第6話 社会システムから降りた人
豪華な天蓋付きのベットの上に、一人の黄色い髪の女が座っていた。若い女は両手を膝の上に起き、先程から落ち着かない様子でこの部屋の中を歩く男を静かに見つめていた。
「······バリーザン様。落ち着き下さい。七人の人柱が揃ったこのめでたい日に、その様な浮かないお顔を何故されます」
黄色い髪の女の言葉に男は足を止めた。そして詰め寄る様に女の前に迫る。
「ああそうだ。七人全員揃った!シャロム。そなたの予言の力のお陰だ。これで天界人の兵器を甦らせる事が可能だ!!」
バリーザンはシャロムと呼んだ女の顔に、自らの顔を近づけながら叫んだ。息を切らし
、その冷静さを欠いた姿は、バリーザンの普段の沈着さを知っている者なら驚愕しただろう。
「だがな!シャロムよ!七人の人柱は生贄にする必要があるのだ。それはつまり、そなたを殺さなくてはならないという事だ!!」
絶叫するバリーザンの首に、シャロムの細い両腕が優しく回された。両目を閉じ、シャロムは何かを回想する様に呟く。
「······バリーザン様。私をあの娼館から救い出して頂いたご恩。私は片時も忘れておりません。貴方には兵器を使い、世界を変える大望があります。その為なら、私は喜んで命を捧げましょう」
シャロムの穏やかな口調に、バリーザンは苦しそうな表情を浮かべる。
「······ああ。そうだ。私は世界を変える。戦争しか繰り返さない人間や魔族を全て滅ぼす
。そして私の理想郷を作り上げるのだ」
バリーザンは荒々しくシャロムを抱きしめた。
「この地上に生ける全ての者共を生贄にして済むのなら、そうしてやりたい所だ。何故だシャロム。何故そなたは巫女の力を持っていたのだ」
微かに震えるバリーザンの肩に、シャロムは黙して自分の額を預けるだけだった。そんな二人の残された貴重な時間は、突然の叫び声で中断された。
「バリーザン様!申し上げます!「向日葵の傭兵団」がこの城に奇襲をかけて来ました!
!」
部屋の外から聞こえた衛兵の報告に、バリーザンは憤怒の表情を浮かべた。
「······おのれ。ゴロツキ風情共が私達の時間を邪魔しおって」
バリーザンは壁にかけてあった愛用の髑髏の杖を持ち、指揮を取るために部屋を出た。世界の救いようの無い現実を知り、それを変えようとする大司教のその後ろ姿を、シャロムは黙って見つめていた。
「くせ者が!!何が向日葵の傭兵団だ!ふざけた名前を名乗りおって!」
就寝間際に叩き起こされた兵士達は、その原因である侵入者達に怒りの矛先を向ける。
広い渡り廊下で兵士五人に包囲された傭兵団の男は、壁にかけられた太陽のタペストリーを見ていた。
「向日葵の様に。いつも太陽を見上げる事を忘れない。この傭兵団の名に隠された真意だ
。どうだ?いい話たろう?感動するだろう?
んん?」
二メートル近くある身長。急所のみを覆った甲冑。金髪を短く刈り込み、鼻の下には髭を蓄えている。三十代後半見えるその男は、頬に幾つもの刀傷の後があった。
「誰が感動するか阿呆!子供でももっと気の利いた名前をつけるぞ!」
三人の兵士が髭の男に一斉に槍を突き出す
。だが、三本の槍は空を切る。髭の男はその体躯からは想像出来ない身軽さを披露し、兵士達の頭上に跳躍していた。
髭の男が空中で一回転する。そして落下の勢いに乗せて、右手に持った大剣を振り下ろした。
その瞬間、三人の兵士の頭部は同時に切断された。信じられない光景を目の当たりにした残りの二人の兵士は、背後から現れた新手の傭兵に斬られた。
「キッシング団長。続々と兵士達が城に集結しています。陽動は充分でしょう。早い所とんずらしましょう」
細身で秀麗な顔をした若い傭兵が、金髪髭男を諌めるように話しかける。キッシングと呼ばれる男は、指で自らの髭を弄んでいた。
「なあ。フレソン。俺がつけたこの傭兵団の名前。格好いいよな?悪くないよな?」
キッシングはフレソンと呼んだ細身の男に同意を求める。この団長は敵兵に傭兵団の名を貶されたのを気にしている。
フレソンはそう断定した。倍の敵に囲まれてもキッシングは動揺一つ見せないが、傭兵団の名前の事となると神経質になる。
キッシングと長い付き合いのフレソンは、団長の性格を知り抜いていた。
「返答は差し控えさせて貰いましょう。さあ
。行きますよキッシング団長」
先行するフレソンの後ろから、キッシングの「なあ。変じゃないよな?」と言う大声が繰り返し発せられていた。
······急行電車の規則正しい揺れに、麻丘あかねは気持ち良く寝入ってしまっていた。電車が大きく揺れた弾みで目を覚まし、物凄い速さで手のひらを自分の口に当てる。
『セ、セーフ。よだれは出てなかったみたいね。それにしてもあのマッチョな傭兵団長は何者なの?あ。向日葵の傭兵団って確かアーズスが入っていた傭兵団よね。もしかしてロシーラを助けに来たのかな?でも、肝心のアーズスはどうなったの?でも意外だったわ。あの悪者のバリーザンにあんな想い人がいたなんて。あ。もう一度寝れば続きを見れるかな?』
電車の心地良い揺れが、あかねを再び眠りの世界へは誘う。
「麻丘さん。起きてね。次の駅で各駅停車に乗り換えだよ」
隣に坐っていた荒島亮太のその声に、あかねの意識は引き戻された。あかねの前の座席には、桃塚ひよみと岡山翔平が座っている。
土曜日の休日。農業研究会の部員四人は、揃って電車に乗っていた。目的は実際に社会システムから降りた人物に会う事だ。
部長のひよみから、今日は汚れても良い服装で来る様に言われていたあかねは、髪の毛を後ろで縛り、白いパーカーとジーンズ姿だった。
残りの三人は薄茶色の繋ぎの作業着を着ていた。四人は各駅停車に乗り換え、そこから三つ目の駅に降り立った。
電車に乗る事一時間。小さな駅の改札を出ると、西の方角に山が広がっていた。
「目的地はバスが通って無くてね。ここから四十分くらい歩くわよ」
リュックを背負ったひよみが、笑顔で先頭を歩く。繋ぎの作業着をここまで華麗に着こなす女子が存在するのか。
あかねは、ひよみの形のいいお尻を見つめながら後を付いて行く。川沿いをずっと真っ直ぐに進んで右手に曲がった後、急に周囲の緑が増えて来た。
狭い道幅の坂道の先を見上げると、木々に囲まれた入り口が見えた。坂の上を下り切ると、あかねの視界にいくつもの田んぼが広がっていた。
水田から濃い緑色の稲が元気よく伸びていた。あかねの足元の小さい用水路から水が流れる音が聞こえた。
「······田んぼがこんなに沢山。綺麗だな」
駅からかなりの時間を歩いたが、この光景はあかねに疲れを一瞬忘れさせた。そこから獣道の様な場所に入り進むと、古い平屋住宅が見えた。
庭には小さな畑があり、そこから大音量のクラッシク曲が流れていた。開かれたままの玄関の引き戸を素通りし、ひよみは庭に向かった。
「丸尾さん。こんにちわ。聞こえますかー?
」
縁側に座る男に、ひよみは大声で叫ぶ。男はひよみ達に気づき、ラジカセを止めた。
「あれ?ひよみちゃん。亮太君。翔平君も。皆どうしたの?」
高校球児の様な丸刈り。緑のジャージ姿に無精ひげ。痩せ型の四十代前後に見えるその男は、縁側に座りながらひよみ達を笑顔で迎えた。
「昨日メールしたじゃないですか。今日来るって。返信無かったから多分見てないと思ってましたけど」
ひよみはため息混じりに、丸尾と呼んだ男に近づく。
「丸尾さんは携帯電話を持っていないんだ。通信手段はパソコンのメールだけ」
荒島亮太が小声であかねに耳打ちする。この現代の情報化社会で携帯電話を持たない。
その事実一つだけで、あかねは驚愕していた
。
「紹介するわ。麻丘さん。彼が丸尾さん。社会システムから降りた人よ」
ひよみの紹介に、あかねは丸尾を宇宙人を見る様な目で見る。見られた中年に差し掛かった男は、弛緩した表情で笑っていた。
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