第7話 モノマネ

 舜也しゅんやが地面へ返ってきたボールを拾うと、三上が「次は広宣ひろのぶで」と言ったので、そのまま広宣へとパスした。


 広宣はゴール側から見て台形の頂点、フリースローラインの中央へ立つ。そのまま静かな表情で自分の足元にドリブルを二回つくと、そのまま頭の上にボールを持ってきて構え、真上にジャンプしてシュートを放った。鮮やかな弧を描いたシュートは、リングのほぼ真ん中を通り、ネットをこする音だけを残して地面へ落ちてきた。三上が問いかける。


「フリースローの練習か? ヒロ」


「まあ、せっかくですからそれも兼ねて」


 三度拾ったボールを、舜也は一番遠くに離れていた三上へとパスした。「サンキュ」と言ってパスを受けた三上は、広宣よりもさらに後ろ、スリーポイントラインの外側に立った。


「おいおい、いきなりスリーで大丈夫か?」


 三上のすぐそばで勝負の行方を静観している土居が野次を飛ばす。三上は「まあ見てろって」と言うと、広宣と同じようにその場にドリブルを二回つき、獲物を見つけた肉食獣のごとくリングを睨んで、ジャンプシュートを放った。


 綺麗な弧を描いたシュートは、しかしリングの右側に弾かれ、明後日の方向へ飛んでいった。失敗だ。


「くっそー、いったと思ったんだけどな…」


 三上が顔をにじませる。外れたボールを追いかけて取った舜也は、おもむろにその三上に尋ねた。


「僕は、どの位置から打ってもいいんですよね?」


「ああ、どっからでもいいよ」


「ほなら…」


 舜也はボールを持ちながらそそくさと移動し、驚く土居や三上をよそに、今しがた三上がシュートしたスリーポイントラインへ立った。


「うおー、まさかそっから打つ気か? 冒険しすぎだろ~」


 土居が驚きの声を上げるが、舜也は気にも留めずに微笑んだ。


「ちょっとやってみたくなったんです。じゃ、いきます」


 舜也は離れた先にあるリングを見やってから、一度深呼吸をする。

 次の瞬間、地面に二回ドリブルをつき、リングを見据えてひざを深く曲げ、地面から浮かび上がるようにやわらかく跳躍すると、綺麗な回転がかかったシュートを放った。細かいところまで三上に似せた、瓜二つのフォームだ。舜也自身は入るかと思ったそのシュートは、わずかばかり飛距離が短く、リングの前にはじかれて外れ、フリースローラインにいた広宣の手へとバウンドしながら渡った。


「おーすっげー、やるじゃん!」

 土居が感嘆し、三上と広宣が目を見開いて舜也を見た。三上が不審そうに尋ねる。


「もしかして、バスケ経験ある?」


「いえ、ないですよ。小学生のときに体育でちょこっとやったぐらいで、今のは三上さんのシュートフォームをそのままモノマネしたんです」


 答えながら、舜也は手だけシュートフォームをしてみせた。


「真似?」


「はい。僕お笑いが大好きで、モノマネとかも自分でようやってて、人を観察するのは得意なんです」


 広宣は数時間前に教室でやった自己紹介を思い出した。土居は感心しきりだ。


「にしたってテルのシュートを一回見ただけだろ? それであんだけ完成度の高いコピーやったのか」


「やるなあ。お前、ほんとバスケ部入れって」


 土居と三上が熱っぽく勧誘し、舜也も少しずつ同調しはじめる。ほどなくしてシュート勝負は再開し、広宣はさきほどと同じフリースローを打つと、今度も得点を決めた。


「しゃあっ! 負けられねーぞ!」


 すっかり敵愾心を燃やす三上もまた、一回目と同じスリーポイントを放つ。今度は綺麗に決まり、広宣が四点。三上が三点。舜也が二点の展開となった。舜也は三上のシュートが決まったところは見ておらず、真剣な表情でフォームを観察していた。ボールはもう少し頭の前の位置で固定することを学び、ところどころ修正を加えて、二投目のスリーポイントを放つ。


 一投目以上に三上のフォームに近づけてはいたものの、ボールは勢いが足りず、今度はリングに当たることなく手前を落ちていった。舜也以上に、なぜか土居が悔しがる。


「うーん、弱いな。腕の力がないからか。足幅をもっと狭くしてみ。肩幅より狭くすれば地面を蹴る力は強くなるから」


「足幅ですね」


 舜也が頷き、その場でジャンプの練習してみる。


 広宣はそんな舜也を尻目に冷静に三本連続でシュートを決め、続く三上も再びスリーポイントを決めた。これで広宣と三上がともに六得点。同列一位だ。


 舜也の四回目の番となり、広宣からパスを受け取った。今度はシュートを打つ前に、じっくりとリングまでの距離を測る。正午を迎えた春の日差しが、二階の窓から燦々さんさんと降りそそいでいた。うっかりバックボードより上のギャラリーに視線を上げると、眼がくらむ。舜也は頭の中でボールの空中の軌道を想像した。三投目はコースこそ良かったのに力が弱くてリングに届かなかった。ということは、ボールが弧を描く軌道をさらに高めにする必要がある。リングと自分とのちょうど半分の位置でボールが最高点に達し、落下する。その軌道が理想だ。


 今回は三上のフォームを意識して真似しようとせず、ボールの軌道を最優先に考えて舜也は四本目のシュートを打った。ボールは自分でも驚くほど真っすぐに飛び、リングにぶるかりながらも…入った。


「おおー! ついに決めたかー!」


 土居が大げさとも思えるぐらい声を上げた。舜也も素直に顔がほころぶ。ボーリングでストライクを出したときのような快感だ。今のシュートの感覚を忘れたくなくて、舜也はすぐさま腕の動きを再現してみた。


「ま、これで勝負としては面白くなったなー」


 三上も挑戦的に目を輝かせる。

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