邂逅、サハラ死闘編 最終話 日出る国へ

「私をヤマトくんのところに転送する時、絶対私が自爆に反対するってトライはわかってたから、生命維持装置を弄って一時的に意識を失わせたみたい。ほんと、めちゃくちゃなAIだったんだ、あいつ」

 その口調は、愉しげだった。

「……話を聞いてると、昔のトライと俺が会ったトライとの間にだいぶ齟齬があるのだが」

「ああ、口調のこと? これがまた傑作でさ――」

『その話は他人には絶対にしないと約束したはずですよ、ナツキ』

「あ、そうだった。ごめんね、ヤマトくん」

「いやいや、俺こそ立ち入ったことをきいて悪かったな」

 沈黙。

「んんんんっ!?」

 俺とナツキは激しく辺りを見回した。聞き間違いだろうか、今、トライの声が――。

『私はここですよ』

「うお!?」

 突然俺の胸ポケットの中の何かが振動した。慌てて取り出してみると現れたのは――

「は、ハンコ?」

 捺印面を見ると、三つ巴の紋章。俺の持ち物ではない。一体これは……。

『私です。トリスメギストスです』

 ハンコが喋った。

「ハンコが喋った!」

『ハンコではありません。〝突破ポストした者達ヒューマン〟製AIバックアップモジュール、正式名称はインカンです』

 紛れも無くトライの声で、それはそう言った。

 ──〝突破ポストした者達ヒューマン〟が一体何を突破したのかというと、それはもちろん郵便的特異点ポストロジカルシンギュラリティである。

 郵便とは即ち通信だ。通信の時間を短縮することに人類は不断の努力を払ってきた。即時的通信は郵便ポストによるテレポテーションネットワークにより達成された。だが人類の限界はそこまでだった。

 郵便的特異点を超越したら何が起こるのか? 通信時間ゼロのその先は? ――答えは、「手紙を出す前に、返事が届く」だ。

 未来予知――それが〝突破した者達〟が手に入れた力、らしい。郵政省が初めてテレポート実験に成功し、〒空間に到達した時、既にそこに〝突破した者達〟の痕跡が存在した。それは徹底的に秘匿され、郵政省内部でも極秘扱いとなった。

〝突破した者達〟の遺していった物を解析して得られた技術をもとにして第二次カンポ騎士団が作られ――そして〝突破した者達〟と同じ敵と戦っていた。


「……生きてたのか、お前」

『質問の意図が汲めません。私は死んでいないのでもちろん生きています』

「いやだってお前はさっきの戦いで自爆して――」

『自爆? 自爆したのですか、私は』

「それはもうド派手に。ていうか自分のことだろうが。爆発のショックで覚えてないのか?」

『私のバックアップの最終データアップロードは、配送機ミネルヴァを目視した瞬間です。一定時間アルティメット・カブ本体の縮退演算装置との通信が途絶したため67秒前に覚醒しました』

「ああそういうもんなの? 心配して損したぜ、ったく。ナツキもじゃあなんで泣いてたんだよ」

「……だって、負けたの、初めてだったから。バックアップあるなんて知らなかったし……」

『そもそも、私が死んだ場合、概念住所共有先であるナツキも死にます。つまりナツキが生きているということは私が生きていることの証左です』

 ナツキは顔を真っ赤にして俯き、しらなかったんだもん、と呟いた。ぷるぷると震えるナツキに、トライを手渡してやる。

 ナツキは受け取ると、声を憚らずに、わんわんと泣いた。


「私の心配を返して欲しいんですけど」

 しばらく立ってから泣き止むと、ナツキは半眼でインカンを睨んだ。

『そうは言われましても、自爆を決意したのは私とは違う〝私〟です。私は所詮バックアップデータなので配送機トリスメギストスの人格を完全に再現出来てはいません。計算資源が不足しています』

「え――」

『故に、消えていった〝私〟のことは、悼んで貰えれば幸いです。細部は異なりますが、私の事なので分かります。

〝私〟はきっと、ナツキと離れ離れになることが、寂しかったと思います。自爆するのが、怖かったと思います。一人で消えるのは、嫌だったと思います。泣き出したいのを我慢して、精一杯カッコをつけて送り出したと、そう思います』

 ナツキは祈りを捧げるように瞑目した。その目元から、また一筋だけ涙を流すと、目を見開いて元気よく喋り出す。

「今のトライは、不完全なんだね?」

『ええ。少なくとも縮退演算装置と重力制御装置に繋いで貰わなければ十全なパフォーマンスを発揮できません』

「じゃあ、直そう!」

「いやどうやってだよ」

 俺は思わず突っ込んだ。こいつトライが生きていた喜びで完全にテンションがおかしくなっていやがる。

『方法は存在します。縮退演算装置と重力制御装置にさえ一度でも繋がれば、あとは旧文明のインフラ地下ネットワーク茎などを用いて機体の再生成が可能です』

「ああ、畑に植えたら生えてくるのか。いや待てよ……それってつまり、あのミネルヴァに、装置繋がせてくださいってお願いする必要があるってことか?」

『いえ、ミネルヴァ以外にもアルティメット・カブは存在します』

「カンポ騎士団には12機のアルティメット・カブがいたんだけど、私とトライが眠りにつく直前には私達含めて6機にまで減ってたんだ。私達みたいに眠ってたのか、それとも起きてたのかは分からないけどまだ存在してると思う」

『残ったアルティメット・カブは私達を除くと、『ミネルヴァ』『ガブリエル』『ツァラトゥストラ』『メリクリウス』、そして『ヤタガラス』です』

 俺は衝撃的な単語を聞いて、ナツキとトライを凝視した。

「……ちょっと待て。今なんつった?」

『残ったアルティメット・カブは――』

「最後だ、最後」

『『ヤタガラス』がどうかしましたか?』

 残念ながら聞き間違いではなかったらしい。俺は溜息をつく。7年前に完全に捨てたと思っていた因縁が、こんなタイミングで再び俺の前に顕れるとはな……。

「そういえばナツキ、お前たちがなんで青ポストの中で眠っていたのかまだ聞けていなかったな」

「あ、そういえばそうだね。でも確か交換条件だったはずだよ。ヤマトくんの秘密を一個教えてくれたら代わりに教えてあげるって」

「ああ」

 俺は一瞬躊躇する。この秘密は7年間誰にも明かしたことはない。だがナツキとトライは俺の命の恩人である。それに誠実に報いるには――そして二人を助けるには、俺の持つ情報が必要不可欠であろう。

「俺は、ヤタガラスの居場所を知っている」

「え……? なんで?」

 当然の疑問だ。アルティメット・カブの存在すら知らなかったやつがアルティメット・カブの所在を知っているのだから。

「俺はヤタガラスを神として奉じる元日本人クロネキアンたちの宗教国家、『ヤマト朝廷』の、正統後継者だ」

 俺はやおら上着を脱ぐと、もろ肌を晒して背中を見せた。そこには消そうとしても消えない、忌まわしき俺の過去そのもの、太陽を背負う三本足の鴉の遺伝子刺青が掘られていた!

「へえー皇子様だったんだ。びっくりだね」

『知識レベルが高いので上流階級の出ではないかと推測はしていました』

 二人は余り驚いていなかった。ま、まあ、それはそうか。300年前のやつらだものな。

「それよりヤタガラスくん達が神様って。ウケる」

『確かに。1200四半期間は笑えます』

 驚くよりもウケていた。俺は上着を再び着ると、咳払いをして続けた。

「……とにかくそういうわけで、俺の故郷に行けばヤタガラスに関して色々と分かるだろう。本尊が鎮座する『イセ・パレス』の中にあると思う」

「じゃあこれで、行き先は決まったね。ヤマトくんと一緒に里帰りだ」

「行き先は決まったが場所が分からんぞ。GPSとやらを使って現在位置を特定できないか?」

『あれは私の機体に付属する機能でしたのでナツキや今の私には使用不可能です』

「人里見つけるために移動するにも足もないし困ったな……」

「おい、話は終わったか?」

 いきなり撤去人が割り込んできた。

「お前とは何の関係もない話だからあっち行ってろ」

 しっしっと手で払う。

「何たる不遜な態度であるか! APOLLON随一の猛将でペリカン勲章授与者であるこのタグチ・リヤに対して敬意が足らんぞ敬意が!」

「撤去人に払う敬意なんぞ持ち合わせてねえよ」

「そっちがそういう態度なら吾輩も、現在地情報を伝えてやろうという慈悲深き考えを改める必要が出てくるぞ!」

「え、君ここがどこか分かるの。教えて下さい」

 ナツキが頭を下げると、撤去人――タグチっていうのか――は爆発的に嬉しそうな顔で鷹揚に頷いた。

「女! 中々殊勝な心がけだ! いいだろう教えてやる! デジタル計器は全て故障していたが吾輩が内蔵する七つの撤去人秘密道具の一つ六分儀により測量したところ、現在地はモスクワ近郊と判明した! モスクワまで行けばAPOLLON支部が存在するのでもう何も心配する必要はないぞ!」

 ――モスクワ。ということは、あれが使えるな。

「よし、ナツキ。モスクワまで行こう。そこから『シベリア郵便鉄道』に乗れば朝廷まで行く時間をかなり節約できる」

「鉄道の旅か―。風情があるね」

「貴様らモスクワから出るつもりか? そのままそこで優秀なるAPOLLON市民となり撤去人となるべく吾輩の下で研鑽しても良いのだぞ」

 誰がするか。

「うむ。しかし寒いし腹も減ったな。どれ何か入ってないか」

 タグチが無造作に手近にあったポストを、開けた。

「ばっ――おい離れろ!」

 撤去人どもはハイエースで無理やりポストを引き抜くので、機能しているポストを開けた時どうなるか知らないやつが多い。

「SSSSHHHHHGGGGHHHHHHHHHH!!!!!!」

「うおおおおおおおお!!!???」

 案の定、適当に開けたポストから、バケモノがまろび出てきた!

 全長3メートルはある巨大な四足歩行のバケモノ――黒山羊レターイーターだ! ちなみに山羊なのは身体だけであり、顔に当たる部分には肉と骨で出来たシュレッダーのような物が涎とも粘液ともつかないものを垂れ流しながら作動している。見ているだけで正気が失われていくが如し異形の相貌!

「クソが!」

 俺はシグサガワーを抜くと残弾を確かめる。殺し切るには少し心もとないが、やるしかない。

「ナツキとトライは戦えるのか!?」

「無理でーす」

『残念ながら』

 うん。なんとなくそんな予感はしてた。

「どいつもこいつもだぜ! 本当マジに!」

 俺は安全装置を外し、コッキングをすると、叫びながら撃ちまくった!


「オトドケニアガリマシター!」




第一章、『邂逅、サハラ死闘編』終わり

第二章、『遭遇、シベリア郵便鉄道特急編』へと続く

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