第2話

久し振りに食べたくなるカップヤキソバ。

 あの 鼻をついて食欲をそそる香り。

 周囲で誰かが食べていると、その香りが暴力的な刺激を与えて来るのだが、我慢。 そして、その誘惑に耐える。

 だが、そのいっぽうで無性に食べたくなってしまう。 


 

 仕事帰りのコンビニに立ち寄ると、あるのだ。

 陳列棚に並ぶ沢山の種類のインスタント食品。色とりどりの容器が誘惑してくる。

 

 だが、色とりどりの誘惑があるのだが、一番目に付くのはやはり白いプラスチックの容器だ。


 この容器が世に出てきたのは私が生まれる前から存在する。

 その生命力は、あの黒い奴よりも強く、しぶとい。


 

 何年か前に三途の川の瀬戸際にまでたどり着いたのだそうだが、私達の期待に応え、戻って来てくれたのだ。


 この事は絶対に忘れてはならない。 我々が愛してやまないあの香り。食べたものを裏切らない満足感。

 テレビCMが流れれば必ず思いだすのであろうあの香り…………。

いまこそ我我がしなければならない事があるのだ。

一度は三途の川に到達し、戻ってきたことヘの感謝? 


 違う!


彼が生まれて、今まで生き残っていることへの感謝?


 それも違う!

 

 食べる事なのだよ、

 今こそ食べるべきなのだ。







 深夜のコンビニで見つけたならば、喰うべし! 

 


 今の時代、どこのコンビニエンスストアのレジカウンターの近くには

インスタント食品を調理するために、熱々のお湯が入れてあるポッドがある。

 一昔前であればなかったであろう、文明の力だ。

 

 だがもし、仮に一昔前に、こういったサービスをしていたとのであれば、ダルマストーブにヤカンをのしていたのではないか? と、ふと思ってみたりするが、それはそれで風情のある光景だと思うが、間違ってもそれはないかもしれない。

 もしも仮にあるとすれば、レジカウンター内でお湯を湧かして………。

  



盲点だ。 ダルマストーブというのは十分に考えられる!


 保温のためのダルマストーブ! これだ。

 一昔前ならばあったのかもしれない。


 そう考えると、便利な時代になったのだなぁ、としみじみ思う。


 いまはでんきさえあれば、どこでもお湯をが作れるし、ボタン一つで、お湯がでる


  そんな事を考えながら、購入したカップ焼きそばのビニールを剥ぎ蓋を外す。


 蓋を外すと、白磁のように白い硬い麺の上にカヤクと呼ばれるものと 焼きそばにとっての命、

 ヤキソバの味を左右するための生命線である黒い液体。 そして、ついつい見逃してしまうであろう胡椒と青のりの入った小さな袋。


 カップ焼きそばの作り方は至極単純。

 ソースと胡椒と青のり以外のカヤクのみを入れてお湯を注ぐだけなのだが、私はカヤクをいれない派である。

 なので、プラスチックの容器の中は白磁の硬い麺のみ。



 このカップヤキソバでありがちなあるあるをいうのであれば、カップヤキソバが初めての人のはカヤク以外の胡椒も青のりもいれてしまい、さらにはソースまでも入れてしまう者もいる。



 冷静に考えて欲しい。カップヤキソバは蕎麦でもうどんでもラーメンでもない。

 カップヤキソバには汁もスープも必要ない。

 お湯は 麺を柔らかくして温めるだけの役割しかない。

、つまり、残ったお湯は不要なのだ。

 


蓋をあけたら、あとはボタンを押せば白い湯気とともに熱湯が白いプラスチック容器に注がれる。


 熱湯がプラスチック容器み満たされると、

白磁の硬い麺がプカッと浮き上がる。

 もちろん麺がの全てが容器からはみだすという、スプラッタ映画もビックリという現象は起きない

 起きるはずがないのだ。


 麺自体の重量も質量も、浮力も研究に研究を重ねて誕生したカップヤキソバなのだから。

 

 カップ容器には底から僅かに浮き上がった麺のシルエットと容器を満たす熱湯のシルエットのコラボレーション、 それは青天に浮かぶ登場場所を間違えた場違いだけど妙な美しさを漂わせる白い満月のシルエットのようであり、夜空に抱かれた、満月の儚くとも美しい郷愁も男性が女性を抱きしめるシルエットでもない。


  この際だからハッキリと言おう。カップヤキソバに、そんな美学など存在しない。


 だが、カップヤキソバにとって必要なのは、

 ウマいかどうかだ。


 ただ、この一点のみ、いや…………。


付け加えるのであるのならば、満足できるかどうか?

であるのかもしれない。

 

もちろん、他のメーカーが出しているカップヤキソバもマズイということは決してないのではあるが、

それは当然好みの問題だ。


白磁のプラスチックに熱湯を注がれ、抱かれた麺はあともう少しで食べられる柔らかさになるのであろう。

 湯切り口からは湯気と共に麺の香りが広がり

 ソースの香りとまではいかないが、食欲を煽る香りが広がる。

 


 あともう少し、もう少しdr湯切りの時間。


 この時間が待ち遠しい。

 あと少し、あと少しの辛抱…………。







 

               ーーピロリロリ、ピロリロリーー

 知りポケットにいれていたスマートフォンが僅かな

バイブレーションとともに着信を知らせてくれる。


 このタイミングで誰が着信をいれているのか?



 スマートフォンを取りだして画面を指でスワイプさせると、表示されたのは


                ーー朱美(アケミ)ーー


の二文字。  隠す必用は全くない。 最近できたばかりの私の彼女だ。


 最近で来たばかりの彼女だ、当然ここで居留守を使って彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。






 スマートフォン越しに聴こえる声はとても美しく、聴くだけで心が癒され、一日の労働の疲れが取れる清流のような声だ、

  同じ職場での出会いでもなければ、出会い系のサイトを通して出会ったのでもない。


 たまたまだ。 そう、たまたま、飲み屋で知り合った女の子だ。


 目がちょっとだけあって会話をしたのがきっかけで仲よくなり、意気投合して以来、一緒にお酒を飲んだりする仲になったのだ。

  それからの進展はトントン拍子で恋人関係にまで発展。

 そして、明日は朱美とのデートなのである。


  「うん、うん、うんわかった。じゃぁ、明日は花時計の前で待ち合わせね。

 うんわかった。 お昼前でいいよね? あたし、いつものパーカー羽織ってるから、うん、うん、うん。わかった。楽しみにしてる。十字君も気をつけて帰ってね。 うんうんうん。 わかった。 うんうんうんそれじゃぁ、明日。 うん? うん、うんうんうん。 うん、分わかった、それじゃおやすみぃ」



 やはり、彼女との電話は何もかも忘れて楽しくて、時間が過ぎるのが速く感じる。

  コンビニの店内をウロウロとしながらの通話だ。

 通話が終わり、スマートフォンに画面ロックをかけて尻ポケットにしまう。


 ポケットにスマートフォンをしまうと店内の壁掛け時計が目に入る。

 どこにでもある、黒字に白い文字盤、長針も短針も別段変わった様子は全くない。




                        ーー!!!!!!!ーーー



時計を見ていた私は、不意に思い出す。

朱美との通話が楽しくて、カップヤキソバが調理中であることをすっかり忘れていた。




 調理中のカップヤキソバが置いてあるポッドの近くに慌てて戻る。

  容器hsまだ温かく、湯切り口からは白い湯気が僅かだが漏れている。

熱湯を入れたばかりの生命力溢れる湯気も今は、もう風前の灯のような湯気しか漏らしていない。

 そう、このカップヤキソバは風前の灯なのだ。

 

 だが、僅かに漏れる湯気がまだ生きていることを語っているのだ。


 私は、風前の灯となったカップヤキソバの蓋をあげ中身を確認する。


 注いだはずの熱湯はすでに見る影もなく、本来ではありえないまるまるに肥えた麺がぎっしりとプラスチック容器をのなかで膨脹していた。


 これは、スプラッタではない。 だが、熱湯を完全に吸いきり、膨脹した麺は既にカップヤキソバの麺ではない。

 食べることはできるのかもしれないが、もしも、これを食べるのであれば、これはカップヤキソバで決してない。




 私が食べたいのはカップヤキソバであり、別種の食べ物等ではない。


 根本を正すとするならば、彼女である、朱美のせいであるかもしれない。

 

 だがこんな些細なことで朱美のせいにするのも間違っている。



                                      どうしたらいいか?



よし…………。

                          『時を戻そう!』



 そういえば昔、とあるゲームで時間を戻す事ができる便利なアイテムがあったのを思い出す。

 だが、ここはゲームやアニメ、漫画yやラノベの世界ではなく、現実という世界。

 そんな便利なアイテムなんか存在しないし、ましてや、『時を戻そう』等とキメゼリフを言ったところで時間がもどるなんてありえない。


 


 だったらどうするのか? 決まっている。

 この見るも無残なカップヤキソバは諦める。

 私は今、『カップヤキソバ』が食べたいのだ。

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