第7話  私の愛した料理たち 其の五

海外の撮影はフランスが一番多い やはりフランスは日本人好みの国なのだろう

パリに到着すると私の頭の中を占める料理  それはステーキだ

私はフランスで食事するならば、ステーキが一番好きである

ヨーロッパの牛は日本の其れとは違いサシが少なく適度に堅く弾力がある

あっさりとした肉である そんなヒレの部位をブルーで焼いて貰うのだ

昔ステーキを注文したときに レアでとオーダーしたら食通のコーディネーター氏に ブルーと言う焼き方を勧められた フランスに来たらブルーを試してほしいそう言われて以来 ずっとブルーで食している

ブルーはblue 英語であり、文字通り青いと言うことらしい レアよりももっと青い焼き方と言うことらしい そう書くと生肉のままの様な感じもするだろうが、シェフたちはちゃんと中まで火を通すのである。中心部が冷たいと言うことは無くきちんと温かく焼き上げる、それがブルーと言う焼き方なので有る。

其のステーキに持参した醤油とワサビで頂くのが私のフランスに来た喜びである

最初は掛かっているソースを申し訳なくもナイフで除けて醤油を掛けていたが

今はソースを別にして貰うか、醤油好きの日本人ですいませんと正直に肉だけを出して貰うようにしている。何にしてもソースの国で大変失礼な話である

がその血も滴るブルーなステーキ肉を少し小さめに切り醤油を絡めワサビをチョンと乗せ食べる。そして、しかっりとした赤ワインを頂く 

口の中で日仏口内条約 みごと締結なのである。 ああしあわせのことよ

不思議なことにヨーロッパでブルーのステーキを食べようとしてもフランス以外では難しい気がする 隣国イタリアであってもである。 

反対にフランスではパスタを茹でる時のアルデンテはなかなか食せない

地続きの隣国なのに不思議なものである

お肉大好きな国アメリカのステーキ専門店で一度ブルーでオーダーしたことがある が出てきたのは予想通りミディアムレアくらいな物であった

兎に角アメリカ人はナイフを入れたときに血が滲み出るのは野蛮であると敬遠するらしく 鉄板にジュージュー音を立てたステーキが運ばれてくる

以来アメリカではステーキはオーダーしないようにしているが 他に何を頼んでいたのであろう 余り覚えていない


ある時 フランスでいつもお世話になっているコーディネーター女史が

ディレクター氏に聞く「今夜、又 シュワちゃんの店に行きましょうか」

「いいですね シュワちゃんの店、旨かったですもんね」

シュワちゃんの店? ディレクター氏は下見のために数日前に他のスタッフより早くフランス入りしていたので 又 と言うワードが出てきたのであろう。

「シュワちゃんて?」と聞くと「あのシュワちゃんですよ」とコーディネーター女史がさらりと答えた 「値段もリーズナブルで味もけっこう美味しいステーキ店なんですよ、いいですよね」 ターミネーターのシュワルツェネッガーがやっている店なのか だとしたら店先にはターミネーターの人形が置いてあり 店内には彼のポスターが飾られて照明も緑や赤やサイケな感じで 食事を終えて店を出るときには「I' ll be back」とか言っちゃうのか 妄想は膨らむ

店はコーディネーター女史のアパートの側らしくパリの郊外にあった

「けっこうくるんですよ 近いから」と案内してくれたのはごくごく普通な外見の店であった きっと内装がターミネーターであろうかと思いきや、地味な感じの落ち着いた歴史のある いやいや、ただの古いだけの店内であった。しかし客はかなり入っており中々の人気店だと伺えた

私たちはあたり見渡しながらテーブルに着いた、そして黙ってメニューを見始めた。すると「ボンソワ〜 今夜も来てくれたの ありがとう」と元気な声が頭の上から聞こえる ふと見上げるとそこには

アゴが長く、エラがはり、おでこが広く、目は細く、しかし眼光鋭い色白な

アーノルド・シュワルツェネッガー似のおばちゃんがいた しかもおばちゃんである がっちりとした体型のおばちゃんはパートタイムのウエイトレスである

おばちゃんはてきぱきと一人ずつオーダーを取り終えると「今夜のお肉は最高よ ちょっと待ててね」とシュワルツェネッガーなみにニヤッと笑った

「でしょ、 似てるでしょ」ちょっと自慢げに女史が言う

シュワちゃんの店ではないが、確かにシュワちゃんのいる店であった

もちろんステーキはブルーで焼いて貰い 上機嫌に夕食を済ませた

あーなんと至極幸福な一時であったろうと皆で店を出たのであった

いけない!忘れてた!最後に言おうと思って忘れていた  「 I' ll be back 」



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