邂逅、サハラ死闘編 第三話 神々の死闘
青いアルティメット・カブは一切の音も熱も電磁波も生じず、そのまま垂直に降下し、ハイエースだったものを踏みにじった。
「わ、吾輩のハイエースが……部下は? 吾輩の部下たちは何処に……?」
真横で声がしたのでそちらを見ると、乱れたモヒカンヘアーの撤去人の男が腰を抜かしてへたり込んでいた。
『申し訳ございません。当機体の処理能力では視界内に収めていた貴方を回収するのが限界でした。あの車両に搭乗していた他三名の生命反応の兆候は現在確認できません』
トライが言った。
「あ……? 喋っ……? 生命反応……?」
撤去人の混乱ぶりを見、冷静で穏やかなトライの声を聞き、俺の感情制御モジュールもようやく仕事をし始め、声帯を震わせることが可能となった。
「あれは――ナツキたちの仲間か?」
俺は青いアルティメット・カブを指差して尋ねた。
「いえ、あれは――」
ゴグン……。ナツキが口を開いたタイミングで、超重量のパーツが擦れる鈍い音が鳴る。同時に青いアルティメット・カブの周りの風景が蜃気楼のように揺らめきだした。そして、
アルティメット・カブが、爆発した。
俺の目にはそうとしか見えなかったが、実際は違った。基礎フレームを残してあらゆるパーツが空中に配置されたのだ。パーツ同士は緑のパワーラインで結ばれている。それはまるで人の神経樹を拡大投影したような緻密さ。
基礎フレームが自立し、湾曲した背骨部分を形成する。そこに空中のパーツ群が、殺到した。
ガッ! ガガガガガガガガッ!!!!!
連続する衝突音! 景色は歪み、砕け、重力レンズ効果によって空間自体がプリズムとなり赤方偏移と青方偏移で狂った虹色の光を撒き散らす! 全周囲に放出される圧倒的重力波がサハラの空に同心円上の傷を付け、周囲のポストはまるで嵐の中の木の葉のように吹き散らされる!
パーツ群が発する冷たい緑のパワーライン光が残像を残し、宙に巨大な『〒』マークを浮かび上がらせた!
「あれは――アルティメット・カブ『ミネルヴァ』……私たちの、敵」
変形が完了し、圧縮蒸気が吹き払われ、青いアルティメット・カブ――ミネルヴァがその全容を顕す。
全高は約十メートルと、トリスメギストスより一回り小柄だ。マッシヴな機影のトリスメギストスと違い、官能的曲線が多用されたそのデザインはまさに女神的優美さを兼ね備え、青い装甲と白い基礎フレームがそれを際立たせる。だがそれは決してひ弱さをイメージさせるものではなく、むしろより巨大な力を無理やり縮退させたかのようなはち切れんばかりの迫力を纏っていた。背部のカウルが展開し、翼のようなシルエットを形作る。
最後にブゥン、という音とともに顔のモノアイカメラが青く
「て、敵? なんで同じ種類の機体同士で争ってんだ……!?」
『ナツキ、搭乗を』
トライのコックピットが開放され、ナツキは俺に返事をせずにそのまま跳躍し収まる。
『重力制御開始。ダークマター圧縮効率102%。ダークエネルギー取得率70%』
トライが淡々とシステムログを述べる。俺達の周囲の景色も再び歪み始め、俺は慌てて退避する。砂に半ば埋もれていた宅配ボックスの殻を発見し、お守り代わりに頭から被った。
「ま、待たんか! 吾輩も入れろ!」
筋肉ゴリラのような撤去人がぎゅうぎゅうと身体を無理やり押し込んできたので俺は蹴って追い出す。
「ふざけんな撤去人と同じスペースに入ってられるか。臭いし棘が痛え。お前は外にいろ」
「緊急事態である! APOLLONの法ではこういう時に他人を見捨てるなと謳われておる! いや待てよ貴様その銃……さては配達員か! ならば貴様に人権など存在しないので吾輩が全面的にその殻を利用する!」
俺達がみっともなくギャーギャーと言い争っていると、周囲の景色が急にクリアーになった。
『緊急時なので郵便波での通信失礼致します。お二人の周りにアダムスキー式反重力防御場を展開いたしました。ひとまずはご安心ください』
トライの声が唐突に脳裏に響いた。何一つ理解できないので何一つご安心できないぞこの野郎。横を見ると撤去人にもこの通信が届いていたようで目を白黒させて「ぬぅおおおお!?」と叫んでいる。こいつはもう無視しよう。
俺は二機のアルティメット・カブが相対する方へ注意力を向けた。
『――久しいな、配達員ナツキと配送機トリスメギストス。やはりあの混乱で死んでいなかったか』
ミネルヴァが、冷徹な男の声を発した。ナノアイカメラがズームする。コックピットに収まっている男の姿を捉える。青年――そう呼んで構わない程度の若々しい顔つき。だがそこには恐ろしいほどの歳月による見えない皺も刻みつけられているような、ちぐはぐな印象だった。両目は青く、ナツキと同じく『〒』マークが明々と光っている。
『私にとってはついさっき会ったばかりのような印象だよ、ロード・カンポⅡ世――いや騎士団はもうなくなったから名前で呼ぼうか、マエシマ・ヒソカ上級郵聖騎士』
『いいや、騎士団はまだある。お前が居る、ナツキ。俺と二人でカンポ騎士団を再結成し、目的を果たす』
『誰があんたの狂った目的なんかに協力するのよ。1200四半期起きてた間についにモーロクしちゃった?』
『では、やはり1200四半期前と同じく、どうあっても俺の邪魔をする、と』
ミネルヴァの周りの重力場が強まり、空が暗くなる。
対するトライの周りではダークエネルギーの陽炎が生まれては対消滅をし激しい閃光を瞬かせている。
明と暗、陰と陽、対照的な、だがどちらも俺の想像を遥かに越えた戦闘能力を今にも発火させんばかりに双方が急速に高めていく――!
『寝て起きたらあんたが死んでてくれてるのが理想だったけど、やっぱりそうはいかないみたいだね』
『ならば最早言葉は無用。
『IFFPCの永久遮断を宣言する。ずっと起きてたあんたに言うのもなんだけど、この世界は悪く無いの。いやむしろ好きになりかけてるの。だから貴方を絶対止める』
ミネルヴァが手を翳すと、そこに地面から引きぬかれた青ポストが浮かび上がった。そして六指ある繊細さすら感じさせる腕をそこに突き込むと、何かを掴み出した。
――液体。
そう錯覚させるほどに滑らかな、一振りの刃。それは刃渡り4メートルの巨大なペーパーナイフ、いやペイパーブレイドだった!
ミネルヴァは青ポストを振り捨てると、ペーパーブレイドを正眼に構える。ペーパーブレイドの表面を、何らかの危険なエネルギーの光が走り抜ける。
一方トライは腰を深く落とし、まるで太古から根を下ろしている大樹の如きどっしりとした構えを取る。左腕は太腿に添わせ、右拳を顔の横まで引き絞り、そこに陽炎を集める。
重力波嵐が収まり、お互いの重力エンジンのアイドリング音だけが響く。
一瞬の均衡。
それを破り、二機が同時に、動いた!
衝突!
万物を収縮させる根源の力と、万象を拡散せしむる終焉の力の拮抗! 時空連続体そのものの屋台骨を揺らがす、それはまるで神々の闘争だった!
ミネルヴァが超音速で振り下ろしたペーパーブレイドを、トライは白刃取りの要領で止めると、陽炎を圧縮しそのまま圧し折ろうと試みる。だがそれは接触面で連続して発生した小爆発により防がれた。ペーパーブレイドの表面を流れる危険な光――それはごく少量の反物質が放出される輝きだったのだ。
トライは即座に手を離し後退、だが距離は開けられなかった。追従しミネルヴァが踏み込み間合いを潰す! 長物を携えているのに、何故敢えて有利な間合いで戦わないのか――答えは単純、ペーパーブレイドは拡散と縮退が自在の武器だったのだ。短刀レベルにまで高密度縮退されたペーパーブレイドが突き出される! 抉るような回転を加えられ、エルゴ領域の負のエネルギーを撒き散らしながら、シンギュラリティと化した剣は物理法則の全てを憎むかのような咆哮を上げてトライの脇腹を掠める!
そのまま横に薙ぎ、胴体を一閃せんとするミネルヴァの腕に沿って、トライの腕が、ほとんどゆっくりなまでに突き出された。空間の圧縮と膨張を短時間で連続させることにより見かけ上のリーチと加速度を伸ばす、カンポ騎士団に伝わるテイシン・カラテ奥義、ハッブル突きだ!
トライの腕に纏わせたダークエネルギーの陽炎とミネルヴァが咄嗟に凝集させたダークマターがぶつかり、大気粒子が励起され狂ったオーロを生み出した。双方の装甲が赤熱し、融解しかかる。パワーラインからスラスターのように相対論的ジェット放射が噴出し、その反動を利用して瞬間的に二機は距離を置いた。
同じ騎士団に身を置いたもの同士、お互いの手の内は全て理解している。アルティメット・カブ同士、機体性能もほぼ互角。
ならば戦いを決めるのは、配達員の練度の差のみ。
俺は身震いをした。気温が下がっている。周囲の空間から熱量を奪い、二機の機体はどこまでもそのエネルギーボルテージを上げてゆく。撒き散らされた粉塵を核に、サハラに雪が降り始めた。
キィィィィィィィン――――!
戦闘駆動により高まり続けた重力エンジンの音がついに可聴域を超え、辺りにふっつりと静寂が訪れた。
瞬息の間。
二機は、
交錯し、
交錯し、
交錯交錯交錯交錯交錯交錯交錯交錯交錯交錯した!!
一秒間に十二回にも及ぶ切り結び! 繰り出された千の斬撃、千の拳! その全てが、致死!
重力制御によってミネルヴァが猛禽の如く音も無く宙を滑り、それをトライのダークエネルギー斥力陽炎回し蹴りが迎え撃つ! ミネルヴァは慣性をキャンセル、ピタリとトライの脚部に降り立つとそのままペーパーブレイドを突き立てる。だがそれはトライからすれば自分の脚にミネルヴァを縫い止めたのと同じこと。そのまま蹴りの機動を変化させ、地面に叩きつける!
ミネルヴァは寸前で脱出。その剣先にはトライの足首が無残にもぎ取られていた。ペーパーブレイドの表面を反物質が洗うと、足首はガンマ線となって四散した。片足となったトライはしかし、その構えに些かも揺るぎがない。凝集した陽炎が仮初の半透明な足首を形成する。
ミネルヴァの周囲の昏い空間に、突如無数の輝きが生じた。それはプラズマ化した大気を降着円盤として纏う、マイクロブラックホールの群れ! 極小の特異点たちはまるで戯れる蛍のようにミネルヴァの周囲をランダムな動きで飛び回り――全弾がトライに襲いかかった!
対するトライ! 極端にブーストされた巨大陽炎を集めた拳による地面へのパンチ――テイシン・カラテ奥義、天地無用拳! 重力制御により指向性を与えられた岩盤が、マイクロブラックホールを迎撃する! ブラックホール自体を消し去ることは出来ないが、質量を与えることで推進剤の代わりとなっているホーキング放射の勢いを減ずることが可能なのだ。
明後日の方向に弾かれたマイクロブラックホールたちは数秒後蒸発して雪舞う空に爆発の花火を咲かせる。
そしてその時、ミネルヴァは既にトライの背後に立っていた。
マイクロブラックホールは囮――トライが天地無用拳で迎撃することまで読んだミネルヴァはその土煙に紛れて移動していた――トライがそう気づいた次の瞬間、反物質光走る表面をパージされ、ペーパーブレイドの真の姿――刀身の形をしたホワイトホールが、別宇宙のエネルギーを迸らせながらトライの背中を、貫いた。
咄嗟に体軸をずらすことで、コックピット貫通死を免れたが代わりに重力エンジンが串刺しとなった。トライの足首の陽炎が明滅して薄れ、ガクンと体勢を崩す。震える腕で身体中の陽炎を集めて背後に叩きつけるも、ミネルヴァはペーパーブレイドを手放して攻撃を躱す。横に突き出したミネルヴァの腕の中に重力制御でホワイトホールソードが収まり、金属製のペーパーブレイドが被さって再び鞘の代わりを果たす。
トライはよろめきながらもゆっくりと振り返り、それでもなお絶望的な防御の構えを取る。
ミネルヴァの身体がぶれ、五体に増えた。重力レンズ効果を利用した多重影分身。光の伝達速度の差を利用して、それぞれが独立した別々の構えを取り、どれが本体か悟らせない。
そして五体が同時に殺到する。
『あああああああああああっ!!!!!』
ナツキが、吠えた。停止しかかっている重力エンジンのギアを無理やりクロックアップし、身体中至る所から爆発を溶岩のように垂れ流しながら、一体目の上段攻撃をスウェーで避け手刀で斬り裂く。ハズレ。ほぼ同時に左右に展開した二体目と三体目の横薙ぎ斬撃はパワーラインからの自壊を厭わぬ相対論的ジェット噴射でよろめかせ、万歳をするように上げた腕を勢い良く下ろして両サイドに肘鉄を放つ。肘からは更にパイルバンカーが発射され、ダメ押しの追撃。だがこれもハズレ。
四体目はモノアイカメラに向かって幻惑するような動きの重力乱れ突きを放っていた。例えそれが罠だと分かっていても、どうしても視界を塞ぐ攻撃にトライとナツキの反応は遅れ、
五体目――本体のミネルヴァが、コックピットを引きずりだした。
同時に俺達を囲んでいた、反重力場が、消失した。
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