第10話 恋心

 マキシム盗賊団の首領の部屋では、異様な酒気が充満していた。巨漢の男と小柄な黄色い髪の娘が並んで座り、手にした大盃を口に運んで行く。


「お、おい。これでもう何十杯目だ?」


「二十から数えてねぇよ。あの黄色い髪の小娘。マキシム親分と互角に張ってるぜ?」


「親分は大丈夫か?さっきから随分顔色が悪いぜ?」


 マキシムの手下の荒くれ者達が、ロシーラの飲みっぷりに驚嘆していた。アーズスとロッサムもそれは同様であり、ロシーラの大盃を飲む姿に、ただ呆然としていた。


「······おい。小娘。余り無理をすると身体が保たんぞ?」


 大盃を苦しそうに飲み干したマキシムは、酔いの回りきった両目でロシーラを睨む。


「······それは自分自身に言っているの?盗賊の親分さん?いちいち大盃で飲むなんて拉致があかないわ。直接大樽を飲んで勝負を決めましょう」


 ロシーラは据わった両目でマキシムを睨むと、脇に置いてあった酒樽を持ち上げた。


「お、お前。正気か?小娘!?その酒樽には大盃の何十倍の量が入っているのだぞ!?」


 一瞬酔いが醒めた様に、マキシムは両目を見開きロシーラの暴挙を非難する。


「あら?怖気づいたの?勝負を受けないなら貴方の負けよ。さあ。どうするの?するの?しないの!?さっさと決めなさい!!」


 ロシーラに一喝され、マキシムは歯ぎしりをしながら立ち上がる。そして酒樽を持ち

、ロシーラと同時に飲み始めた。


 勝負は直ぐに決せられた。マキシムは酒樽を半分程飲んだ所で、意識を失い背中から倒れた。


 その光景を、この部屋に居合わせた者達は絶句して凝視する。そして尚飲み続けるロシーラは、とうとう空になった酒樽の底を片目で覗いた。


「······無くなっちゃった。お替りある?」


 ロシーラのその言葉は、勝利宣言となった

。アーズスは全身から酒気の匂いを漂わせるロシーラを抱き締めた。


「ロシーラ!君は最高だ!!これでこの国の歴史が変わるぞ!」


 絶叫するアーズスの凛々しい顔を至近に見ながら、ロシーラは酔った頭で幸せな気分に浸っていた。


 




 ······夕暮れ時、あかねはベットの上で目を覚ました。薄目で机の上の時計を見ると、昼寝にしては大分寝てしまった事に気づく。


 夢の中の自分。あかねはロシーラの幸せな気分とは真逆だった。


「······一人でドキドキして。盛り上がって。へこんで。私馬鹿みたい」


 窓から見える夕焼けを眺めながら、あかねは今日の出来事を反芻していた。店の前で岡山翔平に帰られ泣いていた所を、クラスメイトの荒島亮太に声をかけられた。


 あかねと亮太は近くのベンチに座り、亮太は無言であかねが泣き止むまで側にいた。あかねが落ち着きを見せると、亮太はポケットティッシュをあかねに手渡し去って行った。


 亮太のその不器用とも見える行為に、あかねは少し救われた思いだった。話しかけられたくない。


 だが、一人でいるのは寂しい。あの時のあかねは、正にそんな気分だった。


「······部活。辞めようかな」


 あかねはポツリと部屋の中で呟く。これから岡山翔平とどんな顔をして会えばいいのか

、あかねにはまるで分からなかった。


 週が明けた月曜日。あかねは部活を辞める事を決意していた。それを告げる為に、緊張しながら農業研究会の部室に入る。


 すると、席には桃塚ひよみ。荒島亮太。そして岡山翔平が既に座っていた。


「麻丘さん!ごめんなさい!」


 開口一番、桃塚ひよみが両手を合わせてあかねに謝罪して来た。要領を得ないあかねは

、目を丸くして荒島亮太を見る。


「······ごめんね。麻丘さん。土曜日。俺と桃塚先輩は麻丘さんと岡山君の後をつけていたんだ」


 亮太の告白にあかねは更に混乱する。何故

。何の為にそんな事をするのか、あかねにはまるで理解出来なかった。


「麻丘さんと岡山君。二人の事が心配だったの」


 超絶美女が落ち込んだ様に俯く。同じ部活内での恋愛は、破局した時に複数の部員を同時に失う危険がある。


「だがら私は部長として、麻丘さんと岡山君の仲が悪くならないか見守る必要があったの

。決して興味本位で後をつけた訳じゃないの


 荒島亮太は、あの時のひよみの生き生きとした様子を思い出していた。興味本位が本当に無かったのか疑問だったが、その事については部内の平和の為に、亮太は自分の心に留める事にした。


 ひよみの謝罪を聞きながら、あかねは超絶美女の心配していた事が的を得ていた事に

怯んでいた。


 翔平との事が原因で、あかねは正にこれから部活を辞めようとしていたのだ。あかねが困惑していると、岡山翔平が席を立った。


「······その。麻丘先輩。僕も言い方が悪かったです。別に先輩を嫌っている訳ではありません。その。これからも同じ部員としてよろしくお願いします」


 翔平はバツが悪そうな表情であかねを見つめる。翔平のその謝罪とも受け取れる言葉に

、あかねの頭の中から退部と言う二文字が一瞬にして消えた。


「こ、こちらこそ。よろしくお願いします」


 あかねは慌てて頭を下げる。その時、複雑そうな顔をしていた荒島亮太に、あかねは気づかなかった。


「よし!カップル成立!じゃ、無かった。仲直り成立よ!これからも四人で仲良く革命を起こしましょう!」


 桃塚ひよみが両手を叩き、この一件についての幕引きを宣言した。翔太の言葉を聞いた時のあかねの安心した表情。


 そのあかねの顔を見た時、荒島亮太は胸に確かな痛みを感じていた。


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