第3話 私の愛した料理たち 其の一
仕事柄 わりと世界を旅している 古いパスポートを見つけ 何カ国くらい行っているのであろうかと数えてみた。40数カ国ぐらいであった。仕事で行っている都合もあり余り豪華な食事と言う訳にもいかないが まあまあ美味しい物は頂いてきた。よく色んな処に行ってますけど何が美味かったですかと聞かれることが多い 言われてみれば余りランキング的な事は考えた事が無かった ここに行ったらコレ食べるでしょ の様な物はもしかしたら余り口にしていないかもしれない そしてランキングの様な優劣も中々付け難い だから思いつくままに記しておこうと思う
かれこれ30年も前になろうか
シープドッグの撮影でニュージーランドへ行ったことがある シープドッグとはご存知 牧羊犬で有る 広い草原を右へ左へと羊たちを誘導して行く賢い犬、 其れを犬笛で指図する牧場主 そんなのどかな風景の撮影であった
牧場主はとてもシャイでスマートな体型の初老な人であった 午前中の仕事が終われば昼食に家に戻る すると、おじいちゃんの姿を見つけた幼稚園児位の孫たちが駆け寄って行く その子らを高い高いをする 絵に描いた様な牧歌的な風景 ドラマのワンシーンのようだ
「君らも昼食一緒にどうだい」 と牧場主が我々を食事に招待してくれた。無論ありがたくお受けすることにした 家は如何にも牧場の家という言葉が似合う小ぢんまりとした白いペンキの木造の家であった。ダイニングには可愛い花柄のカーテンと素敵なレースのテーブルクロス 棚には家族の写真 全てが牧歌的である そしてすでにそのテーブルにはカゴに一杯のスコーンとボウルに山盛りのバターが用意されていた 一同着席すると間もなく仕事着を脱いで来た主人も着席した。奥様がミルクを運んで来てくれた。大きな水差しのような容器になみなみと注がれたミルク テーブルの上には スコーンとバターとミルク
「さあ遠慮無く食べてくれよ」 と主人はスコーンを手に取りバターをこれでもかと言う位に塗り食べ始めた 奥様は気を遣って皆のグラスにミルクを注いで回ってくれた。浅ましい我々は おやっメインの肉みたいなのは無いのかと心の中で呟いた 牧場であれば 旨い牛肉やら豚肉やらと出てくるんじゃ無いかと勝手に思い込んでいた。然るにこの3点セットが全てだと、主人と奥様の雰囲気でみんな直ぐに理解した 主人の様にスコーンを取りたっぷりとバターを塗り口へ運んだ それぞれが好きな位にバターを塗って食べ始める
みんな一瞬にして無口になった。旨いね。等と軽口を叩く者は誰一人として居い 黙々と食べる 咀嚼する そして水分の無くなった口にミルクを流す
一息入れもう一口流す 一気にグラス半分のミルクが無くなる
咀嚼する、やがてゴクリと飲み込み又もやスコーンにかぶり付く タップリのバターが上唇に付く それを舌で舐める 舐め尽くしながらも咀嚼する。
そして1つ目のスコーンを食べ終え2つ目に手を伸ばしながら
これ美味しい と小声で言う 次が小声で言う 美味しい・・ なぜか小声で
肉だの何だのと思っていた私達は何と大馬鹿者であったのかと恥じ入るばかりであった 申し訳ないが私の語彙では中途半端な表現しか出来ない だから敢えて 濃厚だの ほんのりとした甘みだの 今まで食べたことが無い等 と言う俗な表現はやめておこうと思う。そんな薄っぺらい単色的なものではないのである。 まさにニュージーランドの牧場の食の三種の神器だと今もって思う
そんな スコーンとバターとミルク もう一度会いたい
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