第4話  私の愛した料理たち 其の二

アメリカにはかなり行った気がする しかし余り行きたくのない国でもある

これは仕事に由来するが、撮影機材の持ち込みにとても難儀するからだ

撮影機材問わず高額の物品を持ち込み持ち帰る際にはカルネと言う書類が必要となる【物品の一時輸入のための通関手帳】と言う名のものであるが

その手続きが大変なのである 他の国であれば小1時間もあれば終わってしまう

作業もアメリカの税関では 2,3時間掛かることもざらである。空港を出るだけでも一苦労である そして帰りに又同じ事が待っているのだ 憂鬱になる

それともう一つ 余り旨い食事を取った記憶が無いからである 勿論其れは私が知っている範囲の事だけであり 旨い店などアメリカには星の数ほど有るであろう きっとグルメツアーであれば、大満足な旅も出来たろうが 仕事で行っているなので致し方ない


そんな状況下でも、もう一度食したいものがある

ロサンゼルス近郊でロケを行っていた いつもながらに何を撮影していたか忘れてしまったがテレビ番組だったろう スタッフもたぶん4名くらいだったと思う ロスに数年前に移住した長年の友人K氏がコーディネーターを務めてくれた 「今夜ちょっと贅沢にカニ食べに行きません?」昼飯のハンバーガーを食べながらK氏はそのカニがどの様なものなのかを語り始めた 何やら元々ベトナム人のおばあちゃんがサンフランシスコの海辺の小屋で始めたものらしい

「これっくらいのカニをですねガーリックバターでゆっくりローストするんですよ」と両手を毛ガニくらいに広げてK氏は言った

「えっつ カニ一匹 丸ごと」カニは1杯と数えるのだが 魚介大好きディレクターが目をまん丸にして言った 「勿論ですよ カニに鉄串を刺しゆっくり回しながら 遠火で何度も何度もガーリックバターを刷毛で塗るんですよ こんがりと焼き目を入れて 其れをですね ハサミみたいのでバリバリと割り 其れを何にも入ってないプレーンなガーリックパスタみたいのに混ぜて食べるんですよ」他の者はハンバーガーを手にしたままその話に聞き入る 「ビバリーヒルズに有るんですけどその店 床がガラスでその下を鯉が泳いでたりしてて、リッチな雰囲気何ですけど、そんな中でヒルズの綺麗なドレスを着たおばちゃんも両手をベチョベチョにしながら、カニにしゃぶり付いているんですよ」「結局どうやって食べるの?それ」と誰かが聞く「だからですね 先ずはハサミみたいなのでこう割るんですよ」とハサミに力が入るジェスチャーをしながら「殻がバリッといきますから その破片に付いているカニの身ををそのまましゃぶり付いても良いし、さっき話したガーリックパスタにフォークで身をそぎ落として混ぜて合わせて食べても良いし でもやっぱパスタかな ガーリックの香りとカニの身の甘みが こうなんですかバターがコーティングするって言うんですかね円やか感じなんですよ、めちゃうまですよ ほんと」稚拙な説明ながらもグイグイ引きつけられる「身は結構有るの、ワタリガニみたいんじゃ無いの」と量を気にする先のディレクター氏 かなりの前傾姿勢で質問を続ける「でもさ ビバリーヒルズなんだから高いんでしょ」ロケ費も管理している彼にとっては金額も非常に気になるところだ「割とお腹いっぱいになりますよ 飲み物入れてもだいたい一人一万ちょいって所だと思いますよ でもマジ一度行っておいた方が良いと思いますよ」

ロケ中のあごあしは基本制作費で賄うので余り高額な食事はNGではあるがその位の金額であれば何とかなるんじゃないのと皆思っていた 

「いいね」「旨そうだよね」とディレクター氏の背中を皆でそっと押す 元々魚介大好きな人である 話はすぐに予約はあーだの、ドレスコードはこーだの、カード払いはどーだのと具体的トントン進み夜の9時には入店できたのであった


数年後違う仕事で違うメンバーでロサンゼルスを訪れた

K氏が又もコーディネイトしてくれた ランチを取りながらK氏がディレクターに

旨いカニの話をし始める 2度目のチャンスが到来した

しかし金額を聞いて考え込むディレクター氏

「めちゃうまですよ マジで一度行っておいた方が良いと思いますよ」

今度は間髪入れずに私が言った      ああ 3度目の扉を開けたい

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