第5話 休日の誘い

 ロシーラとアズースは、常にバリーザンの追手から追われる身となった。何故邪神教団から狙われるのか。


 ロシーラは全く見に覚えが無いこの災厄に嘆き悲しんだ。だが、そんなロシーラをアズースは明るい笑顔で励ます。


「······どうしてアズース。何故私を助けてくれるの?」


 ロシーラの心からの疑問に、黒髪の若者は快活に笑う。


「成り行きと言う奴かな。それにロシーラ。君の村には一宿一飯世話になった。その恩返しって所だ」


 アズースのその優しい言葉は、ロシーラの心細くなった気持を温かく包み込んだ。ロシーラは時々、意識が途切れ記憶が曖昧になる時があったが、アーズスは疲れのせいだと優しく言ってくれた。


 幾度もバリーザンの追手を退ける内に、アズースとロシーラはロッサムに出会った。


 二人がバリーザン配下の兵士達に包囲され時、突然兵士達は地面に叩きつけられる様に倒れた。


 強力な地下重力の呪文を唱えたのは、砂色の髪の魔法使いだった。それが、ロッサムとの出会いだった。


 ロッサムは邪神教団の目的。そして何故バリーザンの配下が度々ロシーラを捕捉出来るのかを知っていた。


「······私が、七人の人柱の内の一人?」


 燃える薪を挟み、アズース。ロシーラ。ロッサムは野営をしていた。ロッサムは二重の細い目をロシーラに向け、彼女の過酷な運命を説明する。


 遥か昔、地上の人々と天界人と呼ばれる者達が争い、戦っていた。天界人は恐ろしい兵器を多用し、地上の人々を殺戮していった。


 戦争は終わり、天界人は自分達の世界へ帰還したが、この地上に彼等が使用した兵器が残された。


 その兵器がこの国の王都の地下深くに眠っていると言う。その兵器を甦らせるには、七人の生贄が必要らしい。


「巫女と呼ばれる力を持つ一族が存在する。未来を見通す力を持つ者だ。その力を持つ者を七人生贄にする。つまり人柱だ。ロシーラ。お前さんがその巫女の力を持つ七人の内の一人なんだ」


 ロッサムの説明に、ロシーラは驚愕する。平凡な村娘の自分に、そんな力がある筈が無いと反論する。


「まだ自分の力に気付いて無いだけさ。アーズス。ロシーラの意識が途切れ、未来を語る時はこれまであったか?」


 ロッサムの質問に、アーズスの顔色が変わった。その表情を見て、ロシーラは途端に不安になる。


「······ロシーラ。君は時々、未来に起こる事を俺に話す時がある。多分、その時の君は意識が無いだろう。そのお陰で、何度か危機を脱した事があるんだ」


 アーズスの驚くべき告白に、ロシーラは両手を口に当て驚愕した。


「バリーザンは既に何人かの人柱を捕まえている。その巫女の力を使い、おたくらの居場所を割り出しているのさ」


 ロッサムは何故、二人の前に次々とバリーザンの手の者が現れるか説明する。


「······ロッサム。バリーザンはその兵器を使って何をする気なの?」


 ロシーラは恐る恐る、邪神教団の大司教の目的をロッサムに質問する。


「世界が滅ぼす。兵器にはそれを可能にする力がある」


 ロッサムの断言に、ロシーラは蒼白な顔をしながらアーズスを見る。アーズスは静かに頷いた。


 バリーザンのその野望を何としても食い止める。漆黒の暗闇を照らす薪の火の揺らめきを見つめながら、アーズスとロシーラは言葉を交わす事無くそう決意していた。






「······そうなんだ。ロシーラは巫女さんの力があったのね」


 麻丘あかねは、夢の中の自分のその力に憧れた。未来を見通せる力。それがあれば、嫌なテストも難なくこなせる。


 授業中、教師に問題を解けと指名されると分かれば、その前日だけは予習する。


 異世界でも現代でも異質なその力は、十七歳の少女にとっての使い道はその程度だった


 あかねは何時もの様に仏壇に手を合わせる

。そして薄目を開け、自分の命を救ってくれた東海正晴の写真を見つめる。


 あかねは不思議な気分だった。物心つく頃から見ている正晴の写真。それが何故か、ここ最近妙に気になるのだった。


 日課である朝に手を合わせる時だけでは無く、仏壇のあるこの部屋に来るとつい正晴の写真を見てしまうのだった。


「······何でだろう。いつから気になる様になったっけ?」


 あかねはぼんやりとそんな事を考えながら

、放課後農業研究会の部室に立ち寄った。何故足繁く毎日この部室に来るのか。


 その理由もあかねは自分自身で分かり兼ねていた。この農業研究会の部員はあかねを含めて四人。


 あかねは部員達の事を考えた。クラスメイトでもある荒島亮太は、社会システムの事になると妙にスイッチが入るが、それ以外は基本的に穏やかで親切な性格をしている。


 人付き合いもそれ程得意では無さそうで、自分と似ている所があるとあかねは感じていた。


 超絶美女桃塚ひよみは、あかねにとって最初から別世界の人間だった。余りにも自分とかけ離れた存在だった為か、逆にあかねは普通にひよみに接する事が出来た。


 そして一つ年下の後輩。岡山翔平。無愛想で生意気。先輩への敬意が全く無い。それがあかねの翔太への評価だった。


 今日は四人が部室に揃っており、桃塚ひよみがホワイトボードの前に立ち、黒ペンでボードに走り書きをしていた。


「麻丘さん。私達の行動目標はこんな所よ。

何か質問あるかしら?」


 荒島亮太の隣に坐っていたあかねは、ホワイトボードを凝視する。だが、どうしてもボードの文字が読めなかった。


「桃塚先輩。もう少し綺麗な字で書かないと誰も読めませんよ」


 あかねの斜め前に座る岡山翔平が無愛想な声で指摘した。その途端、桃塚ひよみは赤面する。


「······ごめんなさい。私昔から字が下手で。もう治すことも諦めてるの」


 超絶美女の困っている姿に、あかねは胸がキュンとなる。完璧な容姿を持つひよみが悩む苦手分野。そのギャップに、あかねはひよみを可愛いと思ってしまった。


「とにかく労働時間を減らす。これが最大の目的なんだ」


 ひよみをフォローする様に、荒島亮太が捕捉する。衣食住を可能な限り自分で賄い、足りない分を働く。


「サラリーマンは週休二日が普通だよね。それを週休三日。四日にして行くんだ」


 亮太の説明に、まだ学生のあかねには実感が伴わなかった。週休四日。それはつまり

、週に三日しか働かないという事だ。


 果たしてそんな事が可能なのか。あかねが首を傾げていると、それまで沈黙していた岡山翔平が口を開いた。


「それには前提条件があります。過度な物欲を持たない事です。物欲が強い人には、僕達のこの考えには合いません」


 岡山翔平の言葉に、桃塚ひよみが頷く。


「論より証拠よ。麻丘さん。明日の土曜日空いているかしら?私達のこの考えを実践している人を紹介したいの」


 突然のひよみの誘いに、あかねは咄嗟に返事が出来なかった。この超絶美女の誘いによって。


 否。農業研究会に入部した事によって、あかねの日常は少しずつ変化していく事になるのだった。

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