第6話 シュート勝負

「あ、広宣ひろのぶいるじゃん」


 四人のうち、一番身長の低い人が広宣の姿を見て近寄ってきた。


「こんにちは、三上みかみさん」


「おっす。部活見学はまだしたら駄目なんじゃなかったか?」


 三上と呼ばれたその先輩が朗らかに尋ねた。身長は広宣よりも少し上ぐらいだ。舜也の身長が百四十センチで、わずかに三上先輩の方が勝っているので、目測でたぶん百四十八センチぐらいかなと舜也は思った。


「兄貴が今朝バッシュを家に忘れたんで届けにきたんです。土居どいさんから許可もらってちょっとシュートを打たせてもらってるんですけど、もう少ししたら帰ります」


「そうか~残念だな。練習着あったらワン・オン・ワンやりたかったんだけどな」


「お前、まだこの間の負けたこと引きずってんのかよ」


 土居がニヤニヤしながら三上を小突いた。三上の表情が上気する。


「うっせー。別に引きずってるわけじゃねーよ。ただあのときは俺が負けたままでワン・オン・ワンの練習が終わっちまったからな。もっと時間が欲しかっただけだ」


「十分引きずってんじゃねーか。あ、こいつ春休み中の練習で広宣が参加したとき、一対一の練習で負けたのよ」


 土居が広宣のすぐ後ろにいた舜也に説明した。それにつられ、三上が舜也をまじまじと見る。

「誰?」


「広宣と同じ新一年生の入部希望者だ。いや、まだ希望者ではなかったっけ? 名前は…そういや聞いてねえな」


 土居が首を傾げると同時に、舜也が口を開いた。


樋川舜也といかわしゅんやいいます。春に大阪から引っ越してきました」


「おお~! すげ~! 関西弁だ! 初めて生で聞いた」

 三上が目を見開いて驚嘆する。


「やっぱこっちでは珍しいんですね。関西弁」


「そもそも関西人がめったにいねえもん。な、あれ言ってくれよ。〝なんでやねん〟」


「ええですよ。なんでやねん」


「おお~!」


 何の気もなく言った舜也だが、その場にいた土居、三上、広宣が感嘆の声を上げ、お互いを見合わせて笑った。「やっぱ本物は違うな~」とは土居さんの感想。


「すげ~。なんかカッコいいな」


「なんでやねん」


「二回目きた~。な、お前もバスケ部入れよ」

 三上からの誘いに、舜也は少しまごついた。


「うーん。まだ考え中なんです。僕、完全初心者ですけど、大丈夫ですか?」


「心配すんなって。入ってくる奴らはみんな初心者だから。ここらへんは小学校でもミニバスがないから、中学からバスケ始めるやつが大半なんだ。まあ、こいつだけは別だけどな」


 三上はそう言いながら、広宣が持っていたボールを素早く取り、ドリブルをついて広宣の後ろに回った。


「僕の場合は、兄貴がバスケ部員で、ずっと教わってましたからね」


 広宣も応えながら、腰をかがめて三上をディフェンスする。三上は右にドリブルをついて抜くかと思いきや、素早く方向を転換して左側から抜き去り、元の位置である土居の横に戻ってきた。


「ああ~、やっぱ勝負して~。な、シュートでいいから勝負しようぜ!」

 途端に土居が茶々を入れる。


「お前、よっぽど悔しかったんだなー」


「うっせー」


「僕はいいですよ」


 広宣が頷くと、三上は「よっしゃ」と言ってドリブルをつくのを止めた。

「せっかくだから樋川君もやろうぜ。もちろんハンデはつけるからさ」


「いいんですか」


「ルールは簡単。それぞれ一回ずつ順番にシュートを打っていって先に十点を取ったやつが勝ちな。打つ場所はどっからでもいいけど、俺と広宣は台形エリア内は無し。樋川君はどこでも好きな場所で打っていいよ。極端な話、ゴールのすぐ下とかでもオッケー」


「通常のシュートは二点で、スリーはやっぱり三点になるんですか?」


 広宣が尋ねた。


「当然」


 不思議に思う舜也に、土居が補足する。


「バスケはな、さっき説明したスリーポイント以外の場所から打つと、二点ずつ入るんだ。場合によっては一点になるときもあるけど、それはファウルしてフリースローのときとかで…まあ細かいことは今はいいな。とにかく基本は二点ずつ入る。今回の勝負も二点のシュートか、三点のシュートの二択を選ぶだけだ」


「わかりました」


 舜也は利き腕である右手をグルグルと回し始めた。どんなことにせよ、小さい頃から勝負事は大好きなのだ。


「じゃ、まずは樋川君から打っていいよ」


 三上からボールをパスされて受け取ると、舜也はトコトコと歩いてゴールに近づき、リングから一メールほど離れた真正面の位置で止まった。


「ここから打ってもいいんですよね?」


「もち」


 三上は腕組みをしながら余裕の表情だ。舜也は軽い深呼吸を一つすると、悠然と構えるリングを見上げ、百パーセント真剣にシュートを放った。ボールは思っていたより少し左側へ軌道がズレたものの、なんとかリングの内へ入る。


「ナイッシュ。まずは二点ね」

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