第14話

 作戦を終え、基地に到着すると、すぐに医務室へと行かされた。ネメシスを使った後の検査の為だ。評価試験の報告は、市ヶ谷中尉が行ってくれるようで、如月大尉に苦手意識を持っている俺としてはありがたい。


 医務室に着くと、そこには負傷した兵士が来ていた。その兵士は、ブレオス小隊のクリス中尉。あの嫌味なアメリカ人だ。

 足を負傷したようで、手術室に運ばれるようだ。ヴァルゴ小隊からは一名も負傷者が出なかったが、ブレオス小隊は運悪く、ブリードの大規模な群と鉢合わせてしまったようで、一名の殉職も出たと聞いていた。基地からの、大規模な増援によって全滅は避けられたらしい。


「くそ、ブリードめ! よくもガリアを――」

「クリス中尉! 気持ちはわかりますが、あなたも負傷しています。とにかく、落ちついてください!」


 そんなやり取りをしながら、クリス中尉は手術室へと運ばれて行った。

 どんなに嫌な奴でも、仲間を失った悲しみは共感してしまう。俺もこれまで、たくさんの仲間の死を見てきた。だからこそ、仲間の死を悲しむ気持ちは痛いほど経験している。

 クリス中尉も、きっとそんな気持ちでいっぱいなのだと思う。


 一通り検査が終わると、別室へと呼ばれた。中に入ると、そこには例の女医が待っていた。検査結果をモニターで見ながら、中に入った俺に話しかける。


「検査の結果、異常は見られないが、気分が悪いとか、何か言いたい事はあるかな?」

「ありませんが、聞きたい事ならあります」

「何だね。私が言える事なら、答えなくもないが……」


 メガネのズレを直し、俺を見つめる女医。その目は鋭く、如月大尉や市ヶ谷中尉とは違った凄みがあった。


「ネメシスとは一体何なんですか? あれを使って日本は何を企んでいるのですか? 答えてください」

「なるほど、少尉はネメシスが恐いのかな?」

「それは……恐いですよ。あんな事が起きる何て、聞いてませんでしたから」


 パソコンを操作し、モニターをしばらく眺めると、おもむろに口に手を置きながら、ブツブツと何かを呟いている。難しい専門用語の為、俺には何を言っているのか理解出来なかった。


「なるほど、これは私が思っていたよりも、素晴らしい結果が出たようだな。やはり、少尉を被験体に選んで正解だったようだ」

「選んだ――って、それじゃあ、あなたもこの件にかんでいるのですか?」

「そうだよ。私は、神崎かんざきアナスタシア特務大尉。少尉と同じく、日本帝國軍からの出向でここに来ている。このネメシス計画の一員だよ」

「あ、あなたもですか?」

「ああ、そうだよ。研究機材などの搬送と、事前準備があった為、少尉より三ヶ月ほど前に来たがね」


 大分前から、国連軍へ出向は決まっていたようで、それだけ大きな計画が進行しているようだ。ネメシス計画と言っていたが、一体どれだけの規模で動いているのだろうか。

 神崎特務大尉なら、すべてを知っている気がする。


「それで、ネメシスとは一体何ですか?」

「ネメシスは、人間の細胞組織を一時的にブリードの細胞へと変異させる薬だ。昔行われていた、ある計画の副産物が基になっている。少尉も知っていると思うが、ブリードと人間は生物学上では同じ炭素係生命体であり、体組織のほとんどに類似が見られる。つまり、ブリード達と私達人間は似た生物なので、人間の細胞をブリードの細胞へ変異させる事を可能にしたのが、ネメシスと言うわけさ」

「それは、知っています。そうじゃなくて、俺が知りたいのは、俺の身体に何か起きているかです。失った右腕が元に戻り、刀と融合しました。あれは、一体何ですか?」

「現段階では、答える事は出来ない。すべては憶測でしかなく確証が得られない以上、私は一切答えない。…………ただ、これだけは言える」

「何ですか?」

「ネメシスの過剰投薬は、今後一切するな。あれは、少尉の身を滅ぼす禁断の行為だ」

「身を滅ぼす?」

「そうだ。私達もまだ、ネメシスには未知の部分が多い。早死したいのなら別だが、少尉もそれを望んではいないだろう?」

「そうですね、わかりました」


 結局は、有益な情報を得られなかった。わかった事と言えば、ネメシスの過剰投薬を続ければ、俺は死んでしまう事だけだった。いや、もう一つだけわかった事はあった。それは、神崎特務大尉は何かを隠している。

 如月大尉と神崎特務大尉。その二人には、今後も気をつけなければならない。俺はそう思った。

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BLEED 一ノ瀬樹一 @ichinokokoro

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