第11話 革命討論会

 新月の夜の下で、アーズスとロシーラは並んで空を見上げていた。夏の盛りを過ぎた夜の空気は身体に心地良く、二人はこの時間を味わうように口数が少なかった。


 ロシーラはマキシムとの飲み比べ勝負に見事勝利し、巨漢の首領は渋々負けを認めた。

アーズス達に協力する事を約束し、他の盗賊団と連合軍を作る為にマキシムは奔走する事となった。

 

「······ねえ。アーズス。私は無意識の内に予言を口にすると言うけど、貴方の事も予言したりするの?」


 岩肌の上に置くロシーラの手は、あと少しで隣に座るアーズスの手に触れそうな距離にあった。


 ロシーラはその僅かな距離を歯がゆく思いながら、以前から疑問に思っていた事を口にする。


 ロシーラは視線をアーズスの手から顔に移すと、愛しの騎士は両目を見開き石像の様に固まっていた。


「······アーズス?どうしたの?ねえ?」


 無自覚に内にロシーラに予言された未来をアーズスが耳にし事など、黄色い髪の巫女には知りようも無かった。


 ロシーラの右手は、自然とアーズスの頬に当てられた。すると、アーズスはロシーラの右手を掴み、そのままロシーラを抱き締めた


「······ロシーラ。君が好きだ。初めて会った時からずっと」


 突然の月夜の下での告白に、ロシーラの頭の中は真っ白になった。アーズスへの小さな疑問など瞬く間に四散した。


「······私も。貴方が好きよ。アーズス」


 ロシーラは細い両腕でアーズスの背中を抱く。意中の相手からの告白に、ロシーラは言葉に表せない幸福感に浸っていた。


「······ずっと。ずっと私の側にいて。アーズス」


 互いの鼻が触れ合う距離で見つめあいながら、ロシーラは想い人に想いを伝える。


「······ああ。ロシーラ。ずっと一緒だ」


 アーズスはそう言うと、ロシーラの唇に自らの唇を重ねた。幸せで胸が一杯のロシーラ

は、この時見誤っていた。


 アーズスの瞳は確かにこの時揺れていた。ロシーラはそれを、アーズスの感情が高ぶっているからだと感じていた。


 だが、それはアーズスの悲痛な思いが瞳に影を落としていたと言う事実に、ロシーラは気付く事が出来なかった。


 

 


 ······七月も中旬になり、近づく夏休みに呼応する様に、夏らしく気温の高い陽気が続いていた。女子高生、麻丘あかねは朝から気分が良かった。


 夢の中の自分が、ついに愛しの騎士と両想いになれたのだ。夢の中の出来事の筈だが、あかねの唇には何故かアーズスの感触が残っていた。


 あかねは人差し指を自分の薄い口に当て思案する。


『······これは感触と言うより。遥か遠い昔の記憶?』


 夢から何故、記憶と言う言葉が自分の口から溢れたのか。あかねは自分でも理解出来なかった。


 ともかくご機嫌のあかねは、嫌で嫌で仕方ない期末テストもその気分の勢いで乗り切った。


 結果の事など、テストが終わった瞬間忘却の彼方に放り投げ、あかねは農業研究会の部室を訪れるべく教室を出た。


 そのあかねの後ろ姿を、クラスメイトの荒島亮太が見送っていた。亮太は考える。自分は何故、麻丘あかねを目で追ってしまうのかと。


 亮太は何度も自問自答したが、返ってくる答えはいつも一つだった。自分はどうやら麻丘あかねに好意を持っているらしい。


 亮太はそう認めざるお得なかった。あかねと同じ部活に所属する以前にも、亮太は何となくあかねにシンパシーを感じていた。


 大人しくて人付き合いが苦手。亮太は麻丘あかねは、自分と似た人種だと感じていた。


 あかねが農業研究会に入部し、会話を共にするようになってから亮太の気持ちに変化が生じた。


 麻丘あかねは、考えている事が極端に表情に出る女の子だった。傍から見ていてこれ程分かりやすい人はいないと当初は物珍しく思っていた亮太だが、それは正直な性格だからと思う様になった。


 そして、亮太が自分の想いに気付く決定的な存在は岡山翔平だった。最近のあかねが翔太を見る目は、正に恋する少女だった。


 岡山翔平は伸ばした前髪で表情が伺いにくいが、端正な顔つきだった。外見一つとっても、平凡な自分の容姿より遥かに女子に好意を持たれるだろうと亮太は思っていた。


 翔平の言動に一喜一憂するあかねのその姿は、見る側にとっては苦笑してしまう光景だった。だが、あかねに片思いする亮太には酷な日々だった。


 それでも。亮太は今日も部室に足を運ぶ。

そこにあかねが居るなら。やはり亮太はあかねの側に居たかった。


「あ。来たわね。荒島君。さあ。全員揃った所で討論会をするわよ」


 亮太が部室に入ると、テーブルには既に他の部員が座っていた。亮太が椅子に座ると、岡山翔平が紙コップに入った烏龍茶を亮太の前に置いた。


「ありがとう。岡山君」


 亮太が笑顔で翔平にお礼を言う光景を、あかねは顔をしかめて見ていた。来客にお茶を出す。


 亮太は部員であって客では無いが、そういう仕事は率先して新人の自分がやるべきでは

無いのか。


 あかねは自分の気の利かなさにが嫌になった。そして自分が気が利く所を翔平に見せたかったという計算をしていた自分に、更に自己嫌悪する。


 あかねがそんな事を考えているのでは無いか。と、亮太はあかねの落ち込んだ表情を見て推測していた。


 分かりやすい娘だな。と、亮太は内心で苦笑していた。すると、桃塚ひよみがテーブルの上に新聞を置いた。


「皆これを見て。これは、ある大手飲食店の

倒産の記事よ。これについて皆で討論しましょう」


 記事に乗っていたその飲食店は、誰でも知っている大手チェーン店だった。


「······これは大変ですね。一体どれだけの失業者が出るのか」


 亮太が新聞を手に持ち、記事の概要に目を通す。


「雇い主都合の解雇は直ぐに失業保険が出るから、当面は授業員達の生活は大丈夫よ。でもね、これも見て欲しいの」


 ひよみはそう言うと、切り抜いた新聞の記事をテーブルに置いた。そこには、個人の貯蓄データが書かれていた。


 もし今失業したら。貯蓄で何ヶ月生活できるか。


「この記事によると約二ヶ月。逆に言うと、二ヶ月生活出来る貯蓄しか皆出来ていない。と言う事よ」


 ひよみの真剣な口調に、あかねは慌てて亮太に追随して記事に目を移す。二ヶ月の間に再就職するしか無い。あかねは単純にそう考えていた。


「······僕達が生まれる前から世は不況と言われています。月の給料で生活するのがやっとで、皆貯蓄に回す余裕が無いと言う事ですね


 岡山翔平が長い前髪で隠れそうななっている両目で桃塚ひよみを見る。超絶美女は力強く頷いた。


「そうよ。国への不満。世の中の好不況。個人レベルでは何も出来ないわ。だからこそ。私達革命同好会の行動に意義があるのよ!」


 ひよみは力強く断言した。亮太と翔平が頷く。あかねは不安気に三人を交互に見る。農業研究会は、改めてその存在意義を討論する事となった。


  

 

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