第5話 シュートの打ち方
体操服は青色が基調になっている。青色は、二年生の学年色だ。
「こんにちはー」
舜也の横で、広宣があいさつした。各自シュートを行っていた生徒が一斉に入り口方面を振り向き、その中で一際大柄の体躯をした男が元気そうに声を上げた。
「おおー、来たかヒロ!」
大柄の男はドリブルをしながら気さくそうに近づいてきた。身長は百八十センチ近くあり、肩幅が広く、太くて濃い眉毛に大きい鼻がついた顔立ちで、坊主頭が伸びたような髪型だ。広宣が体育館の中をのぞきながら言った。
「兄貴は来てないみたいですね」
「まだホームルームが終わってねえんじゃねかな。俺らの学年でもだいたいのやつらは空いてる教室で飯食ってるとこだ」
「
「おう! ついさっき食い終わったとこ」
「食後はちょっと休憩を置いた方がいいですよ」
「大丈夫だ。俺の胃袋は最強だから」
土居と呼ばれた大柄の先輩は胸を張ってそう言うと、広宣の側に立っている背の低い舜也に目を向けた。
「お。お前も入部希望者?」
「いえ、誘われて見学に来ただけです」
舜也は訛りのある関西弁で言い、惚れ惚れした瞳で土居に尋ねた。
「背高いですね~。ダンクできますか?」
「できん。それどころかリングにさえ手が届かねえ。まあ、頑張ってバックボートに両手が触れるぐらいだな」
「もう一つ聞いてもいいですか?」
「ん?」
「正味な話、バスケットやったら背伸びます?」
「どうだろな。伸びんじゃねえか? 他のスポーツやるよりかは」
「土居さん、適当なこと言わないでくださいよ」
広宣が冷静に言った。今度は土居が興味津々で舜也に聞いてくる。
「関西弁って珍しいな。お前、大阪から転校してきたの?」
「そうですねん」
「ふうん。お前、彼女はいる?」
「彼女ですか? 転校してきたばっかでおりませんけど?」
「よっしゃ。じゃあ入部を許可する」
「何ですかそれ」
「俺が彼女作るまでは、彼女いるやつは入部させねえ」
「ムチャクチャですやん。彼女できそうな気配はあるんですか?」
「これっぽっちもない」
「あかんやないですか!」
舜也と土居は同時に笑い、つられて広宣も笑った。
「お前、ノリいいな。どうだ。まだ部活が始まるまで時間があるし、ちょっとシュート打っていくか?」
「えっ、いいんですか?」
「ちょっとだけならな」
「打ちます」
舜也と広宣が同時にそう言うと、土居はニンマリと笑った。
「おっしゃ、荷物置いてこっち来い。学ランも脱いだ方がいいぞ」
舜也と広宣はカバンを置き、学ランを抜いでカッターシャツの袖を捲り上げ、体育館の中に足を踏み入れた。入学式のときは大勢の人と椅子がで広さが曖昧だったが、こうして何もかも取っ払って見てみると、体育館の中というのは結構広く感じる。土居は、入り口の横にあったボールカゴの中から適当にボールを二つ出すと、そのまま舜也と広宣にパスした。
舜也は生まれて初めて公式試合用のバスケットボールを手に取った。
ざらさらとしたサメ肌のような手触りだ。ためしに数回床にはずませてみると、舜也はボールが予想以上に弾まないことに驚いた。
「あんま弾まへんねんな。小学校で使っとったドッチボールとちゃうわ」
「好きに打っていいぞ」
「よっしゃあ!」
舜也は思い切りよくドリブルをつき、コートの中に入って、そのままフリースローラインまで直進した。
「とう!」
テレビで見たことのあるNBAプレーヤーの姿を思い出し、舜也は見よう見まねで右手の上にボールを乗せ、シュートを放ってみた。記念すべき第一打は、小さい弧を描いて、リングの五十センチ手前を落下していった。
「ありゃ…」
舜也はすぐさまボールを追いかけて再び取ると、今度はリングに近い地点からシュートを放った。ふわふわと持ち上がったボールは、落下する途中でリングに当たり、嫌われるようにシュートした反対側へとはじかれた。
「ぐっ」
再びボールを追いかけてもう一度シュートを打とうと振り返ったとき、シュパッという網をこする音が響いて、誰かの放ったシュートがリングの中に入った。舜也が目を向けると、涼しそうな表情をした広宣がそこに立っている。
舜也は負けじと再度シュートを放った。三度目の正直で、今度はリング中にガコンガコンと当たりながらなんとか入った。
しばらくの間、舜也と広宣は気のおもむくままにシュートを打ち合った。しかし二人の差は歴然で、三回に一回しか入らない舜也に比べ、広宣の方はめったにミスしない。「沖って上手いんやな~」と舜也が素直に感心すると、「まだまだ上がいるよ」と広宣が答えた。
「ダメだダメだ。それじゃあいくら打っても上手くなんねえよ」
見かねた土居が、たまらず舜也に近寄ってきた。
「肩が
土居にそう言われたので舜也はボールを持ってゴールに向き直ると、今から腕立て伏せをするような気持ちで腕と肩に力を込め、シュートを打った。
放たれたボールは、リングにかすりもせずに手前で落下していく。
「よし、次は逆。同じ位置から体全体をリラックスさせて打ってみろ。膝はちゃんと曲げて真上に跳べよ」
土居は舜也の外したボールを追いかけて取ると、舜也にワンバウンドパスで渡す。言われた通り、舜也は今度、家のソファでくつろいでいる気分で脱力し、その場からジャンプシュートを打った。
放物線を描いて落ちていくシュートは、リングの奥に当たって跳ね返った。成功こそしなかったのの、惜しかった手応えに舜也が驚いて声を上げる。
「さっきより遠くに飛びました!」
「そうだろ。違いがわかったか? 力を込めて打っちまうと腕力だけで届かせようとするからボールの勢いは
土居は再び舜也の外したボールを追いかけて取ると、パスを投げた。
右利きだった舜也は、ボールを持つ右手を大きく広げて構え、先ほどと同じく脱力を心掛けてジャンプシュートする。
ボールは、綺麗な弧をえがいてゴールに吸い込まれた。
「おお! 音からして違う! ボスッていってたシュートがシュパッて入りましたよ!」
土居がニヤニヤしながらボールを取った。
「ボールに回転がかかったろ? 手を広げて持つことで指先まで神経が通ってボールを押す感覚が強くなる。試合で切羽詰まった状況のときとかに、スリーで今みたいな綺麗な音して入れるとめっちゃ気持ちいいんだぜ。まあ、俺はスリーは打たねえけど」
「スリーって何ですか?」
「スリーポイントの略だ。ほら、ゴールから一番離れている半円の形した線があるだろ? あの外からシュート打って入ったら三点入るんだ」
土居が指差す方向を見ると、確かに弧を描いている線がある。
「かなり遠いですね」
「入れるのが難しいから三点なんだよ」
舜也が土居からシュートについて説明を受けていたそのとき、「こんにちはー」という挨拶と共に四人の男子生徒が体育館入り口に立った。四人はすでに練習服に着替えている。学年色の体操服ズボンを履いていることからみて、四人とも二年生だ。
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