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ぼくは寂しさを嫌って携帯電話を手に取ろうとした。しかし困ったことに、ぼくは携帯電話を持っていなかった。家には電話はないから、連絡は郵便でだけ取っていたのだった。それなのに、年賀状を除くと、ぼく宛の手紙なんて一年間にほんの四、五通しか届かない。
ぼくは郵便受けを手探りした。郵便受けには三通の手紙が入っていた。
一通目は「ノンさん」宛のもの。これはどうやらぼくに届いたのじゃないらしいけど、ぼくにはノンさんという同居人はいなかった。
「みんなに避けられている友達とどう付き合っていくべきか、というお話ですね。
誰だって、受験の時期は色々と不安になってしまうものです。うまく行かない事があると周りに当たり散らしたりすることもある。
K子さんも自分の不安を押し隠すためにそんな態度をとってしまうのかもしれません。本人が気付いているにしても、そうでなくて全く無自覚にやっているにしても、それは彼女にとって良いことではありません。
『あまり他人を傷つけるようなこと言うのは、やめたほうがいいよ』
そうはっきりと言ってあげた方がいいと、私は思います。実際にK子さんから何か嫌なことを言われた時に反論するのではなく、自分から話を切り出して伝えた方が、真剣な気持ちが届くのではないでしょうか。
当然、はっきりと物事を伝えると、相手は怒ってしまうこともあります。もしそれでK子さんが怒ってしまっても、長い目で優しく見守ってあげてください。
まぁ、自分に無理のない程度にね。悩みすぎて自分が疲れてしまっても大変ですから。
ノンさんは優しい人ですね。友達のために悩むことの出来る優しい心を大切にしてください。
それでは。また何かあれば相談してくださいね」
手紙を封筒に戻して、ライターで火をつけて、道路に投げる。
二通目は「優しい郵便屋さん」宛だった。ぼくは優しい郵便屋さんだったろうか、と思い返したが、どうも、心当たりは浮かばなかった。
「私は昨日、貴方に助けて頂いた者です。
本日は貴方にどうしてもお礼をしたく、この封書をしたためました。
貴方にとって不都合がおありでしたら、今すぐこの手紙は破り捨てて炉にくべてしまって下さい。
というのも、私は実は狐なのです。あの時は、遂に罠を仕掛けた猟師が私を捕まえて皮を剥ぎに来たかと思い、咄嗟に人の姿に化けたのです。本当は女に化けた方が男の猟師などには殺され難いでしょうし、元より狐は陰獣と申しまして陰陽では全て陰の分野が専門、人間に化けるにも普通は女に化けるものなのですが(これは現代社会ではポリコレ的な問題があって、あまり大声では言えないのですが)、私も男児として女子に化けるなどというのはどうも気恥ずかしくあのような姿に化けた次第にございます。
心の荒んだ者ならば、身も知らぬ男が倒れていても放って行ってしまったことでしょう。けれど貴方は軽率で高慢な私のことを、ご自分の衣服やお昼ご飯を駄目にしてまで助けてくださいました。このご恩は他にも代えがたい物です。犬は三日飼えば一生恩を忘れぬと言いますが、狐は一度身を救われれば化けてでも恩を返します。私は結局あの後、山犬に襲われて死んでしまいました。これからは霊魂として貴方を守護させて頂きたく思います。それが不気味だ、迷惑だと言うのならば、この手紙は先程にも申しましたように炎で燃してしまって下さいませ。
それでは失礼いたします。
早々」
振り返ると狐が宙に浮いていた。
「君、これはひょっとして、宛先を間違えたのかい」
ぼくは問うた。狐は物言わぬまま何度も頷き、潤んだ瞳でぼくの方に両の前足を差し出した。ぼくはその前足にハイタッチをして、手紙を封筒に戻し、ライターで火をつけた。狐は灰になるようにして消えていった。
三通目は「サワッキー君」宛だった。ぼくはサワッキーという名前ではなかったが、その手紙はぼく宛のものだった。差出人の名はミドリで、彼女はぼくのことをいつも「サワッキー君」と呼んでいたから。
ぼくは三通目の封筒に火をつけて、道路に投げた。ちょうど通りかかった天然ガス運搬車が、手紙を踏み潰して走り去った。危、という字を前後に貼り付けたその車が引火、爆発しなかったのを見て、
「あの危の字も、見掛け倒しなんだな」
とぼくは呟いた。
「そうでもないさ」
と虚空。
角の向こうで火の手が上がり、小さい頃、時折アイスキャンデーをおごってくれていた横山のおじさんの家が吹っ飛んだ。
「何せあれは天然ガスじゃなく、ケチャップを運んでるんだ」
そう言ってぼくの髪に絡みついた。
ケチャップがじゃなく、虚空がだ。
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