第8話 決着
広宣は、四投目にして初めてシュートを外した。続けて三上もミスをする。五本目のシュートを打った舜也は、今度はボールが手から離れた瞬間に外れたと予感した。思ったとおり、ボールはリングよりも左側に軌道がずれ、しかも勢いが足りずリングの手前を落ちていった。
五本目を迎えてもなお広宣は変わらずフリースローを打ち、今度は決めた。これで八得点目。リーチだ。三上はそんなプレッシャーなど少しも感じていない様子でシュートを打つ。しかし、またしてもスリーは外れた。
「ちい、惜しいな」
右手をぶらぶらさせながら誰ともなく三上がつぶやいた。「今だ、決めちまえ舜也」と土居が檄を飛ばす。舜也は応えるように少し笑うと、すぐさまリングを見据えてシュミレーションしてみた。これまでのシュートでなんとなくコツみたいなものが掴めてきている。重要なのは高さのある軌道と、勢いだ。
六投目。リングだけを見つめて放った舜也のシュートは、綺麗な音を立ててリング内を通過した。
「やった!」
今度は思わず声が出た。紛れもなく、入った。決まった。土居が興奮して叫んだ。
「おおー、舜也がリードしたぞー! テル、やばいんじゃないのかー?」
さすがに三上の表情から余裕が消え、右手首を回してほぐしている。広宣と舜也が互いに八得点。ずっとスリーポイントを打ち続けている三上は六得点だ。その広宣は、続く番であっさりとシュートを決め、いち早く十得点をあげて勝負から抜けた。
ひときわ真剣な表情に切り替わった三上も、ついに三本目のスリーポイントを決める。これで三上が九得点、舜也が八得点となり、シュート勝負は二人の競り合いとなった。どちらにしても、次で決めれば十得点は確実だ。
土居は舜也を応援しながら三上には野次を飛ばして騒ぎ、勝負を抜けた広宣は外れたシュートを取ってパスする役目に努めた。七投目、八投目は連続でお互いミスをする。ルールとしてはどこからシュートを打ってもいいのだが、三上と舜也は釘を打って固定されたかのように真正面のスリーポイントから打ち続けた。ここまで来ると意地の張り合いになってくる。熱狂する土居をよそに、三上と舜也は全身全霊で勝利を競っていた。
迎えた九投目。舜也の番だ。
三上のフォームを真似したとはいっても、その精度は確実に舜也が劣っていた。三上のシュートは外れるにしても必ずリングに当たるが、舜也はリングにかすりもしないときが多い。
シュートの天敵は、
その言葉を思い出し、舜也は一度深呼吸してから肩の力を抜き、赤いリングを見据えてシュートを放つ。やわらかく放たれたボールは、リングに近づき、そして。
入った。
ネットだけをこすった音がゴール付近に響き渡る。綺麗な音だった。舜也自身が驚くほど、華麗に決まった。思わず舜也は自分の両手を見つめる。
あれ? 今のシュート…
「うおー、決めたかー」
土居が感心して拍手を送り、「まだ俺の番が残ってるぞ」と三上が目を剥いた。確かにそうだ。次に三上が決めれば、舜也と三上は同時決着になる。
広宣からパスを受けた三上は今まで以上に時間をかけ、ドリブルをついて膝の曲げ具合を確認した。一息つき、顔を上げる。舜也がお手本にしたフォームで放たれたボールは、舜也と変わらない軌道を飛んでいるように見えた。が、ボールはリングの手前に当たり、嫌われたようにあらぬ方向へ飛んでいく。失敗だ。
「ぐわーーくっそーー」
三上がうめき声に似た声を上げる。「勝負ありー」と土居が発して舜也に近づくと大きな手で肩を叩いた。
「やるなあ。勝っちまうとは。どうよ? スリーを決めた感想は?」
「めっっっちゃ気持ちいいですね! 特にリングに少しも当たることなくネットに吸い込まれて入るシュートが」
自分の両親よりも背の高い土居を見上げながら、舜也は満面の笑みで答えた。「だろー」と土居も相槌を打つ。そこへボールを取ってきた広宣も加わり、本当にバスケ経験はないのかと舜也に尋ねてきた。
「コラー! お前ら一年だろう! 今日は部活動は禁止だぞ!」
そのとき、体育館の入り口でライオンの咆哮のような声がして、全員が驚いてそちらを見た。入り口には、土居以上に体の大きいヒゲの生やした中年の男が立って、舜也たちを睨んでいる。
「体育の
土居が小声の早口で言うと、「すいませーん。すぐに帰します」と叫んで、舜也たちを促した。舜也と広宣は急いで入り口へと向かい、仁王立ちしている笠松の前で自分たちの荷物をまとめる。去り際に、広宣は土居に向かってササッと喋った。
「土居さん、兄貴のバッシュここに置いときますのでよろしくお願いします! お疲れ様でした! 失礼します」
体育館に向かって一礼し、舜也と広宣は学ラン片手に急いでその場を離れた。
「ああービックリしたー。寿命が二十秒ぐらい縮んだで」
下駄箱で靴を履き替え、校門を出たところでようやく舜也が一息ついた。
「同じく」
広宣も地面にかばんを置いて学ランを着る。天気は相変わらず上天気で、吹奏楽部の管楽器が練習している音が教室のどこからか聞こえてくる。
「もう少し打ちたかったなー。でもまあしょうがないか。俺はこれから帰るけど、樋川君はどうする?」
「ああ、俺はこのあとオカンと校門で写真撮るわ。十二時ぐらいに待ち合わせしとんねん」
舜也もかかとを踏み潰していた運動靴を履き直しながら言った。
「そうか。じゃ、また明日な」
「おう、明日。それと、俺のことは〝舜〟でええよ。樋川君って呼びづらいやろ」
「オッケーわかった。じゃな、舜」
舜也と広宣がその場で別れ、広宣は家へと歩きだしたが、五メートルほど進んだところでふと振り返った。
「そうだ。聞くの忘れてた。どうだったバスケット? ていってもシュートしか打ってないけどさ」
舜也は笑顔で答える。
「楽しかったで。ホンマ。先輩も面白そうやな人やったし。たださっきの勝負で最後に俺が決めたスリーポイントやねんけど…」
「ん? シュートがどうかした?」
「変やと思うやろうけど、シュートを打った瞬間な、これは入ったって思ってん」
「ああ~」
広宣が笑った。
「バスケあるあるだよ、それ。何百本もシュートを打っていると成功する感覚が掴めてきて、ボールが手を離れた瞬間に入ったってわかるときがあるんだ。だいたいゴールから遠いシュートを打ったときに思うことが多いかな」
「それだけやないねん。不思議なんやけどな。俺、シュートを打っている間、次はボールの持ち方を変えてみようとか、ボールを高く飛ばしてみようとかいろいろ試行錯誤しとってんけど、最後に打ったシュートだけ何故かどんなフォームで打ったか覚えてないねん」
「それもあるあるだね。うまくシュートが決まったときに限って、どうやって打ったか覚えていない」
またもや広宣が笑った。
「バスケ部入部、考えてくれる?」
「いや…」
舜也は自分の右手の手のひらを見下ろした。最後のスリーポイントを打ったときの感覚はすでになくなっている。まるで一粒の雪が溶けてしまったあとのようだ。今思うのは純粋に一つだけ。また、あのシュートが打ちたい。
「もう決めたわ。俺、バスケやる」
春を駆ける南風が、あたりに新芽の淡い香りを連れてきた。
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