喰うべし
藍上(あいがみ)おかき
第1話
普通のサイズのおおよそ二倍。
お気に入りのカップヤキソバの大きめサイズ。
普通に考えれば、普通のサイズの二倍なのだから、もっと割高になってもいいんじゃないかと思えるの。
でも、不思議な事にその差額は微々たるもの、
プラスチックの容器のシールをわずかに剥いで、熱湯を注ぐ。
自宅に置いてあるポッドから白い湯気と共に熱湯が溢れだす。
大きさも倍であるならば、使うお湯も倍になる。 白磁の硬い麺が入った容器にお湯を注ぐとずっしりとした重さになって、薄いプラスチックの容器からは熱湯の熱さが伝わってくる。
熱さで手を離したくなるのをこらえて、容器に注がれた湯量を確認する。
カップヤキソバに限らず大抵のインスタント麺には、どのくらいのお湯を注いだらいいのかがわかる溝が入っている。
あたしの好みは溝よりも少し下。 ちょうど良い感じの量になったので、持っていた容器を両手に持ち替えてテーブルに置くと、湯を注ぐために開いた箇所を閉じる。
カップを持っていた手がジンジンして赤くなっているのだけど、大した事ではない。
湯を注ぐために開いた部分はシールみたいになっていて、普通に閉じただけではベロンと開いてしまう。
昔はプラスチックの蓋であり、そっちの方がおいしく食べるのには便利だったのだけど、これも時代の流れだから仕方がないよね。
熱湯を注いでからの時間も、普通のサイズとは全く変わらない三分。
ベロンと捲り上がった部分には、カップヤキソバの生命線である液体ソースが鎮座している。
当然のごとく、捲り上がったシール蓋を押さえるための目的と、ソースを温めるための目的。 まさに一石二鳥。
好きなカップヤキソバを食べるための長くて短い三分という時間。 この三分という時間にも、あたしなりのこだわりというかやり方がある。
ちょうど三分であれば、確実に柔らかくなって量もそれなりにあるのだけれど、きっちり三分じゃなくてもあたしは良いと思っているの。
大体の時間、三分が経過するよりも早いタイミングで蓋を開けて中身を指でつついての確認。
大体柔らかくなっていればそれでいい。
もっとわかりやすくいえば、カップヤキソバが完成して口にするまでの時間の問題。
この後は湯切りをしてソースを入れて混ぜるという工程があるの。
ハッキリいって、あたしは早く食べたいの! のただ一点。
もしかしたら、お湯を入れて湯切りをしてソースを入れて混ぜるという工程はカップヤキソバを作った者達の陰謀なのかもしれないし、もしかしたらなにもかんがえいぇいないのかもしれない。そんなとりとめのない考えを巡らせるよりもあたしは湯切りを開始する。
湯切りをするための穴をふさいでいるシールを矧ぐと湯切り口からは白い湯気が溢れだす。
シンクへ持っていくと、湯切りの穴を排水口に向けて傾ける。
ドバドバと音を立てながら白い湯気と共に熱湯が排出される。 そう、この瞬間。以前は蓋であった時とシール製の蓋になった時の差が明確に現れる。
シール製の蓋ではなかった時代であれば、蓋をしっかり押さえていなければ傾けた時に柔らかくなった麺がこぼれ落ちてしまう可能性があるのだけれど、シール製の蓋になったのはまさに革命的。
湯切りをする時に麺がこぼれ落ちるという悲劇が回避できる。
湯切りの時にしっかり水気を取りたいのであたしはいつも軽く振るようにしている。
湯切り口の穴からはやや黄身
を帯びた麺の先っぽがチョロチョロっとはみ出しているけれど、そこからさらに数回、垂直にしてやや強めに容器を振って完全に湯切りをする。
――――ボフッ、ボフッ――――
という音はないけれど、白い蒸気とともに最後の一滴が滴り落ちる。
これで、あとはシールを全て剥ぎ取り、ソースをかければ調理完了となる。
ソースの入ったコブクロの隅を切れ目に沿って裂いた時からが勝負。カップヤキソバの主役である、ソース特有の濃厚で甘酸っぱい香りが鼻孔を刺激する。
ソースが飛び散らないように注意しながら開け口を、湯切りの終わった麺にかける。
ここで注意しなければならない事があるの。
既にやらかしてしまった人は必ずいると思うけど、ソースを傾けた時に指や箸で挟んで最後の一滴までも絞りだそうとした時に、手が滑ってソースの袋が麺の中や外に落ちてしまう事や、絞り出す際にソースが飛び散って服や周囲を汚してしまう事、ない?
あたしは、そんな経験を何度も経験して得た結経験がある。
それは、無理に絞り出す必要全くない。 ダバァ! とかけるだけで充分においしい。
白磁の陶器を思わせる硬かった麺が、お湯の力で柔らかくなると、まるで別種の生命体であるかのような色合いを放ちお湯を吸収した麺はさらなる力を得た生き物のように、その体から蒸気を噴出させる。
カップヤキソバの主役である、黒い液体を注ぎこむと手早に掻き混ぜ、麺全体に染み渡らせる。黒い液体が麺全体にまんべんなく、しみわたれば、いいのだけど、慌てたり掻き混ぜることが不十分であると、一部分が白磁のままであったり、うすかったりしてしまう。
だけど、完全に染まってしまうよりも一部分が
白いままだったり薄かったりしても、実は問題ない。
麺を箸でつまんで口ににはこんでいる間に、麺同士が絡み合い見事にソースが付着されるからだ。
調理後の容器はお湯を注ぐ前とは違うズッシリなとした重量が感じられる。
プラスチック製のツルツルとした容器は意外と滑りやすく、持ち運びするときは上蓋から、底部までをしっかりともたなければならない。
しかも、容器自体も柔らかく、力を入れてしまえば簡単に形が変わってしまう。 だから、掴むというよりは、てのひらで、やしくつかんで支えるといった感じだろう。
ちょっとの距離を運ぶだけでもてのひらに広がる熱はじんじんとしている。 食事をするため以外にも書類を作成したり、ちょっとした軽作業をする食卓兼物置と化している大きめのテーブルに運ぶ。
いくら、物置と化しているテーブルでも最低限食事と書類を作成するためのスペースは確保されている。
一本あれば十分であろうペンが何本も刺さり、他にも色着きのマーカー、シャープペンシルにカッターナイフ。コンビニでもらって使わなかった割り箸やストローが、ぎゅうぎゅうに詰め込まれペン立てを圧迫している物体に、便箋や付箋紙、通販のカタログや駅前で配られているチラシにボックスティッシュ等があり、くしゃくしゃにまるめた紙くずなど、女の子の部屋にはありえないテーブルの上はちょっとしたカオス状態になっているけれど、最低限食事をするためのスペースに調理済みのカップヤキソバをドンっとおく。
普通サイズのカップヤキソバと比べると、大木イサイズのカップヤキソバの存在感は比べものにならない。
いっかいの女のコがこんなに大きいものを食べ切らないんじゃないかって?
好きなものを食べる女のコを舐めちゃいけない。
この程度なら朝飯前。
いぜんからあった普通サイズでは、物足りなくて二つ三つはぺろっといけてしまう。
もっとも、こんな姿は周りのひとになんてみせられない。
もし仮にみせるのであれば、一口二口で、おなかいっぱいです。 って
猫をかぶらなければならない。
今は誰にもみられていないから、思う存分食べることができる、まさに至福タイム。
もとからある袋入りの割り箸を手に取り、カップヤキソバの上蓋を、慎重に剥がす。
昔はぱパカッとかぶせてパカッと外せる蓋だったのだけど、最近はシールの蓋が中心だ。
シールの蓋に変わってすごく軟弱で気難しいイメージがあるけれど、慣れてしまえば、シールのほうが楽に感じてしまう。
個人的にはシールのフタよりもパカカパのフタのほうが好きなんだけどな。
もし、カップヤキソバ専用のフタのみがあるなら、あたしは、買ってもいい。もしかしたら、百均に行けば10枚百円で打ってるかもしれない。
一縷ののぞみをかけて行ってみようかしら。
最近の百均はしっかりとしたものもあれば、バカバカしいものまでいろいろ揃ってるから、
買い物はしなくても行くだけでも楽しいんだよね。
白磁の容器から立ち上る湯気と、食欲をそそる、独特なソースの香が溢れ鼻孔を刺激する。
はっきり言って我慢の限界。調理してからここまでの間はほんの数分だというのに、まるでここまでたどり着くのに小一時間以上もかかったような錯覚。
茶色のソースにコーティングされた、麺をガバッと割り箸でつまみ上げると
ホントに本当に、暴力的な香りの奔流が、人間の本能をくすぐる。このまま、一直線に口に運べばいいのだけれど、端で摘んだままの麺を容器のうえで数回上下させてから、口に運ぶ。
熱を帯びた麺が独特な甘酸っぱい香りと味が口内に広がる。
まさにこれは、人類が考えた至高の食べ物。まさにカップヤキソバがあるならば、他はなにもいらない。
ミヂェランガイドに乗った五ツ星のなんちゃらというメニューも、ご当地グルメの絶品メニューだって、このカップヤキソバに比べたら足もとにおよばない。。カップヤキソバこそが至高。
一度口に入れて喉に通してしまえば、とまるはずがない。はたからみて女の子が麺を啜る下品な音をたてて、カップヤキソバに舌鼓を打つ。
下品? そんなものカップヤキソバのまえでは考えることではない。
どんなに下品だって、どんなに汚い光景だって、カップヤキソバの前ではそんなものは、トイレに流してしまえ! カップヤキソバこそ至高。
カップヤキソバさえあればなにもいらない。
茶色いソースにコーティングされた、熱々の麺を何度も口に運ぶ。
こんなものばかり食べていたら、食生活に悪い? 体重が増えて体型が酷くなる? カップヤキソバの前では、そんなもの粗大ごみとして棄ててしまえばいい。
カップヤキソバこそ、至高。カップヤキソバこそ至高なのだ。
カップヤキソバの前では全ては塵芥なのだよ。
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