルだ。顔も名前もそっくりだろう?俺でも見分けつかねえ時があるからな。ああ。妹の方は暗殺の技術がピカイチでなあ」


 枝に掴まりながら説明するキッシングに、副団長のブレソンが声をかける。


「キッシング団長。何時まで説明を続けるんですか。奴はもう死んでますよ」


 フレソンの言葉に、キッシングは面白くも無さそうに「ああ。そうか」と返した。五鬼将の一人ラプンツは、向日葵の傭兵団の手によって倒された。



 


 ······放課後の農業研究会の議論は白熱していた。麻丘あかねは、一人その議論に置いてきぼりにされている気分だった。


 長時間労働と自由な時間。二者択一を迫られた時、あかねは自分ならどうするか思案する。


『一日中働いて帰ったら寝るだけ。確かにそんな毎日は辛そう。でも、自由な時間を得る変わりに収入が少なくて大丈夫なのかな?私なんか絶対に老後とか不安になりそう』


 荒島亮太から見たあかねは、分かりやすく悩んでいる様子だった。そんなあかねに、亮太は微笑しながら話しかける。


「麻丘さん。俺達が目指す道を実践している丸尾さんが言ってたんだ。日々の時間に余裕が出来ると、心にも余裕が持てるって」


 亮太の言葉に、あかねはまだよく分からないと言った表情だった。亮太は続ける。


「丸尾さんはサラリーマンだった頃、毎日忙しく過ごしていた。道の途中で困っている人を見かけても、通勤途中だからと無視していた。でも今は違う。丸尾さんは農家のアルバイトに遅刻しても、困っている人を見たら助けるそうだよ」


 あかねは丸尾の弛緩したあの笑い顔。思い出す。あかねは自分に丸尾と同じ事が出来るかどうか疑問だった。


 誰か他の人が助けるだろう。そう自分に言い訳をして困っている人を見過ごすのではないのだろうか。


 あかねは自分がそうするだろうと半ば確信して落ち込む。そしてどうしても分からない事があった。


 あかねはまだ学生の身であり、労働の過酷さが全く理解出来ていない。学生であるのは

、桃塚ひよみ達も同様だ。


 何故ひよみ達は、まだ就職もしていない学生でありながらこんな議論や活動をしているのか。あかねはその疑問を素直に聞いてみた


「······家の両親は共働きでね。父が営業職なんだけど、キツい営業ノルマに鬱病になってしまったの」


 ひよみは美しい顔に陰を落とし、自分がこの部活を始めた理由を語った。


「俺の家は母親なんだ。看護師は激務で、長年の無理が祟って体を壊してしまったんだ」


 荒島亮太もひよみと似たような家庭環境だったらしく、親の辛い姿を見てこの社会システムに疑問を抱いたと言う。


 あかねは岡山翔平に視線を移したが、翔平は無言のまま何も語らなかった。その後、ひよみと亮太は農家に借りている田んぼに向かい、あかねと翔平は校内の畑の手入れをひよみから頼まれた。


 渡り廊下を翔平と一緒に歩きながら、あかねは何か話題は無いかと頭をひねる。


「お、岡山君の家も両親は共働きなの?」


 そして両親共に日々の労働に疲れ切っている。だがら翔平は社会システムに疑問を持ちこの部活に入った。あかねはそう予想した。


「僕には親はいません」


「あ。そ。そうなんだ」


 翔平の言葉の意味もよく考えず、あかねは愛想笑いをした。そして、翔平の口にした内容を頭が理解する。


「······え?親がいない?」


 廊下で立ち止まったあかねは、よく考えもせずに思った疑問を口にした。


「はい。僕は施設で生活しています」


 それは淡々とした声だった。岡山翔平は立ちすくんだあかねを置き去りにして、渡り廊下を歩いて行った。



 

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