サラダ
「……そろそろ帰ってくるよね」
シチューを温めるためにIHのコンロを点けると、ボウルでベビーリーフとオレンジとパプリカをドレッシングで適当に和える。そして自分と彼の関係に何を思ったか、バイト仲間がお祝いだと木製のお洒落なサラダボウルに移してサーモンとケッパー、それから飾り用のオレンジを盛り付けたところで、玄関の鍵が回る音がした。天才じゃないのかしら、なんてドロップは自画自賛する。
「ただいま」
「お帰りなさい」
キッチンからひょっこり顔を出すと、狭い玄関先で金髪をお団子で纏めた頭を下げながらワークブーツの紐を解いている。
「…………」
いつもはそんな事はしないのだが、ちょっと気が変わった。鍋をチラリと確認してから、玄関先に近づく。
「何よ」
ちょうどブーツを脱ぎ終えたリンドウは、ドロップの出迎えに怪訝な顔をしている。窓や玄関に近づく事を異様に嫌がるのだ。鎖に繋がれた足枷の所為で、一歩どころか顔も出せないのに。改めて見ると、怪訝な顔になっても美人でちょっと妬ましい。
「リンドウさん、私に何かいう事ありませんか?」
「…………」
あら、心当たりと罪悪感は一応お持ちのようですねぇ。時には射殺さんばかりにきつくみつめてくるはすの視線がちょっとだけ泳ぐ。悪戯が親に露見した時の子供みたいな反応だ。可愛い。
「リンドウさん?」
「……ごめん」
すんなり謝罪が出てくるが、端的すぎて吹き出しそうになる。素直に謝ってくるようになったのは、おはようからおやすみまでの共同生活を積んだ故の成長の証だ。それでも言葉が足りないのは相変わらず。目線でもう一度問う。
「リンドウさーん?」
「トマトを食べたのはアタシよ、小腹が空いてたの」
気まずそうに襟足を掻いて、上出来のお詫びの言葉を口にしたのは、とびきり美人なのにひどく可愛く見える生き物だ。
「ふふ、許してあげます」
玄関先で紐の解けたブーツを足に突っ込んだままの恋人の、唇のすぐ近くにちゅっとキスをして踵を返す。かっと顔が赤くなる反応は、こっそりしっかり確認して自己満足した。
「リンドウさんって」
「何よ」
サラダボウルを挟んだ向かいで、もくもくと野菜を咀嚼する恋人に話しかける。シチューの皿は空っぽ、今日も特に感想は頂戴しなかったけど、食べる速度が速かったので、美味しかったのだろう。小皿にサラダが少し残っていて、リンドウはそれを片づけている最中だ。
「可愛いモノ、結構お好きですよね」
にんまりと笑って指さした小皿の中には、端に避けられたオレンジ。それは忌避でなく、大事そうに移動されている。飾り用に切ったそれには耳があって。林檎ウサギならぬオレンジ兎だ。サラダボウルの中にそれを発見した時の、ぎょっとした顔が忘れられない。決して嫌そうではなく、少し口元が綻んでいたのも。
「食べ辛いですか?」
「デザートのつもり」
和えた方のオレンジは無造作に食べていたくせに、そんな事を言う同居人に笑ってしまう。
希望の食卓 狂言巡 @k-meguri
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