第6話 私の愛した料理たち 其の四
メキシコ ユカタン半島にはマヤ文明の遺跡がある
十五年ほど前、マヤ文明のピラミッドを撮影しに行った
エジプトのピラミッドが砂漠の中ならマヤのピラミッドは森の中にある
平らな土地の森なのでピラミッドの上に登ると一面に広がる
その森を見渡すことが出来る 神秘が魅力なマヤ文明である
ユカタン半島にはご存じ、激辛の唐辛子 ハバネロがある
スペイン語ではHは発音しないので アバネロとなる
ハバネロはメキシコ全土で育つ訳では無くユカタン半島だけに出来るのだそうだ
だからメキシコシティからの旅行客はお土産に大量のハバネロを買って帰るらしい。無論現地のレストランでは普通にハバネロを使ったサルサが出る
サルサとはスペイン語でソースの事である。
だからサルサソースと言うとソースソースと言うことになる まあ細かな事だ
サルサは細かく切ったハバネロ トマト タマネギに水を足しそこにライムを絞り 塩で味を調える とてもシンプルなレシピであるがこれがなかなかに考えられた取り合わせである。
テーブルの上には細かく切ったハバネロが置いてあるのでお好みで辛さを増すことも出来る
トウモロコシの粉で焼いたトルティーヤに鶏肉や牛肉などなんでも好きな料理を
挟みハバネロサルサを掛けて食すタコス 最初の一口で刺激が走る すぐに激痛となる ハバネロは辛さも凄いが独特な青臭さがある、その青みとライムの爽やかさ トマトの酸味 タマネギの香りが一つのサルサとなり 中の具材が何であろうが丸め込んでしまう 何と懐の深きことよ
「痛い痛い」と言いながらも食べる 不思議と癖になり後を引くのだ
鼻から抜けていく香りがたまらない 馬鹿な我らはテーブルにあるハバネロを更に足す もはや口の中は完全に麻痺してしまっている 痛いのかも分からなくなる 妙な汗が吹き出る おまけに鼻水も 顔は雨の日のあぜ道みたいにぐちゃぐちゃになっている。辛いながらも食べ終わると、えも言われぬ達成感に襲われる 食ったぞ!みたいな感じである 一息ついて汗を手で拭う 手に付いたハバネロサルサが顔に付く 二次災害の始まりだ。「あっ〜〜」慌てて紙ナプキンで顔を拭くが目の周りは火傷のような痛さと熱さに身悶えする 「アっ〜〜」
お昼の食事を終えてチチェン・イッツァのピラミッドの撮影に戻る
キャメラをセッティングして撮影を開始しようとしたその時、ディレクター氏が
「すいません 一寸トイレ行ってきますんで回しといてください」と言うと小走りにどこぞへ行ってしまった。十五分くらいすると少し力が抜けた足取りで戻ってきた すると「トイレどこにありました?」とビデオエンジニアが聞く「あっちです」と指さすディレクター氏に「俺もちょっと」と言うや否や小走りに行ったしまった。
全くもってこれじゃ撮影にならないじゃないかと少しイラッとしていた。暫くするとエンジニアが少し伏し目がちに戻ってきた 「じゃあやろうか」突き放すように言う私 「VTR回して」ファインダーを覗くわたし
あれ、なんか変だぞ、んっ?・・ やばいかも ヤバい いや絶対ヤバい ワタシ
「ごめん トイレってどこだっけ」
ハバネロのあまりの辛さに腸がスゲーのが入ってきたぞ 早く排泄 はいせつ〜とばかりに騒ぎ出す感じだ 決して下痢をしている訳ではないが気分はその緊迫感そのものである。しかも一度で済まず 三回転くらいするのであるからかなりのロスタイムとなる。そして懲りない我らは夕食もぐちゃぐちゃになりながら同じ事を繰り返すのであった。
しかし数日もすると腸も慣れて来たのかトイレ地獄から徐々に解放される様になった。その頃には我らもすっかりハバネロマスターとなり、そして益々その魅力にはまってい行ったのである。
帰国して暫くした頃 秋葉原の雑貨店で ハバネロ栽培セットなる物が売っていた。余り期待はしていなかったが購入してみる事とした 数粒の種と土みたいな物が入っており 説明書通りにやってみた。これが思った以上にハバネロだ。
本場の其れには少し辛さも香りも劣るが充分に楽しめるレベルである 早速家で
妻とハバネロパーティーとばかりに楽しむ事とした。 妻はハバネロこま切りの二片でヒーヒー騒いでいたが その独特な青臭さを気に入ったようであった。
良いことを思いついた 妻の父は農協で農業に従事していて作物に詳しい人で有る その父にハバネロを託してみようと考えた。義父は秋葉原ハバネロから種を出し自宅の庭で栽培を始めた 次の年の夏、ハバネロが結構実った。流石プロだ
楽しみに食したのだがパワーはかなり薄れてしまっていた。
次の年も前年の種で義父はチャレンジしてくれた。しかしその夏、全く辛さがなくなり小さなピーマンみたいになってしまったと連絡が入ったのであった。
ユカタン半島の地盤は石灰岩だそうだ その土壌があの辛さの源であるのか
彼の地だからこそあり得た物であるのか
マヤの遺跡とハバネロ 謎と魅力はどちらも奥が深いのである。
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