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横山のおじさんは幸い、軽い火傷を負っただけで無事だった。燃え尽きた方の腕には、ぼくがおじさんにおごったアイスキャンデーを刺しておいた。アイスキャンデーは上手い具合にとけて、掌の形になった。ただ、指の数がどうも二、三本多いようなのが気になった。
「おじさん、ピアノやってるからね。良かったよ、これで片手で弾ける曲が増える」
そう笑ってくれるおじさんに安心し、ぼくは家へ戻った。郵便受けにはもう、一通の手紙も入っていなかった。
「近頃、何だかという同じ人間の幽霊が流行っているらしい」
虚空はぼくの髪の隙間を抜けるスラロームの片手間に、そう話し掛けてきた。
「幽霊って、何」
ぼくは頭の上に問うた。
「亡霊のことさ」
その時にはもう、虚空は毛穴を潜って血管を泳いでいた。
「きっと、大忙しで売り出しているんじゃないかな」
自分の脳に向けてまっすぐ声を飛ばす方法を、ぼくはまだ知らない。
「それが違うのさ。同じ人間の幽霊が、大勢いるんだ」
虚空はぼくの脳髄を掻き混ぜて、どうにか笑い声に似た音を作ろうとしているようだった。けれどそれはどう聴いたって「パッチャチャチャチャ」としか聞こえなかったから、ぼくは代わりに、
「ワッハハハハ」
と笑ってやった。虚空は素直に、
「ありがとう」
と礼を言った。
「それで」
ぼくは尋ねる。
「それはどういうことなの」
すると虚空は答えた。
「同じ人間の生まれ変わりだってやつが、大勢いるのさ。そして彼らはみんな、飢えた虎のために身を投げるか、パンの代わりにケーキを食べるんだ」
脳髄を掻き混ぜる音が、「ワッパチャパチャ」と聞こえるようになった。
「知らなかった。魂って分裂するんだ」
ぼくは心底、驚いて見せた。転生は、原始宗教ではよくあると聞いたけれど、魂の量や質が変わってしまうだなんて。それではもはや魂の転生ではなく、再生に過ぎない。硬いトイレットペーパーと同じだ。
「勿論、こっちだって、そんな話は知らなかったよ」
脳髄はやっと「ワッハハハハ」と鳴り、ぼくは自分自身が無理に笑う必要のなくなったことに安堵した。しかしそうなると、逆に人は笑うことができなくなるものだ。
ぼくの脳髄はそれからしばらく笑い声を上げ続け、「ケタケタケタ、キャハハハーッハッハッハ」と叫んだところで、視界の全てが暗転した。
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