第9話 中学生活の始まり
入学式から三日後。三つの学年全て春休み明けのテストも終わり、教員たちは職員室で採点に明け暮れていた。
今年から新一年生の担当になった
「なんなんだ、これ」
普段から物静かな九間の聞き慣れない声に、他の先生たちが関心を寄せた。
「どうしたんです? 九間さん?」
近づいてきたのは社会を担当する
「テストの採点をしてたんですけど、変な解答を見つけたんです」
「変な解答?」
「石灰水の入ったビンに二酸化炭素に入れて振るとどうなるか、という問題なんですが…」
「たしか、炭酸カルシウムが生成される化学反応が起きて白く濁るんですよね。どんな答えだったんですか?」
「関東平野が吹っ飛ぶ」
浜中が大笑いした。九間はしかめ面をする。
「笑い事ですか? 明らかに悪ふざけした解答ですよ」
「珍解答なら国語にもありましたよ」
二人の会話を聞き、九間の真向いに座って同じくテストの採点をしていた中年女性の先生が身を乗り出した。現国を担当する
「どんな解答ですか?」
「次の意味を表す四字熟語を答えなさいという問題で、人や動物などの非常に動きの速い様子を指す言葉は何か、です。答えは電光石火なんですけど、高速移動!と書いてありました」
またも浜中が膝を打った。
「うーん、意味としては近いでんすけどね」
「ちなみに九間さん、その理科の答案の子、名前は…」
「
「やっぱり。あたしも同じ子でした」
「社会も面白い解答があるかな。ちょっと一組から先に採点していきます」
浜中は面白そうに自分の席へと向かっていった。小谷が九間におずおずと尋ねる。
「その樋川君て子、どんな子なんです?」
「今年の春に大阪から越してきた、背の低い生徒です」
「ああ、あのちっちゃな子! 大阪の子どもってみんなこんな解答するんですかね?」
「絶対しないと思いますよ」
九間先生はうなだれて言った。
樋川舜也の珍解答が確信犯であるということは、九間が答案用紙を返すときの舜也の満面の笑みを見て明らかになった。舜也が名前を呼ばれた順に教卓へ答案用紙を取りに来たとき、まだ点数を見ていないにもかかわらず、すでに誇らしげな表情をたたえている。
「お。国語は九十二か」
舜也が手渡されたテスト用紙の一枚目を見ながら言うと同時に、九間先生は咳払いをした。
「樋川君、君のテストの解答だが」
「はい?」
「理科の問題の中で一つ、悪ふざけしたものがあったね」
「あー石灰水ですね。どうでした? 僕としてはコカコーラとCCレモンを足したような味になるっていうのと、どっちにしようか迷ったんですけど」
「そういう問題じゃない」
「はい、問題は石灰水と二酸化炭素を合わせるとどうなるのか、でした」
九間先生は軽い悪寒を覚えた。これは難敵だ。
「どうしてふざけて答えたんだ?」
「小学校のときの先生の教えなんです。空欄は必ずバツになるから、答えに自信がなくても絶対に何か埋めておけってよう言われました」
「その意見は正しいが、君が書いたのはどこをどう考えても間違えている答えだろう」
「ああ、これは僕の流儀なんです。あまり気にせんといてください」
樋川の次の子たちが列となってきたので、九間先生もしぶしぶそこで諦め、樋川は席へ戻っていった。すると九間先生とのやり取りを見ていた他の生徒が舜也の席へ寄ってくる。
「すげえ。高得点ばっかじゃん! お前、意外と頭いいんだ?」
「いやいや、見てほしいはそこちゃうんねん。ここ、ここ」
「うわ! こいつ変な答え書いてる!」
「おもしれー!」
たちまち舜也のまわりに人だかりができてきた。これはまずいと九間が眉を寄せる。
「ほんとだ、おもしれー! でもなんで一個だけしか書いてないの?」
「わかってへんな~、真面目な回答が続いているとこに一個変なのが混じってるからおもろいねん。俺がふざけるのは一つの教科で一回だけや」
「ほら、自分の答案をもらったら席に着く。次の人の邪魔になるだろう」
言いながら、九間はこれからことを考え背筋が凍る思いがした。テストでさえこんなにふざけるのだとしたら、普段の授業はどうなるんだ?
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